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『察す』る

掲載日:2013/08/13

閑静な住宅街。


そこに彼女の家は建っている。


周囲に溶け込んでしまった


平凡すぎる造りの家。


目立つような装飾も、


手入れされた庭も無い。


質素な雰囲気漂う普通の一戸建て。


そんな家の前。


赤いランドセルを背負った少女は


立ち止まり、目を瞑っていた。


なにも鍵を忘れた訳では無いし、


家の中に誰も居ないという事でも無い。


ただ、今この中に入っていいのか。


それが問題だった。


「・・・・・・」


少女は『察す』る。


このまま家の中に入ったら、


自分がどうなるのか。


靴を脱ぎ、「ただいまー」と


間延びした声を出すが返事は


帰ってこない。


どうしたものかと思い、


いつも母親が寛いでいるリビングへ向かい


歩き出す。


そして扉の前へ来たところで、


少女は見てしまう。


普段、家族全員でテレビを見る時に


座っている大きなソファの上で、母が


父とは違う男に抱きつき喜んでいる姿を。


「・・・・・・はぁ、またあいつか」


決してその男との面識はない。


だが少女には見知った顔の男だ。


ある事故が起きてから暫くして


突然母親が家の中に連れ込んだ見知らぬ男。


少女はその存在を『察し』てから、以来


その現場には鉢合わせないよう


帰宅直後に『察し』てから


家の中に入ることにしていた。


面倒くさいことは御免だし、


誰も好き好んで母親の不倫現場なんかに


遭遇はしたくなかったからだ。


ランドセルを背負った少女は


家を後にする。


そしてバス停に向かい


歩き出していった。


こんな時、彼女はいつも


とあるアパートへ行って時間を潰している。


それは両親もクラスメイトも知らない、


誰にも知られてはいない彼女だけの


隠れ家。


数か月前に見つけた、秘密基地だ。


駅前のバスターミナルからバスに乗り


約15分。


町の中心街から少し離れた場所に建つ


アパート。


アパートを囲う様に周囲には木々が


生い茂っていて、辺りをいつも緑色に


染めてくれる。


そのため一見すれば自然に囲まれた


緑豊かな集合住宅、と思われがちだが


近くでよーく見てみると実はそうでも無くて、


寧ろ老朽化が始まり出して


色々な場所に故障が目立ち始める


ボロアパートだ。


そんなアパートの1階、


そこに彼女の秘密基地はある。


一番手前の部屋に付いているインターホンを


少女が鳴らすと、中から一人の人間が


出てきた。


小太りの垢抜けない顔をした、


厚手で生地がダボダボした


灰色のスウェットスーツを着た男性は、


ドアを開けて彼女の顔を確認すると


ぎこちない笑顔を作りながら少女を部屋の中へと


招き入れる。


室内にはベッドやパソコン、テレビ、


洋服を入れる為のプラスチックケース。


そして床の上へ乱雑に散らばった


無数のディスク。


そこを慣れた足つきで進んで行く少女は


部屋の隅に配置されているベッドの上へ


住人の許可なく腰掛けた。


だが部屋の主である男は彼女に対して


一切文句を言うことも無く、


綺麗に掃除されたキッチンへ行き


冷蔵庫に入っていたオレンジジュースを


取り出しコップに注ぎ始める。


「お腹すいてない?なにか食べるかい」


「いらない」


「ふーん、そう」


少女の素っ気ない返事にも顔色一つ変えず、


男は黙々とジュースを注ぎ続ける。


引き出しからストローを2本取り出して


お盆にコップとそれを置いて少女が座る


ベッドへ向かう。


「はい。よかったらどうぞ」


お盆に乗せてあるジュースの入ったコップと


ストローを手渡そうとしたが、


少女はそれを断った。


「そんな睡眠薬が入ったジュースなんか、


いらないわ」


「・・・・・・そう」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


少しだけ間を開けてから男はそう呟き、


お盆を床に置くとその場に座り込んだ。


そして自分のベッドに腰掛ける少女の方を


チラチラ横目で見ながら、しかしそれ以上


声を掛けることが出来ず二人の間に長い沈黙が


訪れた。



少女・三隅 透の『察す』る能力は、


ある日突然目覚めた力だ。


なぜそんな力を持つことになったのか、


発生した原因は何なのか。


全て不明のまま。


ただ自分が見ようと思えば物事の結果を


見通せることが出来る能力を自分は


手に入れたのだ。


その認識だけ出来れば幼い少女にとっては


十分すぎる事だった。


『他の人とは何か違う自分』


そんな特別な存在になれた事。


根拠のない自信は彼女に優越感を与え、


小学5年生ながら誰よりも大人びていて


子供らしさが全く無い。


ナルシストで自信過剰な子供へと


変貌させていった。


数年前。


一人暮らしだった父方の祖母が


風呂場で突然脳梗塞を引き起こして


死んだその1日前。


父親に最期だから会った方がいいと


言ったが、病気知らずで元気だけが取り柄の母親が


まさか突然死なんか引き起こす訳が無い。


そう言って、父・俊明は透の話を無視して


会社へ出勤していった。


仕方なく、学校帰りに一人で祖母の家に


赴いた透。祖母のやよゐは相変わらず元気で


年の割には喋り方もハキハキしていて、


誰がどう見ても次の日突然脳梗塞を起こして


死んでしまうような人間の姿ではなかった。


だが、ただ一人その結末を知っていた透は


開口一番、祖母に向かって言う。


「お婆ちゃん明日死んじゃうよ」


だから今日と言う日を大切に過ごしてね。


そう言った。


透の言葉を聞いたやよゐは最初こそ


怪訝そうな顔をしていたが、


それでも自分に向かって失礼な言葉を掛けてきた


孫娘の頭を撫でながら


「心配してくれてありがとう」と言って、


優しく微笑んで見せた。


続けざまに


「でもお婆ちゃん、まだまだ元気だからね」


とも言ったが、その言葉に透は


全く聞く耳を持つことは無く。


寧ろ、なんでこの人は私の忠告を


無視するんだろう。馬鹿なんじゃないの?と


心中では目の前にいる明日死ぬであろう


祖母のことを心底見下していた。


だから翌日、


やよゐが死んだということを『察し』て


確信しながらも透はそのことを一切


誰にも言わず、結果として


やよゐの遺体が見つかったのは死後4日経った頃。


病院で湯船に浸かった状態で溺死した


その姿を確認した瞬間項垂れる父親と


慰める母親を尻目に、全てを知っていた透は


顔色ひとつ変えることなく、


それよりも自分の『察す』る能力の凄さと


それを自由に扱える自分自身に酔いしれていた。


更に言うなら数か月前。


両親が運転する車が事故を起こした。


怪我人も無く、大事故には至らなかったものの、


しかしその事故の原因が父親の居眠り運転


だったということが母・早苗の気持ちを


強く揺らぐこととなる。


勿論、透は事故が起きる事を『察し』て


いたのでドライブの誘いを断ったため


事故に遭うことも無く、また


両親が死なないということも分かっていたので


警察から電話が掛ってきても


全く動揺をしなかった。


が、まさかその事故が母親のトリガーを引くことに


なろうとは。


そこまでは『察し』てはいなかった。


だけどその原因を彼女は知っている。


祖母の死後、それまで透の言葉を


笑って流していた父親の意識は


微かに変わり始め、そして自分の母親の死を


娘が本当に知っていたのではないのか。


それなのに死後数日間、


誰にもそのことを告げずに


遺体を放置し続けていた娘は


ただ単に信じて貰えないと思い


言い出せなかっただけなのか、


それとも信じて貰えないことに対する


逆恨みとして故意に黙っていたんじゃ


ないのか・・・・・・。


あの日以来、俊明の胸にはその事だけが


引っ掛かっていた。


娘への疑惑はいつしか家族に対する疑心暗鬼へと


独り歩きしていき、気が付けば俊明の足は


徐々に家から遠のき始めた。


誰に会う予定も無いのに夜の町を彷徨い続け、


ビジネスホテルやカプセルホテルで一夜を


過ごす日々。


たまに帰れば妻から一方的に浴びさせられる


罵声と愚痴。それが嫌でまた家から離れる。


そうして男はまた外で一晩を過ごす日々。


父と母の間には確かに壁と言うよりも、


もっと固い確執のような何かが生じていたのを


透は『察し』ていた。


だけど二人は大人だから。


小学生の娘には感付かれまいと、表面上だけは


仲良くやっていた。


それが透にとっては滑稽以外の何物でも


無かったのだが、父が外泊をしている時は


いつも、母は


「お父さん、今日も残業で帰れないんだって」


と寂しそうな顔をしながら


自分へ言い聞かせてくる。


その姿は、彼女の中で滑稽という気持ちを越えて、


最早『呆れみ』にまで昇格していた。


だから全てを見通していても、透は


一人娘としての義務を果たさなくてはなるまいと思い、


毎回「えー、そうなの?


折角ご飯食べずに待ってたのにー」と


一芝居を打ってから食事を摂ることにしていた。


そして早苗もまた、


「仕方ないわ。だってお父さんは。


私達の為に毎日頑張ってくれているんだから。


文句いっちゃダメよ」


そう言って、


まだ作ってまもない温かいご飯を口にする。


「そうだね」相槌を打ちながら箸を進める透。


空っぽな家庭と、上辺だけの家族。


いつ歯車が狂ってもおかしくない。


そんな家庭環境の最中に起きた自動車事故は、


押さえてきた早苗の気持ちを解放させるには


十分な要素だった。


事故を起こした日の夜、


家に帰ってきたのは俊明だけ。


お母さんはどうしたの?という問いには


何も答えずにゆらゆらと歩きながら2階の寝室へ向かい、


数分後、死んだようにベッドの上で寝ていた父・俊明。


久しぶりに寝転んだ自分ちのベッドが


気持ちいいのか、結局俊明は翌日の昼頃まで


ぐっすりと死んだように寝ていた。


妻の早苗が初めて無断で家を空けたというのに。


そんな出来事が積み重なり今の家庭は


家族であって家族じゃないもの。


透はそう認識している。


だから出来るだけ家には


居たくなかった。


お小遣いも貰っているし貯金もあるが、


友達がいない彼女には家以外の場所で


どうやって遊べばいいのか。


それが根本的に分かっていなかった。


だからカラオケ店にも漫画喫茶にも行かず、


とりあえず公園のベンチに座って


本を読むこと。


それ位しか時間の潰し方が彼女には


分からなかった。


そんなある日、


公園で出会ったのが秘密基地の所有者である


35歳、男。


独身で無職の照井 みつるだ。


照井の日課はアパートから少し離れた場所にある


公園に通う事。


そして古びた木製のベンチに座り


缶コーヒーと煙草を片手に元気な声を出しながら


遊具で遊ぶ子供たちの姿を観察するのが


彼の趣味であり嗜好。


そう、彼は児童愛好家。


遊ぶ少年少女の姿を遠目から見ては一人興奮し、


感情を高ぶらせているような人間だ。


それは透も『察し』ていた。


だが物事の結果を見通せても、


知識だけは同い年の子たちより多く


持っていたとしても、世間を知らない彼女にとって


照井という人間はそこまで危険視する人物では無い。


という結論に至ってしまったのは、


彼女が色々な言葉とその意味を知っていたとしても


人間の本質までは見通すことが出来ない


未熟者故だからだろう。


だから1か月前、


公園のベンチで本を読んでいた透を


いたずらしようと近づいて来た照井に


自分から声を掛けた。


そして彼の目の前で性癖と、これから自分を


どうしようとしているのかピタリと


言い当ててやる。


照井は明らかに動揺していた。


狼狽する男の滑稽な姿を見て、


透の中で照井 みつるは自分よりも序列の低い人間だと


判断が下される。


例え大の大人であっても、


能力を持つ自分の方が格上。


コイツは年上でも見下してもいい人間だ、


そういう認識が彼女の中で芽生え始めた。


透のスイッチが切り替わる。


狼狽して硬直したまま動かない照井の姿を


鼻で笑いながら、少女は男に命令を下す。


「ねえ、照井さん。


私、何もあなたのことを警察にチクろうなんて


しないわ。その方があなたもいいでしょう?


それでね、その交換条件としてあなたに


お願いがあるんだけれど・・・・・・」


そうして手に入れた秘密基地。


家から20分ほど離れたアパートの一室。


男性の、しかも無職の一人暮らしにしては


色々と設備は整っているし綺麗に整頓されているのは


照井曰く、呼べば母親が掃除に来てくれるし


父親からも毎月仕送りが来るし、


手続きとか面倒事も頼めば親がやってくれるから、


こうして充実した生活を送れているそうな。


そんな男の家庭環境はどうでもいいことだが、


ここは透にとって十分充実した部屋だった。


例え部屋の大半が大量の児童ポルノ作品に


埋め尽くされていた場所だとしても、だ。


それに、手を出されても逃げられるように


ナイフを一つ、赤いランドセルの中に忍ばせている。


また、前に照井が一度透を部屋に置いて


出掛けて行ったことがあり、その時には


室内にある様々な商品のパッケージや


部屋の全体図をカメラに撮影して記録してあるので、


想定外の事が自分の身に起きても


照井を告発するための下準備もバッチリだ。


更に言えば『察す』る能力がある限り、


いつ、いかなる時も先手を打つのは自分だ


という過信が透にはあった。


だから今日も照井の部屋に来て時間を潰す。


目標は母親の不倫相手が帰り、


夕食の準備が終わりそうな頃合い。


家に帰って、着替えて、食事して、


部屋に籠り、風呂に入り、寝る。


出来るだけ母親と二人っきりの時間を作らず、


そつなく1日の工程を順序良く終えるのが


もっか透の人生目標だった。


夕刻。


照井のアパートを出てからバスに乗り


家路につく。


台所へ行けば早苗が机に箸を並べていて「


もうご飯だから、手を洗ってきて」と言ってきた。


その数時間前まで隣の部屋で男と抱き合っていた女


とは想像が出来ない程に普通で平凡すぎる母親の言葉に


目を細めながら、


それでも笑顔で「はーい」と答え洗面所に向かう透。


その夜、やはり父は家には帰って来なかった。



別の日。


三隅 透は『察し』た。


家の前にはタクシーが止まっていて、


中から出てきたのは父・俊明と見知らぬ女。


今日は確か友達とショッピングに行くと言っていた母。


だから今日は家の中は無人だ。


それを知ってか知らずか、俊明は女を連れて家の中に


入っていく。


そのあとどうするかは、能力を使わなくても想像が出来た。


「・・・・・・はぁ」


全ては分かっていたこと。


だが今日だけは、その事実が折り曲がってくれればいいのに


と思っていた。


どうも今日は朝から体調が良くない。


本来なら学校へは行かず家で安静にしていればいいの


だろうけれど、母親に弱みを見せたくなかったし、


何よりあの父親が久しぶりに家に帰って来るのだ。


しかも女を連れて。


そんな場所に誰が居たいものかと、


重い身体を無理やり動かして登校した。


幸い熱が出ることも無く、昼食時間近くになると


気分も良くなってきたので今日も一人、


教室の片隅で給食を口にする。


他の生徒たちは机を向き合わせ楽しそうに会話を


しながら食事を取っているが、


透だけはずっと一人で昼食をとっていた。


先生も同じ給食を食べるので同じ教室に居たが、


今の今まで一度でもそのことに関して生徒たちへ


注意をしたことは無い。


それは過去に、担任の女教師がクラスメイトの父親と


ラブホテルへ行っているということを職員室で、


本人の目の前で透が言ったことが原因だった。


彼女にとってそれは先生への助言のつもりで


「このまま一緒にいたら、


先生は奥さんを刺しちゃいますよ?」と、


見通した出来事を自慢げに他の教師たちがいる部屋の中で


担任に話したのだ。


確かにその頃、相手への感情が高ぶり


奥さんが邪魔だとは思っていたが、まさかそんなことを


自分が受け持つクラスの女子生徒に忠告されようとは。


しかも職員室の中で・・・・・・。


それはクラスメイト本人にも伝えられ、数日後、


その子は自殺した。


『うちのお父さんがそんなことをする人間だとは


思いたくありません。認めたくありません。


これは夢なのです。僕はこれから、夢から覚めます。』


遺書にそう書き記して死んだ男子生徒の両親は、


それから間もなく離婚。


そして逃げる様に町から出て行った。


それが原因で彼女は腫物扱いすらもされない、


透明な存在として扱われていくこととなる。


だがそれも『察し』ていたので特に苦痛は


無かった。


ただ、無能な奴らが特別な力を持つ自分を敵対視して


起こしたボイコット。


その程度にしか透はこの現状を捉えていなかった。


放課後、仕方ないので照井のアパートへ向かう透。


しかしバス停で車が来るのを待っていた時に


『察し』た彼女はいつもとは違う行先のバスに


乗り込んだ。


町外れにある公園。そこに照井 みつるは居た。


5歳位の少女の手を取り、周りを注意しながら


公園の男子トイレに少女と一緒に入ろうとした所で、


声を掛けられる。


「その子のお母さん、もうすぐ来るわよ?」


「っ・・・・・・!!!」


驚いた拍子に掴んでいた手が離れた。


少女は自由になった手を降ろし「お母さーん!」と


悲鳴に似た声を上げながらその場を離れて行く。


数秒後、少女の名前らしき名前を叫ぶ大人の女の声が


聞こえた。


透と照井は無言のまま顔を見合わせる。


そして、照井はある提案をした。


「こ・・・これから、カラオケ行かない?」


だがその誘いは即座に断られる。


「嫌。


あんな個室じゃ、何をされていても


誰にも気付かれないじゃない」


「・・・・・・・・・そう」


カラオケ店の室内で自分に襲いかかる照井の姿を


『察し』ていた透はそれだけ言うと、


公園を後にする。


「・・・・・・」


照井はその後ろ姿を見送りながら、


そそくさとトイレの個室へ入っていった。



それから数日経った日の事。


三隅 透は学校の保健室のベッドで寝ていた。


保険医が不在だったことをいい事に、


今日は1時間目からずっとそこで横になっている。


どうやら本格的に風邪を引き始めたようで、


何とか学校には来れたものの


授業を受けられるような体調ではなかった。


薬でも飲めば少しは楽になるのだろうが、


如何せん保険医が不在。


その為、常備薬を自由に出すことが出来ない。


普通ならそこで担任に頼むとか、家に帰るとか、


そういう選択肢はあるのだろうけれど、透には


それが無い。


だからとりあえず今は寝ることにした。


頭痛が治まるのを待ってから家に帰ろうか、


それとも秘密基地へ行こうか。


どうするのがベストなのか、『察し』ようとするが


今日はどうもそれが出来ないでいた。


頭痛の酷さと怠さからか、よく分からないが


何度やっても上手く『察す』ることが出来ない透。


色々考えた考慮した結果、


彼女は秘密基地へ行くことにした。


「あれ?どうしたの、こんな時間に」


「ごめん。ちょっと怠くて・・・・・・」


さすが無職の男、平日の昼前だというのに


平気で家に居る。胸の中で悪態をつきながらも


体調は更に悪化していて、その口調はとても


弱々しいものだった。


理由をハッキリと告げないまま照井の部屋に


上がる透。壁に手をつきながらゆっくりと部屋の奥へと


歩いて行く彼女の姿を見て、そういう所は鈍い照井でも


明らかに様子がおかしいことに気が付き、


背後から声を掛けた。


「透ちゃん、どうした?もしかして生理?!」


「・・・・・・っそんなんじゃ無いわよ」


デリカシーの無い問い掛けに、


つい怒りが込み上げてくる。


だが今は喋ることも億劫な位に全身が重く


頭の痛みも和らぐことが無かったので、


透は照井を怒鳴りつけることが出来なかった。


「・・・・・・そ」


いつもなら直ぐに怒鳴る彼女なのに、


どうやら今日は本当に気力が無さそうだ。


そう思い、照井は部屋の入り口で足を止めて


引き出しがある方向へと向かい歩いて行く。


そんなことすら気付くことが出来ない透は


やっとの思いで目的地まで辿り着くと


糸が切れた様に男が毎日使っている布団の上へ


倒れ込んだ。


「・・・っ・・・・・・はぁ」


顔を埋めた瞬間、照井の臭いが鼻孔を突く。


決していい匂いでは無いそれだけど、


風邪を引いて頭も碌に回転しない今の透には


さしたる問題では無かった。


とりあえず静かに寝ていたい。


それが彼女の願いだ。


家の中ではまた両親が揃って不倫相手を連れ込むか


分かったものでは無いし、学校の保健室は


とにかくうるさい。


静かにしてくれと言っても、多分だれも


その声すら聴いてはくれないだろうし、だから


不本意ながらもこの秘密基地こそが現在、


一番静かに寝れる場所なのだ。


照井には悪いがその間だけ少し家を空けて貰って、


夕方頃に戻ってきてくれれば体調も良くなる筈。


そう思い部屋に入り、寝転んだ透だったが


肝心の男が隣に居ない。


どうやらベッドより少し離れた場所で


何かをしているようだ。


声を掛けたくても掛けられない状態。


しかも病状は徐々に悪い方向へと向かっている。


頭痛と倦怠感の後に訪れたのは高熱。


風邪薬を服用していない少女の身体は


病気の進行を止めることが出来ず、悪化の一途を


辿るばかり。


絞り出す声は小さく、この遠さでは照井に透の声は


届かない。が、そんな時やっと男は止めていた足を動かし


ベッドの方へと近づいて来た。


そして差し出されたのは水の入ったコップと錠剤。


「はい、風邪薬。


飲めばきっと透ちゃんの体調も良くなるよ」


「・・・・・・っ」


一瞬だけ迷った。


果たしてそれは本当に飲んでいい物なのか。


体調が悪いけど、誰も風邪とは言っていない。


なのに、なぜ彼は風邪薬を持ってきたのか。


人生経験の長さが違うから?


それとも気を利かせてくれた?


疑問に思うことは幾つもあった。


だが今までの人生の中、病気になっても


両親にそんな優しい態度を取って貰ったことは


無い・・・・・・。


「・・・・・・ありがとう」


導き出した結論は、彼を信じて薬を飲む事だった。


手渡されたコップを片手に重い身体を起こしながら


透は風邪薬を口にする。


そして一気に水を飲み干して薬を体内に含むと、


再びベッドの上に寝転んだ。


気のせいかもしれないが、


さっきより身体が楽になってきた気がした。


頭痛も熱もまだ治らないけれど


先程より全体的に緊張が解されて、眠気が一気に


増してくる。


「・・・・・・っ、・・・・・・・・・」


そして瞼を閉じた。


照井に出て行くよう命令もせず、


他人の男の部屋で、透は一人ベッドの上で


眠りについたのだ。



「・・・・・・・・・んっ」


あれから何時間経ったのだろう。


とてもよく寝れた。


そう思いながら目を開けてゆっくりと


身体を起こそうとしたその時、初めて透は


自分の現在の状況を把握する。


「え?」


違和感はまず下半身にあった。


なぜか太ももが寒い。


今日はスカートを履いてはいないのに、


なぜかスースーする。


そしてお腹にある鈍痛とお漏らしでもしたかのように


濡れた股間。


次に両腕だ。


いつも両腕を下げて眠る癖があるのに


何故だか今日は腕を上げている。


それになんで自分は


服を着ていないのか・・・・・・。


そこで初めて何が起きたのか気付く透。


顔を横に動かし男がいるであろう方向へ向ける。


照井はベッドの真横に居た。


逃げる様子も無く、寧ろ余裕すら感じられる


気色の悪い笑み。そして手には透がいつも護身用に


持ち歩いていたナイフ。


「っ・・・・・・あんた、


・・・あんた何をしたの?!」


「え、なんだって?」


「だから・・・だから


私に何をしたのかって聞・・・・・・」


声を荒げ照井を問い詰めようとした透の唇が震える。


その様子を見て更に男はニタニタと笑いだす。


少女の目に入ってきたのは部屋の中にあるテレビ。


大きな画面に映し出され放送されていたのは、


両腕を拘束されている自分の服を脱がしている


男の手と声。


『えー・・・今、慎重に服を脱がしています。


よいしょ・・・よいしょ・・・』


「・・・・・・っあ


・・・・・・ぅ、あ・・・」


『はーい。


かわいいお胸が顔を出してくれましたー。


小ぶりですねー。でも、こんなことをしてても


彼女はまだ眠っていまーす』


「・・・・・・い・・・嫌っ


・・・・・・嫌っ・・・・・・」


『では次に最大の難関、


下着を脱がせていきまーす!


ここで起きられると、大変面倒くさいことに


なりますからねー・・・』


そう言いながら下着を降ろしていく男は


何を思ったのか足首までパンツを降ろしたところで


カメラに自分の顔を映す。


大画面に映る男の顔は今まで見たことも無い、


生き生きと生気を漲らせている顔だった。


それが透の気持ちを逆撫でして、恐怖心が


増していくことになる。


『えー・・・大変お待たせしました、同志諸君。


今から僕のようなキモイオジサンが、


この子の大切な所にイケないものを挿れて


いこうかと思います。


皆、羨ましいでしょ?・・・・・・ふふふっ、


イエーイ!ロリコン最高ぅ!!』


カメラにVサインを送る男の姿は


まるで同い年の男子生徒のよう。


純粋に楽しいと思うことをする。


したいことをする。その原理のもと、例え


非人道的な事でも平気で行う。


照井 みつるはそういう人間だということを、


この瞬間まで透は忘れていた。


本来ならば警戒すべき相手、一番近付いてはいけない


タイプの人間であったハズなのに。


自分の能力に現をぬかしていた所為で


そんな事すら気付けなかった。


全て見抜けていたのに、『察す』ることが出来る


特別な存在であるなら、世間の一般常識も理論も覆せる。


そう、勝手に思い込んでいた。


全ての元凶は自分。


誰も責める相手は居ないのだ。


例え家に不倫相手を連れ込んでいる親だろうと、


生徒を無視する教師もクラスメイトも、


この社会ですら彼女に対して何も悪いことは


していない。


ただ未熟な彼女だけが、狭い狭い自分の居る


小さな世界の中でだけで全ての物事を計り、


序列を決めてそれに見合った態度を示していた。


そこが世界の切れ端程度の世界だとも知らずに。


「・・・・・・嫌ぁ、・・・・・嫌よ


、・・・嫌よぉ・・嫌ぁっ、嫌ぁ、嫌ぁ!!!」


否定の言葉を連呼する透。だがその映像はすでに


起きてしまった事実。


薬で眠らされていた彼女は照井の手によって犯され、


その一部始終を映像に残され、今目の前でそれが


流れ続けている。


目を背けたくなる事を知らぬ間に受けていた自分。


そのまま死んでいればその事実を知ることも


無かったのに。


全部見せられてしまった。何をされたのか。


そして『察し』てしまう。


これから自分はどうなるのかを・・・・・・。


「・・・・・・嫌・・・・・・助けて、


誰か・・・誰かぁっっ・・・・・・・」


助が来ない事は分かっていた。


自分はもう助からない事も、


全て『察し』てしいる。


これから自分が1か月程家に帰らなくても、


両親が警察に連絡をしないことを。


担任の女教師も生徒も、誰一人それについて


触れない事も。


これから先、自分がどれだけの屈辱と痛みを


受け続けなければいけないのかを。


全部、全部『察し』ている。


だけど、


それでも少女は震える声を絞り出しながら


誰かに助けを求めた。


生まれて始めた、誰かに助けを求めたのだ。


それが、叶わぬ願いと知りながら。



1カ月後。


三隅 透はアパートの中で遺体として


発見される。


一部腐敗が進んでいた彼女の遺体の近くには、


照井の手によって部屋に連れ込まれていた


別の少女が一人、老衰しきった状態で横になっていた。


彼女はすぐさま病院に搬送され、一命を取り留める。


少女の両親はそれを心底喜び、新聞の取材に対しては


『この子の中にある忌まわしい記憶が消えるまで、


苦しみを共にしながら生きて行きたい』


そう、涙ながらに答えた。反して透の両親は


腐敗した娘の姿を見た後、遺体を受け取る気は無いと


言い出し事件を担当した刑事との間で何度か衝突を起こす。


結果、透の遺体は引き取られること無く


無縁仏として埋葬された。


余談ではあるが、三隅夫婦には


新しい家族が増えていて今は家族3人で


仲良く暮らしている。


照井 みつる他数名は殺人及び児童買春、


ポルノ禁止法違反容疑で逮捕された。


しかし照井含め全員が殺人の容疑を否認しており


『行為の最中に死んだ』と供述しているという。



そして、

三隅 透の死後から数十年経った春の日。


西門橋不動産会社に訪れた二人の女子大生。


大学進学に伴い一人暮らしを始めるため、


ここへ相談をしに来た。


というのは一人の子で、もう一人は大学の近くに


親戚の家があり部屋を借りる気など全くないという。


ではなぜここへ来たのかと言えば、


親友であるその子が不動産会社の社員にそそのかされて、


変な部屋を借りないようチェックするために


付いて来たとのこと。


そんな他愛ない話を笑顔一つ崩さずに聞き続けて


いたのは社内で最も悪運が強いと言われる


中年男・真木 洋平。


相手の指定してきた条件を全て聞き終えてから、


それにあった物件を探す真木。


だが彼はもう決めていた。


この子へ、いや真木に当った客には必ず


最初に案内する物件が一つある。


「えーっとねぇ、


御話を纏めると・・・・・・そう、ここ。


ここなんて如何です?緑に囲まれた


新築のアパートですよぉ?」


その声を聞いてデスクワークをしていた同僚たちの


手が止まり、一斉に真木の方へ視線を向けた。


「新築と言っても、まあ4・5年前に全部


建て替えただけなんですけどね?


交通面でもバス停が近いしスーパーも近いし、


女の子の一人暮らしだったらこういったところが


良いと思いますけど・・・・・・どうです?」


その問いに相談をしに来た女子大生・積木田 弥生は


付き添いで一緒に来てくれた親友・秋坂 泪の方を見る。


弥生の視線に気付き泪は一瞬だけ頬を赤く染めて、


それからすぐにワザとらしく咳払いをして


真木が差し出してきた物件の間取りが書かれた紙を手に取り


物件内容を確認した。


「そうね・・・・・・。


部屋の近くにはバス停もスーパーもあるし、


いいんじゃない?」


泪の言葉を聞いた弥生は首を縦に何度も揺らし


「うん、うん」と言いながら明るい表情を浮かべ、


改めて真木の方を見る。


「・・・・・・決まりましたか?」


笑顔で確認をしてくる真木。


その顔と男の背後から来る得体の知れない


プレッシャーみたいなものに気後れした弥生は


早くこの場から離れたいと思い、


後さき考えずに答えを出してしまう。


「・・・あ、はい。それじゃあ、


あの、この部屋で・・・」


「ちょっと待って弥生!」


そんなピンチを救ってくれたのは付き添いで親友の


泪だった。


「・・・・・るっ、泪ちゃん」


「・・・・・・」


心の奥で舌打ちをしながら真木は笑顔で泪に聞く。


「どうなさいました?


私といたしましても、この物件は積木田様が御提示した条件に


ピッタリだと思うのですが」


その言葉に泪は少し声を押さえながら反論する。


「確かにそうかもしれませんね。


でも、書類と話だけを聞いて即座に答えを出すのは


いけないわ」


御もっともな意見を言ってきた泪は


隣に座っている弥生の手を握り、その場で立ち上がると


真木に一つの提案をしてきた。


「だからまず部屋を見せて下さい」


「・・・・・・」


泪の言葉に西門橋不動産会社の室内が


静まり返る。


「返事はそれからでも遅くありませんよね?」


だが真木だけはそれを聞いても


やはり顔色を変えることなく、同じ単調な喋り方で


出された提案を素直に飲み込む。


「はい、そうですね。


勿論、私もそのつもりでしたよ。えぇ」


そうして三人は真木がお勧めする物件へと足を運ぶ。



客が居なくなった社内では緊張の糸が解けたのか、


黙って三人のやり取りを見守っていた社員たちが


それぞれ口を開き出す。


『まーた真木さん、あの物件勧める気だよ』


『大丈夫かねー。


この間は被害者の女子大生、泣き寝入り


したんだっけ?』


『その前の会社員の話は、自殺だから


ニュースには大々的には出なかったんだよね』


『何にしても、よくやるよ。真木さん』


『無理して売らなくてもいいのにね』


『しかし、よくもまああんだけの物件を扱いながら


御本人は平気で居られるよな』


『さすが悪運だけの男!』


『俺はあんな風にはなれないわ』


『いや、ならなくていいだろ』


『だな』


『そうですね』



そんな事が言われているとは露知らず。


二人の女子大生を連れて真木が来たのは


木々に囲まれた築四年のアパート。


まだ建ったばかりの建物は外観も綺麗で


ヒビひとつ入っていない。


そこから歩いて五分の場所にはスーパーがあり、


野菜や肉など食料品や日用雑貨品なども多く


取り揃えられていた。


更にもう少し足を伸ばせばコンビニエンスストアがある。


確かに一人暮らし初体験の弥生でも何とか


頑張っていけそうなリッチ条件だった。


緑豊かな周囲を見渡しながら楽しそうに泪に話しかける弥生。


腕を引っ張られ延々とこの場所について褒めちぎる


弥生の言葉を聞きながらニヤニヤと笑う泪。


そんな二人の微妙な関係を脳内で考察しながら真木は


「それじゃあ。部屋に入って中も見て行きましょうか」


と言って、建物に向かって歩き出す。


「はーい!」


大きく返事をしながら泪の手を取り走り出す弥生。


「さ。泪、行くよ!!」


「はい、はい」


呆れながら一緒に部屋に向かって走る泪。


真木の後を追い建物の中へ入り、その部屋の前に来た


その時だった。


今まさに鍵穴に真木が鍵を入れようとした瞬間、泪は


表情を一変させる。そして、大きな声で叫んだ。


「やめて!!!!


その扉を開けてはダメよ!!!!!」


「はい?」


「えぇっ?!」


突然放たれた泪の言葉に二人は驚き、硬直する。


叫んだ張本人は顔を強張らせながら続けざまに叫ぶ。


「弥生、この部屋には住んじゃダメ!


だって・・・だってここに住んだら、


あなた・・・・・・殺されるわ」


「・・・・・・へ?」


呆けた声を出し、首を傾げる弥生と


部屋を前にして顰めっ面になる真木。


二人の反応を確認してから泪は真木を睨み付け、


それから弥生の腕を掴み強引にアパートから彼女を


引き離す。


「ちょっ・・・・・・なに?


なに、どうしたのよ泪!」


「私達、あの男に騙されかけた。


この部屋は異様よ、人間が住んでいいような


場所じゃない!!!」


「えぇ?」


未だに状況が呑み込めない弥生は


訳が分からないまま泪に連れられてアパートを後にする。


部屋の前に残された真木は握っていた鍵を胸ポケットに


仕舞い込み「やれやれ」と苦笑いしながら頭を掻き、


それでも懲りずに二人を追うため走り出した。


「ちょっと、ちょっとお二人さーん!


待って下さいよぉぉぉぉ!


オジサンだってー、こんな場所


一人じゃ居られませんよぉー」



暫くして、その部屋に別の大学生が住むことが決まる。



しかしその1カ月後、


その大学生は室内で遺体として見つかった。


警察は強盗目的で部屋に入ってきた男とバッタリ


遭遇してしまい、口封じの為に殺されてしまったと


みている。


だが、不思議なことに捕まった派遣社員の男は一貫して


容疑を否認。


そして逮捕された直後から同じことを何度も


繰り返し言っていた。


『僕は何もしてない。あの子がやったんだ』



しかし何度防犯カメラの映像を確認しても


部屋に出入りしたのは犯人の姿だけ。


共犯者と思われる相手の姿は一切確認されなかった。


ただ、部屋に入る男の背後に一瞬だけ


黒い人型の靄が映っていたが、


画像が荒れただけというのが


警察の見解だった。


だが


この強盗殺人のニュースは決して


新聞やニュースなどで大々的に扱われることは


無かった。


それはその日、同じ頃、とあるトンネル内で


大事故が起き死傷者が多数出た為だ。


一面記事はすべてトンネル事故のニュースが


取り上げられそのため


このアパートで起きた事件は小さな記事にしかされず、


誰の目にも止まらぬまま連日起きる


他のニュースによって静かに埋葬されていった。





『ねえ、住んで1か月経ったその日に呪われる


部屋の話。黒い靄って言うの、知ってる?』


『なにそれ、都市伝説か何か?』


『私も噂でしか聞いたことが無いんだけどね。


そのアパートの一室を借りた住人は必ず


死ぬか不幸な目に遭うのよ!!』


『あー・・・事故物件って奴?』


『そんなところ。


でも、ここはかなりヤバイらしいの』


『何が』


『それはね、その部屋が事故物件だってことが


全く知られていないことなの!』


『はぁ?なにそれ』


『詳しくは聞いてないから分からないんだけど、


その部屋に住めば必ず誰もが何らかの災いに


襲われるの。でもね、


それがどんな大きな殺人事件だったとしても、


それがメディアで大きく扱われたことは、


1度だってないのよ』


『どうして?


いくらなんでも大量殺人でも起きれば、


さすがにマスコミが黙ってないでしょ』


『そう思うでしょ?でもね、ダメなの。


その部屋で何が起きても、その時


同じタイミングで必ず違う大きな事故や事件が


他で起きてしまうの。


例えばどっかの国の建物が崩壊して


いっぱいの人が生き埋めになったり、


人質を取ってた犯人がカメラのいる前で


人質を殺したり・・・んもう、とりあえず!


何か凄いニュースがその日、その時、


同じタイミングで起きて、アパートであった


事故や事件の報道を揉み消しちゃうんだって。


だからあまりそのアパートの名前は


明かされていないから、だから皆


何も知らないでその部屋を借りて


不幸になっちゃうんだって』


『迷惑な噂話ね。


近所の住民も何か言ってやれば


いいのに・・・・・』


『まあ、今はあんまり他人の事とか


気にしない社会だからね。


自分も呪われたくないから、


言わないし触れないのかも』


『なるほどね・・・・・・。


で、なんでそこまでその物件は


ヤバいことになったのよ?!


それだけ呪いの効力が強いなら、


過去にそれだけのことがあったんでしょ?』


『そうみたい!


・・・・あー・・・うん、そう。


そう・・・・・・なのよ』


『どしたの?』


『あー・・・・・・あー・・・いや、うん。


それがね、一人の女の子が変態ロリコン変質者に


監禁されて、色々酷いことされて殺されたんだって。


で、その子の両親はあんまりその子を


好きじゃなかったみたいでね、事件が発覚するまで


捜索願をださなかったり、女の子の遺体を


引き取らなかったり、酷い仕打ちをしたんだって。


結局、女の子は無縁仏として埋葬


されたんだけど・・・・・・


やっぱ恨みが強かったんだろうね。


そりゃそうだよね、


酷い目に遭っても誰も助けに来なくて、


それでメッタ刺しにされて、


腐るまで誰にも見つけて貰えなかったんだもんね。


そりゃあ・・・そりゃあ悲しくて、辛くて、


誰かを恨み殺したくもなるよね!


そうだね・・・そうだよ、


そうなんだよ・・・・・・っ』


『ちょ、ちょっと?どうしたの?!


なんか様子おかしいよ。


ていうかさ、噂話の癖に随分と詳細まで


情報出すぎじゃない?


そんなにその子の事件は大きく


取り上げられたの?』


『・・・・・・ううん、取り上げられなかった。


だってその日も、別の場所で大きな事件が起きて


・・・・・・・誰も、誰もこの事件を・・・


その子の死を気に留める人は


いなかった・・・・・・。


でもその後に、そこに居たもう一人の女の子の


親御さんが新聞の取材に答えてね、


事件はプライバシー保護の為に伏せられたんだけど、


被害者家族としてこれからどう生きるかって


・・・・・そっちの話題では大きく記事に


なってね、


何度かテレビの取材があったみたい。


事件の詳細は・・・・・・その、


腐敗して死んだ子のことには触れないで・・・』


『・・・・・・そりゃまあ


・・・・・・なんていうか・・・』


『酷い・・・・・よね。


これじゃ、呪い殺しても仕方ないよね』


『でもそれってなんか逆恨みじゃない?


殺されたのは可愛そうだけど、何も


住人全員を呪うこと無いでしょ。


八つ当たりよ、そんなの。


自分が親に愛されてなくて、


事件が明るみに出なかったからって・・・・


何も赤の他人を殺すとか』


『・・・・・・それでさ』


『ん?』


『実は・・・・・・』


『どうしたの?


そういえばあんた、さっきから顔色が悪』


『私の後ろに誰か居るんだよね。


さっきから、ずっと。ずっと居るの』


『・・・・・・・え?


いやいや、だって後ろには誰も・・・・・・』



『大変申し訳ないんだけど、


この部屋が・・・・・・その部屋みたいなんだ』


                                  了


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