情報収集
翌日、町の、若い男女の出で立ちで、マリスとケインは食堂を訪れる。
この村で購入した衣服は、洗練された先進国の出身であるマリスからすれば、
悲しいデザインであったようだが、とにかく目立たないようにするためには、致し方
なかった。
この日、寂れた食堂は、珍しく賑わっていた。
二人がテーブルにつくと、賑やかな理由はすぐにわかった。
吟遊詩人である。
三角帽子を被った、二〇代ほどのまだ若い男と見受けられる。
吟遊詩人には欠かせない弦楽器を持つが、庶民の楽器にしては珍しい、小型の竪琴
リュラを背負っていて、離れたテーブルで、客とペラペラ話をしていた。
「あら、リュラだわ。この辺りでは珍しいわね」
マリスが、その楽器に目を留めた。
「それでさ、旦那、この先のダフロ山では、昼間は山賊、夜は魔物が出るそうなんで
さあ」
(なに? 魔物? )
ケインとマリスは互いに目配せすると、食事を続けながら、その吟遊詩人の話に
耳を傾ける。
が、その客が「食べてる時に魔物だなんて、やめてくれ」といって、彼を追っ払っ
てしまったので、その話は中断されてしまった。
その後も、懲りずに、他の客にも話しかけるが、ことごとく追い払われてしまい、
とうとう二人のところへと、回ってくる。
「やあ」
気軽に声をかける吟遊詩人。
帽子を深々被っているので、顔は見えないが、声の感じから、人の良さそうな
雰囲気であることがわかる。
「きみたち、僕の情報いらない? 」
「何を知ってるんだ? 」ケインが尋ねる。
「北の王国ファルガームから南の島まで。僕の冒険の旅による貴重な体験談を聞き
たいなら、銀貨一枚からお願いします」
詩人は、皮の巾着袋を、テーブルの上に置いた。
「さっき、どこかの山では、昼は山賊、夜は魔物が出るって言ってただろ? その話
を、詳しく聞きたいな」
ケインが言うと、吟遊詩人は、残念そうな溜め息をついた。
「なんだ、そんなことか。ダフロ山だよ。この村を、西方面に行ったところにある、
二つ続きの小さい山さ」
「魔物って、どんなものが出るんだ? 」
「さあ、僕は見たことはないけど。噂では、黒い靄とか、トカゲのちょっと
デカいのとからしいよ」
下等モンスターらしいことが、二人にはわかった。
「ということは、例え次元の通路があったにしても、それは自然にできたもので、
巨大ボスはいないだろうから、放っておいても大丈夫ね」
マリスが小声でケインに伝える。
「ねえ、きみたち、それよりも、僕が南の島に行ったときの話を、聞いてみたくは
ないかい? きみたちだって、いずれその地へ向かうかも知れないでしょう? 」
男は、はしゃいだ声を出した。
「いい。別に聞きたくない」ケインが冷たく断る。
「だったら、……そうだ! サルみたいな巨人族と、ある剣士が戦った話は? それ
とも、南の海に住むクラーケンのことは知ってる? 草原のケンタウロスは? 」
次々繰り出される途方もない話に、ケインはうんざりした目で彼を見ているばかり
である。
「ねえ、本当に聞きたくないの? 」
あまりのしつこさに、とうとうケインが折れた。
安いから聞いてやる、さっさと済ませろ、との条件付きで。
男は嬉しいあまりに飛び上がり、椅子を寄せてきて、足を組んで座った。
「じゃあ、とびきりの冒険話を聴かせてあげよう。南の海のクラーケンだよ」
ポロロ~ン
詩人は、膝の上で抱えたリュラの弦を、奏でてみせた。
柔らかい、美しい音が、品良く鳴り響いた。
「おいおい、唄で、かよ? 」
「当たり前じゃないか。僕は吟遊詩人なんだぜ。それじゃあ、いくよ~! 」
詩人の男は、これまでの柔和な顔を、途端に険しくさせたかのように、弦を激しく
弾き出した。
柔らかかった音色は、爪を立てた、鋭い音を発した。
そして、彼は、低く、野太い声で、唄い始めたのだった。
♪〜
それは、穏やかな航海だった
太陽は熱く、空気はけだるく、波も温かい
ウミドリまでもが、ぼう然と飛び、どこへいくのか
そんな日だったのさー
突然黒雲が空を隠し、
穏やかだった波は、形相を変え、
鬼のように怒り狂う
何事か
ただの嵐でないその中で
乗組員が見つけた!
黒い海の中から現れた、そいつを見て叫んだのさ!
タコだ! タコのバケモノだ!
他の奴等も騒ぎ出す
イカだろ!
よく見ろ、クラゲだ!
いや、タコだ!
巨大イカーッ!
クラゲのバケモノーッ!
大ダコーッ!
看板を狂ったように駆け回る船員たち
クラーケンの長い足が一振り
そして、みんな死んだのさー!
〜♪
(……なんだったんだろう、今のは……? )
ケインもマリスの目も、彼に釘付けであった。
「とまあ、こんな感じです」
男は帽子を取ると、腕で額の汗を拭い、朗らかに笑う。
さらっとした栗色の、セミロングの髪が覗くが、またすぐに帽子を被ってしまった。
「……なんか、後味悪い唄だな」
ケインがぽつんと呟いた。
「……なんか、リュラの奏法も、違う気するし……」
と、マリスもぽつんと呟いた。
「やかましいぞ! 朝っぱらから気色の悪い唄なんかうたうな! 」
「こっちは、食事中なんだぞ! 」
周りの客からは、明らかにクレームが発生していた。
「待って! ねえ、あなた、何か、他に知ってることない? 」
食堂から追い出された吟遊詩人を、マリスは追いかけた。
弦楽器リュラを背負った、しょぼくれた後ろ姿が、立ち止まる。
「どんなことが聞きたいんです? 」
詩人は、テンションの下がった声を出した。
「例えば、どこかに魔道士の医者がいるとか、魔物が出るにしても、もうちょっと
普通のヤツとか、なんでもいいから、もっと身近なものよ」
彼は少し考えてから、そのうち思い付いたように顔を上げた。
「ああ、そういえば、ヨルムの山の、もっとその先に、伝説のドラゴンの谷があると
聞いたことがありますよ」
「……そういうおとぎ話みたいなのじゃなくて、もう少し現実的なものよ」
「そうそう、ある樹海を隔てて別の次元に入ると、妖精の住処があるとも
言われていますね。そこには、ある勇者を待っているものがあると聞きます。その
勇者っていうのは、世にも珍しい剣を持っている人らしいんですよ」
「なんですって? 」
またまた非現実的と思われる話であったが、この話には、マリスは引っかかった。
「勇者と妖精が、なにか関係あるの? 」
思わず聞き返すが、
「おーい、マリス、……なんだ、ここにいたのか」
食堂から、ケインが出て来るのに気を取られ、再び視線を吟遊詩人に戻した時には、
そこには、誰もいなかったのだった。
「ちょっと、吟遊詩人の人! どこに行ったのー? 話は、まだ終わってないのよー」
きょろきょろと辺りを見渡し、マリスが呼びかけるが、不思議なことに、彼の姿は、
どこにもなかった。
まるで、始めから存在していなかったように。
「どうしたんだよ、マリス。勝手に出て行っちゃって」
「さっきの人に、もっと他のことを知らないか聞こうと思って、ついさっきまで話し
てたのに、急にいなくなっちゃったのよ」
「あの吟遊詩人がか? 」
「ええ。一瞬で消えるなんて、魔道士じゃあるまいし……。だいいち、あの人は、
魔道士なんかじゃなかったわ。魔力は感じられなかったもの」
「あの男、ただのおかしな吟遊詩人とは違うのか……? だったら、一体何者……? 」
マリスは、吟遊詩人の立っていた場所を、目を凝らしてみる。
ケインも、マリスの見ている方向を向く。
マリスは、彼の言っていたことを、頭の中で反芻し、考えていた。
妖精の住処と伝説の剣を持つものーーそれは、ミュミュとケイン、または、カイル
に関係あるというのだろうか? と。
キツネにつままれたような気分であった。
「なあ、バヤジッド、この近くに、魔道士の医者はいないか調べられないか? 」
吟遊詩人から聞いたダフロ山に向かいながら、ケインが木のペンダントを開き、
木の魔道士の肖像画に話しかけた。
「そうですねぇ、魔道士の医者ごときを見つけるには、こちらからは遠過ぎて、よく
はわかりませんが……」
人間のものとは思えない、何重にもいろいろな音程の声が重なった声が答えた。
「じゃあ、魔物や、次元の通路の情報は? 」
「そうですねえ。南の海のクラーケンなんかどうです? 」
ケインもマリスも、目が点になった。
「あのさあ、さっきもそんな話を聞いたばかりなんだけど、それって、流行りの冗談
か何かなのか? 」
呆れたケインが、力なく尋ねる。
「おや、そうでしたか? 私が先日、あなた方が行きそうなところを占ったところ、
南の海も候補に上がったものですから」
バヤジッドの意外そうな声に、ケインもマリスも目を丸くした。
「へえ、そうなんだぁ? そもそも、南の海って、ホントに、そんなもんいるのか? 」
「そのような言い伝えがあると聞いたことはありますが、正確にはわかりません。
なにしろ、私は、南方面には、ほんの数えるほどしか赴いたことがありませんから」
「六〇〇年以上生きてるのに? 」と、マリス。
「そうなんです。私の体質が、どうも南には不向きみたいでして、以前、友人に用が
あって、南国へ行った時、あの熱さと湿度に耐えられずに、身体が反り返って、傾い
てしまったんですよ。それ以来、行ってないですね」
マリスとケインは、顔を見合わせた。
(どーゆーことなの? この人、本物の木で出来てんの? )
(……なのか? )
二人は気を取り直した。
「そうだわ、バヤジッドさん。傷が早く治る薬なんて、持ってないかしら? クレア
が、今大怪我しちゃって大変なの。ここらへんには魔道士の医者がいないから、もし、
薬だけでもあれば、早急に、こっちに送ってもらいたいんだけど」
「ええっ!? 」
ペンダントの絵の動きが、ピタッと止まる。
「どなたかお怪我をされてしまったんですか? ああ、だから言わんこっちゃない!
やはり、ヴァルドリューズさんがいなくては、あなたがたの旅は無理があるんですよ」
うっ、とマリスが黙る。
「なあ、そんなことよりも、傷薬はあるのか? それだけ教えてくれ」
ケインが、少しムッとする。
「傷薬ですか? そうですねえ……ありません。魔道士は、自分で回復魔法がかけら
れますから、必要ないので」
木の魔道士は、あっさり否定した。
「……ああ、そう……」
ケインは、がくんと肩を落とす。
「やっぱり、あの診療所に頼るしかないかしら……」
マリスがケインを見る。
「今、皆さんのおられるあたりには、特にたいした魔物もいないようですよ。ところ
で、ヴァルドリューズさんは、まだ時間がかかりそうなんですかね? 早いとこ
戻ってきていただかないと、皆さん、本当に危ない……」
ケインが、ペンダントを閉じて、無造作にポケットにしまう。
バヤジッドはそれに気付かず、ごにょごにょとまだ喋っていたが、やがて、それも
フェイド・アウトしていった。
「結局、たいした情報は得られなかったわね。……となると、ダフロの山賊たちでも
締め上げてみましょうか? 」
ケインは、そう言ったマリスの顔を見て、溜め息を吐くと、ひとこと言った。
「とりあえず、聞いてみるか」
そして、目標地点に着いた。
「いるいる! 大きいのやら小さいの、ハゲにモヒカン、大きな宝箱を抱えて酒盛り
しているアタマの悪そうな野盗たちが! 」
岩に隠れて様子を伺うマリスが、嬉々としている。
「あくまでも、情報収集が目的だからな。わかってるよな? 」
「うん」
「……ウソだろ? 」
ケインにはお見通しであったが、構わず、既にマリスは走り出していた。
「あなたたち、ちょーっとお聞きしたいんだけど」
「なんだ、この町娘は? 」
山賊たちは、人相の悪い顔を向けた。
「この近くには、魔道士のお医者さんはいないかしら? または、魔物が出るという
こわーい噂を聞かなかった? 」
山賊たちは、大きな杯を手にしたまま、じろじろと彼女を眺め回した後、目配せを
交わし合う。
「知らねえな。それより、ねーちゃん、お医者さんごっこだったら、俺たちが教えて
やるぜ! 」
「こわーい目にも、合わせてやろう! 」
杯を放り出すと、狂気に満ちた雄叫びを上げ、賊は、一斉に襲いかかった。
「待ってました! 」
マリスは、ひらりと飛び上がると、先頭の者に、どかっ! と蹴りを入れた。
それが呻き声を上げて吹っ飛ぶと、後ろの者も、巻き添えを食い、吹っ飛ばされる。
何が起きたかわからず、はたまた走り出したら急には止まれず、後から山賊の波が
押し寄せる。
幾度となく繰り出されるハイ・キックに、大の男が、哀れなほど呆気なく、次々と
飛ばされていった。
「この小娘が! 」
段平を大きく振り翳した禿げ頭が、マリスの後ろを取った。
それを、難なく、すいっとよけた後、マリスが、刀のみねの部分を、片手で、
がっしり掴む。
賊は、信じられない顔になる。
彼女の手を振り解こうと、躍起になるが、びくともしない。
その間にも、マリスの方は、他の賊たちを蹴り飛ばしている。
かかってくる山賊の数が徐々に減ってきた頃、マリスは、禿げ頭から段平を引った
くり、放り投げた。
刀を奪われ、思わずよろける賊の足を、引っかけて転ばせ、足首をしっかり掴むと、
マリスは、賊の身体ごとぶんぶん横に振り回した。
「なんてことしやがるーっ! 」
他の賊たちは、叫びながら、弾き飛ばされていく。
「もうその辺でやめとけ」
マリスが振り回している賊の禿げ頭を、ケインが両手で挟んで止めた。
「いいじゃないの。もうちょっとだけ」
「だめだってば。こいつらをいじめに来たんじゃないんだから! 」
ケインは力づくで、そのまま賊を取り上げた。
スキンヘッドだったため、すべってしまい、賊は勢い余って、そのまま、ぽーんと
飛んでいった。
ケインは一歩踏み出すが、わざわざ取りに行くこともないと判断し、やめた。
そして、マリスによって弾かれ、積み上げられている山賊の山に向かって言った。
「あんたらに、聞きたいことがある。魔道士の医者を知らないか? 魔物の噂でも
かまわない。なにか知っていることはないか? 」
立ち上がれる賊は、ひとりもいない。
皆、呻き声を上げるばかりである。
「答えないと、首の骨へし折るわよ」
まだ口の聞けそうな賊を、掘り出したマリスが、首に腕を引っかけた。
賊の男は、恐怖に見開かれた、血走った目になり、慌てて喋り出した。
「魔道士の医者は知らねえ! だが、この先の、ニーデル山には、魔物が出るって
噂だ。確かに、そう聞いた。だから、俺たちも、そこを避けて、移動してきたんだ。
本当だ! 」
マリスの表情が輝き出す。
掴んでいた賊を、元通りに転がし、ケインを振り返った。
「聞いた? ニーデル山には、魔物が出るんですって! 魔道士の医者は相変わらず
わかんないけど、魔物情報第一号ねっ! 」
「あ、ああ……」
突っ立っていたケインであったが、次第に腹を抱えて笑い出した。
「なによ? なにがおかしいの? 」
「いや、……マリスって、やっぱり暴れてる時が、一番楽しそうだな、って」
「まあ、なによ。そんなことないわよ」
「良かったよ。クレアのことで、まだ落ち込んでるんじゃないかって思ってたから」
おかしそうに笑うケインは、片目を瞑った。
「たいしたお姫さんだな」
「……それ、褒めてるの? なんだか、ビミョーね」
眉を寄せるマリスだったが、ケインが自分のことを心配してくれていたのがわかり、
怒るに怒れないでいた。
そこへ、人の声が聞こえてきた。
「え~ん、え~ん! 」
「そんなに泣かないでくださいよ。困ったなぁ」
どこかで聞いたことのある男女の声だ。
二つの人影が、さらに近付いて来る。
「あ~ん、あ~ん、スーちゃあ~ん、スーちゃあ~ん! 」
そうこうしているうちに、彼らが、二人の目の前で立ち止まった。
ピンクのひらひら衣装の上には、似つかわしくない黒いマント、金髪のくるくる
巻かれたセミロングに、胸元には、小さい水晶球を下げている小柄な少女。
もうひとりの男も、金髪のセミロングで、皮のチュニックを着た、身なりから旅の
剣士とわかる。
ケインとマリスが、ばったり出くわしたその二人は、まさに、即席で結成された
『現実主義の黒い騎士団』を名乗る、魔道士の少女マリリンと、優男
剣士クリスであった。
「ああっ! 男女のマリスだぁ~! 」
目を真っ赤に泣きはらしたマリリンが、マリスを指さし、のんびりとした大声を
張り上げる。
その甘ったれた喋り方は、相も変わらず、マリスの神経を逆撫でした。
「これは奇遇ですねえ。マリスさんに、ケインさん」
クリスが親し気な笑顔で進み出た。
「お前たち、どうしてここに? 」
「あなたがたとバトルをしている最中に、『魔道士の塔』の邪魔が入って、お互い、
空間を伝って逃げたでしょう? あの時に、仲間たちとはぐれてしまったんですよ。
だから、スーさんもダイも、あのよくわからない魔道士とイワコウモリも、みんな
どこに行ったのか、行方がわからないんです」
ケインの質問には、クリスが、さらっと答える。
その間中ずっと、マリリンは「スーちゃあ~ん、スーちゃあ~ん! 」と、ぎゃあ
ぎゃあやかましく泣いていた。
「ところで、そちらも、いつもの人たちとご一緒じゃないんですね。いやあ、それに
しても、山賊が累々と転がっている、このような治安も風景も悪いところを、お二人
で歩いていたなんて、随分変わったデートですね」
「デートじゃないっ! 単なる情報収集だよ」
にこにこしているクリスに、ケインが即座に否定した。
「おや? あなたたち、付き合ってたわけじゃないんですか? 」
「俺は、『デートで、何も、こんなところに好き好んで来るわけない』って意味で
言ったんだ」
「では、付き合ってはいない、と? 」
詰め寄るクリスに、ケインはたじろいだ。
ちらっと、目だけでマリスを見るが、マリスは別段変わらない様子だ。
「……ま、まあ、……付き合ってるわけじゃ……ないけど」
「それなら良かった! だったら、僕とお付き合いしませんか? マリスさん」
優し気な笑みを湛えたクリスが、マリスを正面から見据え、その手を握った。
「こら、気安く触るんじゃない! 」
ケインとマリスが、クリスの手を払い除けるのは同時だった。
「なんでですか? 付き合ってないって、言ってたじゃないですか」
けろっとした顔で、クリスがケインを見る。
「彼女は、お前なんかが簡単に、近付ける人じゃないんだぞ」
「じゃあ、ケインさんはいいんですか? 」
「俺は、ヴァルから、彼女を頼むって言われてるんだ」
「悪い虫がつかないように、ですか? 」
「いや、そういうのとも、ちょっと違うが……」
二人の男がごちゃごちゃやっている最中に、マリスはひらめいた。
さっと、少女魔道士に向き直る。
マリリンは、まだビービー泣いていた。
「マリリン、あなた、治療魔法できるわよね!? 」
そのマリスの声に、ケインも、ハッとして、マリリンに注目した。
マリリンは、涙で髪が頬にへばりついたぐちゃぐちゃの顔を上げる。
「それが、どうしたっていうのぉ~? 」
「できるの? できないの? 」
「できるけどぉ~、なんなのぉ~? 」
マリスは興奮気味に、彼女の細い肩を掴んだ。
「治療して欲しい人がいるの。お願い! その人を治してあげて! 」
「そうなんだ、マリリン! 」
ケインも、真剣な表情で続く。
マリリンは、わけがわからなそうに、マリスとケインの顔を交互に見つめる。
「あなた方の方にだって、魔道士の方が、お二人もいるじゃないですか」
クリスが、首を傾げる。
「わけあって、今は別行動しているのよ。クレアが重傷を負っているの。なんとか
一命は取り留めたけど、彼女を助けるために、魔道士の医者を探していたの。あなた
だって、まったく知らない仲じゃないんだから、お願いよ、クレアを助けてあげて! 」
「頼むよ、マリリン! 」
マリリンは、しばらく、ぽか~んと口を開けていたが、我に返った。
「ふぅ~ん、そうなんだぁ~。あのおねえさんがねぇ~。……あ! 」
途端に彼女の目が、小ズルく輝いた。
「だったら、あんた、マリリンちゃんに、あやまってよぉ~」
マリリンの人差し指が、マリスに突きつけられた。
「なによ、なにを謝るってのよ? 」
「それよぉ、その顔よぉ。いっつも、マリリンのこと、いじめるじゃないのぉ。
マリリン、なんにもしてないのにぃ」
(なに言ってるのよ。あんたが、ぶりぶりしながら、あたしに突っかかって来るん
じゃないの! )
と言いたかったマリスも、クレアのためだと、抑えた。
「わかったわよ。……今まで、悪かったわ。ゆるしてくれないかしら? 」
マリスがしおらしく、頭を下げた。
マリリンが、ずいっと進み出て、マリスを見上げる。
「だぁ~めぇ! 」
「なんだと、このガキ! ヒトがおとなしく謝ってやってるってのに、話が違うじゃ
ないのよっ! 」
「きゃっ! こわぁい! 」
マリスがぶつ真似をすると、マリリンは大袈裟に耳を塞いで、しゃがみこんだ。
その仕草が、マリスには、余計にカチンと来るが、それも抑えた。
「ねえマリリン、ふざけないでよ。あたしたち、一刻も早く、クレアを助けたいの。
お願いだから、治療してあげて。もちろん、ただでとは言わないわ。あたしにできる
ことなら、なんでもするわ。だから、……お願い! 」
マリスが真剣に頼み込む。
マリリンは、おそるおそる立ち上がる。
その芝居がかった動作も、マリスには気に入らなかったのだが。
「じゃあさぁ、そこのお兄さんが、デートしてくれたら、治してあげてもいいよ」
今度は、マリリンの指は、ケインを指していた。
「えっ? 俺? 」