戦闘シーンの練習
戦闘シーン練習したいなーと思って適当に書いてものなので、ストーリー性とかは皆無です。の、わりに長ったらしいです。ファンタジー要素は入っていませんが、「こんなのありえねえよ!」みたいなツッコミはナシの方向でお願いします。
とある槍使いは、最強の戦斧使いが居ると聞いて、挑むことにした。
「挑戦を申し込む」
殺人機械とも呼ぶべき戦斧使いに、こうして形式的にではあるが断りを入れるところを見て、殺人機械は、機械的に返事を出した。
「おうよ、受けて立つ」
彼の返事に、槍使いは心の中でほくそ笑む。
――馬鹿め。
彼は肩に担いだ槍を下ろし、両手に構えて――そして勝利を確信する。
二人は場所を移し、広く足場も悪くない空き地で殺し合いを始めることにした。
「……」
「……」
互いに向き合い、無言になる。
槍使いは、自分の身の丈の二倍はありそうな槍の穂先を戦斧使いに向けて、改めて自らの得物の間合いを確認する。
対して目の前に仁王立ちする戦斧使いの両腕の先を見ると、それぞれに片手斧が一つずつ、握られているのが分かった。
戦斧の二刀流。おそらくそんな稀有な武器の選択を、彼以外の者は誰一人考えすらしない。理由は実に単純で、『戦斧』と『二刀流』とは、矛盾を以って関係づけられるものだからだ。
戦斧とは、剣や槍、刀と比べ圧倒的な破壊力を誇る武器だ。例え鋼の鎧に身を包んでいても、戦斧の一撃をまともに食らえばその時点で勝敗が決してもなんら不思議ではない。加えてあの戦斧使いが手にしているのは、片手で持っていることを疑ってしまうほど特別に刃が分厚く、巨大な戦斧だ。相当な重さで、さぞその質量から繰り出される攻撃は絶大であるに違いないだろう。
そして二刀流。通常、両手に武器、または一方に防具を持つ場合の最大の役割は、なにより防御面におけるところが大きい。だが欠点もある。武器を持つ手が一本になれば、当然諸手で掴んだ時よりも握力に劣る。刃の打ち合いになった時、握力で劣ることは致命的すぎる。また、握力に劣るという理由で長身の武器は使えないため、必然的に間合いも狭くなる。
つまり、攻撃力に優れ、一撃を放つことが何より優先される戦斧と、防御面に利があり、相手の攻撃を凌ぐことが先ず優先される二刀流とでは、どうしても矛盾が生じてしまうのだ。
――成る程な。
だが槍使いは納得していた。矛盾した武器選択をしておきながら、それでもこの戦斧使いが殺人機械とまで呼ばれるに至ったのかを。
――つまるところこの男は、あの極太の腕で以って斧が振るえればそれで良いのだ。
筋骨隆々としたあの体に数々の生傷が見えるのは、それを何より証明している。
あの戦斧使いは、おおよそ技術など持ち合わせていないのだろう。防ぐことも、凌ぐことも、交わすこともせず、ただより多く斧を振るいたいがために両の腕に戦斧を握り、ただより多くの肉を切り裂きたいがために刃を分厚くしているのだ。
――負ける気がしない。
槍使いは両足を広げ、真半身に構えると右腕を引いた。突きの構えだ。
彼の突きは必中必殺。神速で放たれるその一閃は、狙った相手の狙った急所を逃さず穿つ。
相手の武器の間合いに入ることさえなく、理不尽な間合いから彼の槍は死を刺し貫くのだ。
故に彼は今まで死闘という死闘をただの一撃を以って乗り越えてきた。彼の突きが急所を外したり、または回避されることなど、今の今まで一度たりともありはしなかった。
足に力を入れる。二歩。瞬時に二歩踏み込み、そこで上半身を捻り上げ、槍を穿てば勝負は決まる。
そして槍使いがわずかに重心を左足に移したその瞬間。
戦斧使いは走り出した。
逃げ出したのではない。真っ直ぐ槍使い目掛けて猪突猛進の勢いで迫ったのだ。
これには流石の槍使いも困惑を隠せなかった。必殺の先制攻撃を仕掛けようとしていた矢先に、その相手がどんどん近づいてくるのだ。
二刀は、先に述べたように防御面に優れている。だからこそ、二刀の戦士が自ら攻撃を仕掛ける時は、よほどの有利にある状況か、隙を狙った瞬間以外にあり得ない。――まして、戦斧などという扱い難い武器を持った二刀の戦士が、こうして突進するなど常識では考えられない。
だがしかし、これは何も槍使いにとって不利になる状況ではない。むしろ僥倖と言って良い。何故なら、仕留めるべき敵が自ら近づいてくるのだから、自分はそれに合わせて攻撃を放てば良いだけの事なのだ。
故に、槍使いを真に困惑させた理由は他にあった。
戦斧使いは、分厚く巨大な斧の刃を、まるで扇のように自分の見の前に広げて走り迫ったのだ。
銀色の刃は、そうすることで即席の『盾』へと姿を変えた。刃の盾は戦斧使いの頭と首、胸までをすっかり覆ってしまっていた。それは勿論、戦斧使い本人の姿勢が低く、槍使いから狙える部分を最少にしていたという事情も相俟ってのことだ。
いかに必殺の槍であっても、いかに必中の突きであっても、盾に防がれてはどうしようもない。
気が付けば、戦斧使いは彼の槍の間合いに大きく踏み込んでいる。
――撃たねば!
あと一歩でも踏み込まれれば今度は戦斧の間合いに入る、という絶体絶命の状況で瞬間的にそう判断した彼の脊髄反射が、しかし、活路を見つけた。
足だ。
ここからでも十分に狙い得る。右か左、どちらかの足を貫いてしまえば、それでこの戦斧使いは動けなくなるだろう。
槍使いは瞬きすら許さぬその一瞬に、穂先を下げ、戦斧使いの右脚を狙った。
鈍い感触と、音が鳴る。
肉が切られた時の、あの音だ。
戦斧使いの表情は、恍惚に歪んでいた。
槍の穂先が戦斧使いの足に到達したその瞬間、戦斧使いは攻撃の目標が上半身から下半身へと切り替わったまさにその刹那を見逃さなかった。
広げられた扇状の盾はすっと形を変え、鏡のような研ぎ澄まされた刃が槍使いへと向く。
戦斧使いの右脚が貫かれたのと、槍使いの左手首が切り落とされたのは、ほぼ同時だった。
どくどくと血が流れ出る。切断面からは骨やら血管やら筋肉やらが真っ赤に染まって姿を露わにしていた。
驚愕すらままならず、槍使いは瞬時に跳躍し戦斧使いから距離を取った。お互い武器を振り切っているとはいえ、槍と斧とでは、あの間合いは槍に不利過ぎる。
槍使いは、ここにきてようやく素直にこの戦斧使いの強さを認めた。得意の突きを防がれ、さらには左手首までをも失ったのは、まごうことなき戦斧使いの作戦と実力の賜物だ。
「……」
「……」
再び無言のまま互いを見た。
戦斧使いは右脚の太股を貫かれ、疾駆は無論、全身を使った素早い回避なども不可能。両腕と二挺の斧は依然万全の状態。
槍使いは左腕の手首から先を切断され使用不可。槍を扱う場合は片手のみに頼る突きや振り下ろしくらいか。その他の負傷は特になし。
袖を縛り、簡単な止血をした槍使いは血の滲むその腕先を見て、しかし歓喜さえしていた。
自分の突きが通用しない相手がいる。
殺そうとしても殺せない相手がいる。
やっと、極限の命のやりとりができる相手を見つけた。
――殺したい――
心の底からそんな欲望が溢れ出て、剥き出しになる。
槍使いは今、これまでにないほど闘志を滾らせていた。
惜しむらくは、そんな紛れもない最強を相手に、自分が十全の状態で挑めないことくらいか――左手首を見て、だが槍使いはそんな思いさえも撤回する。片腕は許した。だが、その状態で、腕を一つ譲った上で奴を殺せば、それこそ紛れもない戦斧使いの完敗だ。
ニヤリと、今度は笑みを隠す事が叶わず、口角を釣り上げる。
右腕一つに槍を長く持ち、穂先を戦斧使いに向けた。
「先は油断したようだ。もう貴様を侮ることはない。次こそその心臓、この槍の一閃で以って穿たせてもらう」
高らかな宣言を戦斧使いはしかと聞き留め、大きく頷く。
「こい」
斧を胸の高さで構え、戦斧使いは槍使いを睨みつけた。
足を負傷している以上、戦斧使いは槍使いの攻撃をただ待ち構え、受けることしかできない。間合いに入ってきたところを確実に討つ以外に勝機はない。
対して槍使いは、左手を失ったことで両手による突きを行えなくなり、中途半端な攻撃は許されなくなった。少しでも甘い攻撃を繰り出せば、たちまちに受け流され反撃を受けてしまう。
故にとる戦術は一つ。ひたすら間合いの外から攻撃を出し続け、防御の崩れる一瞬の隙を――文字通り――突く。
槍使いは地面を蹴り、戦斧使いへと迫った。
先ずは突き。軌道が読まれないギリギリの角度で、手元を切り裂くことができれば上々だ。
左手なくして、しかし戦斧使いには槍使いの槍の速さが全く衰えたようには思えなかった。目にも留まらぬ光の閃きのようなその突きだったが、少しばかり浅かった。半身を逸らし、右の戦斧で迎撃する。弾き、軌道を逸らすことが精一杯だが、それで十分だ。穂先の刃は戦斧使いの右上腕をかすり、命中を逃した。
槍使いは弾かれた槍を、勢いを殺さぬようにして戦斧使いの頭上へと高く振り上げた。しなりを持った槍の薙ぎ払いは、片腕で放っても両腕と変わらぬ威力が出せるはずだ。事実、第二撃目となって振り下ろされた彼の槍は、戦斧使いの掲げた二挺の槍の防御を打ち砕き――だが致命傷を負わせるまでには至らなかった。
わずかに衝撃を吸収された槍の穂先は、戦斧使いの胸から腹にかけてを浅く切り裂くだけに終わった。
槍を引き戻した槍使いと、崩された防御態勢を立て直す戦斧使いとは、再び振り出しに戻った――わけではなかった。
突きと振り下ろしの二撃を繰り出した一瞬のうちで、槍使いは両足を右に滑らせ、戦斧使いの真横にまで自分の立ち位置を移動させていた。
そのことに気が付いた戦斧使いが、焦って左腕に持つ斧を横一文字に振るった頃には、もう遅かった。
槍使いは軽々と身を翻してその攻撃を避け、後退しつつ――そして戦斧使いの無防備な背後に立った。
――動けないのであれば、背後からの攻撃はどう避ける? 最強!
戦斧使いが身を捩り、足をわずかに浮かせるまでに、槍使いは槍を長く持ち直し、渾身の刺突を繰り出す構えを取った。
――殺った!
槍が届き、斧の届かない、ギリギリの間合いに踏み込み、力を滾らせた右腕を思い切り解き放つ。
しかし。
この戦斧使いは、背後を取られること全く想定しないような戦士ではない。彼は『最強』なのだ。あらゆる状況における『最適』を知っているからこそ、実行できるからこそ、その名で呼ばれるのだ。
戦斧使いは、振り向きざまに左の戦斧を背後の槍使い目掛けて投擲したのだ。
視認できない背後の相手に向けての投擲。それに加え足を動かせず上半身を無理矢理捻らせた態勢からのあり得ない姿勢。当然、命中するはずもない。そんなことは戦斧使い自身も弁えていた。
だが違う。背後に迫る殺気を振り払う手段としてのこの投擲において、当たるか当たらないかなどという些事はもはや意味を為さないのだ。
予想しない戦斧の飛来に、槍使いの回避は間に合った。踏み込んだ足で以って地面を蹴り、振り向いた戦斧の、さらに背後を追いかける方向へと身体を飛ばしたのだ。
――槍では埋められぬ間合い差を投擲で埋めようとしたらしいが、無駄だったな。
最後の足掻きにすら思えるその投擲を避けた時点で、槍使いは今度こそ勝利を確信した。自分の位置は、少しずれたが戦斧使いの左真横。相手の得物は今となっては右の戦斧一つのみ。あの投擲で踏み込みを崩されたが、短い斧一つの相手の、それも背後をとっているのだ。改めて踏み込み直しても十二分間に合うだろう。
慢心でもなく、油断でもなく、冷静な判断としてそう見極めた槍使いが、再度右脚に力を入れ直した――それこそが失敗だった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
雄叫びと共に、戦斧使いの動くはずのなかった右脚が大地を蹴る。そしてぐるりとその筋肉質な巨躯が半回転した。
一気に槍の見据える先は戦斧使いの背後から正面へと変わった。驚愕する槍使いは、さらに悪いものを見た。
身体を回転させる勢いに載せて、戦斧使いの右腕が百八十度、半円を描いて高く振り上げられているのだ。遠心力、それと右腕を犠牲に繰り出されるたった一歩の踏み込みで、あの斧は槍使いの痩身を容赦なく蹂躙することだろう。
――自殺行為だ! あの右脚を動かすなんて……!
驚嘆する暇すらない。彼は一瞬で唯一の活路を見いだした。
このまま突きを放つ。臆することなくこの槍をあの身体に正面から突き穿ち、勢いそのまま前に倒れ込めば、なんとかあの斧の攻撃範囲内から逃れることができる……。
できる。
今まで外したことのない渾身の突きだ。
必殺必中。放てば必ずその先で戦士の命が散った。
先のような盾さえない。今度こそこの槍の穂先は、戦斧使いの心臓を捉え貫く――。
右腕を伸ばす。前を見据える。
右腕を振るう。前を見据える。
槍と斧、果たして先に肉に到達したのは、槍だった。
ずぶり、という筋肉を切り裂く音と感触を、槍使いは確かに右腕の中に感じとった。――それが、戦斧使いの心臓でなく、左腕であるということに気付かず。
『次こそその心臓、この槍の一閃で以って穿たせてもらう』
彼が自分で言った言葉だ。
だからこそ戦斧使いは確信していた。絶対的な油断を見せれば、この槍使いは必ず真っ先に自分の心臓を狙ってくるものと決め込んでいた。喉や頭、攻撃を仕掛けようとしている右腕などではなく、真っ向勝負で心臓に穂先を向ける。
その確信が、彼の心臓を防御するのに、左腕一本を無駄にするという決断をさせた。
薙ぎ払うような動作で振るわれた戦斧使いの左腕は、手首から肘にかけてを真っ直ぐ槍に貫かれ、だがしかし槍の勢いはそこで止まった。
槍使いはその光景を見た瞬間、敗北を悟った。
あるいは、両腕で突きを放っていれば、左腕もろとも心臓を貫くことができていたかもしれない。
あるいは、あの投擲を避けたまま、戦斧使いの心臓を追い掛けて無理にでも突きを放っていれば、それで終わっていたかもしれない。
あるいは、妙な執念に囚われず、湧き上がる殺気という名の歓喜に身を委ねず、冷静に振り上げられた右腕を薙ぎ払っていれば、勝てていたかもしれない。
そんなくだらない妄想をしながら、槍使いは最後に笑った。
「やっぱり貴様は、最強だよ」
斜めに振り下ろされた巨大な戦斧の刃は、槍使いの身体を両断した。肩から入り、肺を潰し、心臓を割り、背骨や肋骨を砕きながら、腰を通って刃は駆け抜けた。
槍使いは満足げな表情を浮かべてゆっくり目を閉じた
ありがとうございました。