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Dragon Sword Saga6『魔の兵士』  作者: かがみ透
第 Ⅳ 話 吟遊詩人の唄
9/19

情報収集

 翌日、町の、若い男女の出で立ちで、マリスとケインは食堂を訪れる。

 この村で購入した衣服は、洗練された先進国の出身であるマリスからすれば、

悲しいデザインであったようだが、とにかく目立たないようにするためには、致し方

なかった。


 この日、寂れた食堂は、珍しく賑わっていた。


 二人がテーブルにつくと、賑やかな理由はすぐにわかった。


 吟遊詩人である。


 三角帽子を被った、二〇代ほどのまだ若い男と見受けられる。


 吟遊詩人には欠かせない弦楽器を持つが、庶民の楽器にしては珍しい、小型の竪琴

リュラを背負っていて、離れたテーブルで、客とペラペラ話をしていた。


「あら、リュラだわ。この辺りでは珍しいわね」

 マリスが、その楽器に目を留めた。


「それでさ、旦那、この先のダフロ山では、昼間は山賊、夜は魔物が出るそうなんで

さあ」


(なに? 魔物? )


 ケインとマリスは互いに目配せすると、食事を続けながら、その吟遊詩人の話に

耳を傾ける。


 が、その客が「食べてる時に魔物だなんて、やめてくれ」といって、彼を追っ払っ

てしまったので、その話は中断されてしまった。


 その後も、懲りずに、他の客にも話しかけるが、ことごとく追い払われてしまい、

とうとう二人のところへと、回ってくる。


「やあ」


 気軽に声をかける吟遊詩人。

 帽子を深々被っているので、顔は見えないが、声の感じから、人の良さそうな

雰囲気であることがわかる。


「きみたち、僕の情報いらない? 」


「何を知ってるんだ? 」ケインが尋ねる。


「北の王国ファルガームから南の島まで。僕の冒険の旅による貴重な体験談を聞き

たいなら、銀貨一枚からお願いします」


 詩人は、皮の巾着袋を、テーブルの上に置いた。


「さっき、どこかの山では、昼は山賊、夜は魔物が出るって言ってただろ? その話

を、詳しく聞きたいな」


 ケインが言うと、吟遊詩人は、残念そうな溜め息をついた。


「なんだ、そんなことか。ダフロ山だよ。この村を、西方面に行ったところにある、

二つ続きの小さい山さ」


「魔物って、どんなものが出るんだ? 」


「さあ、僕は見たことはないけど。噂では、黒い(もや)とか、トカゲのちょっと

デカいのとからしいよ」


 下等モンスターらしいことが、二人にはわかった。


「ということは、例え次元の通路があったにしても、それは自然にできたもので、

巨大ボスはいないだろうから、放っておいても大丈夫ね」


 マリスが小声でケインに伝える。


「ねえ、きみたち、それよりも、僕が南の島に行ったときの話を、聞いてみたくは

ないかい? きみたちだって、いずれその地へ向かうかも知れないでしょう? 」


 男は、はしゃいだ声を出した。


「いい。別に聞きたくない」ケインが冷たく断る。


「だったら、……そうだ! サルみたいな巨人族と、ある剣士が戦った話は? それ

とも、南の海に住むクラーケンのことは知ってる? 草原のケンタウロスは? 」


 次々繰り出される途方もない話に、ケインはうんざりした目で彼を見ているばかり

である。


「ねえ、本当に聞きたくないの? 」


 あまりのしつこさに、とうとうケインが折れた。

 安いから聞いてやる、さっさと済ませろ、との条件付きで。


 男は嬉しいあまりに飛び上がり、椅子を寄せてきて、足を組んで座った。


「じゃあ、とびきりの冒険話を聴かせてあげよう。南の海のクラーケンだよ」


 ポロロ~ン


 詩人は、膝の上で抱えたリュラの弦を、奏でてみせた。

 柔らかい、美しい音が、品良く鳴り響いた。


「おいおい、唄で、かよ? 」


「当たり前じゃないか。僕は吟遊詩人なんだぜ。それじゃあ、いくよ~! 」


 詩人の男は、これまでの柔和な顔を、途端に険しくさせたかのように、弦を激しく

弾き出した。


 柔らかかった音色は、爪を立てた、鋭い音を発した。


 そして、彼は、低く、野太い声で、唄い始めたのだった。


♪〜

 それは、穏やかな航海だった

 太陽は熱く、空気はけだるく、波も温かい

 ウミドリまでもが、ぼう然と飛び、どこへいくのか

 そんな日だったのさー


 突然黒雲が空を隠し、

 穏やかだった波は、形相を変え、

 鬼のように怒り狂う


 何事か

 ただの嵐でないその中で

 乗組員が見つけた! 

 黒い海の中から現れた、そいつを見て叫んだのさ! 


 タコだ! タコのバケモノだ! 


 他の奴等も騒ぎ出す

 イカだろ! 

 よく見ろ、クラゲだ! 

 いや、タコだ! 


 巨大イカーッ!

 クラゲのバケモノーッ! 

 大ダコーッ! 


 看板を狂ったように駆け回る船員たち


 クラーケンの長い足が一振り


 そして、みんな死んだのさー! 

〜♪


(……なんだったんだろう、今のは……? )


 ケインもマリスの目も、彼に釘付けであった。


「とまあ、こんな感じです」


 男は帽子を取ると、腕で額の汗を拭い、朗らかに笑う。

 さらっとした栗色の、セミロングの髪が覗くが、またすぐに帽子を被ってしまった。


「……なんか、後味悪い唄だな」

 ケインがぽつんと呟いた。


「……なんか、リュラの奏法も、違う気するし……」

 と、マリスもぽつんと呟いた。


「やかましいぞ! 朝っぱらから気色の悪い唄なんかうたうな! 」

「こっちは、食事中なんだぞ! 」


 周りの客からは、明らかにクレームが発生していた。




「待って! ねえ、あなた、何か、他に知ってることない? 」


 食堂から追い出された吟遊詩人を、マリスは追いかけた。


 弦楽器リュラを背負った、しょぼくれた後ろ姿が、立ち止まる。


「どんなことが聞きたいんです? 」


 詩人は、テンションの下がった声を出した。


「例えば、どこかに魔道士の医者がいるとか、魔物が出るにしても、もうちょっと

普通のヤツとか、なんでもいいから、もっと身近なものよ」


 彼は少し考えてから、そのうち思い付いたように顔を上げた。


「ああ、そういえば、ヨルムの山の、もっとその先に、伝説のドラゴンの谷があると

聞いたことがありますよ」


「……そういうおとぎ話みたいなのじゃなくて、もう少し現実的なものよ」


「そうそう、ある樹海を隔てて別の次元に入ると、妖精の住処(すみか)があるとも

言われていますね。そこには、ある勇者を待っているものがあると聞きます。その

勇者っていうのは、世にも珍しい剣を持っている人らしいんですよ」


「なんですって? 」


 またまた非現実的と思われる話であったが、この話には、マリスは引っかかった。


「勇者と妖精が、なにか関係あるの? 」


 思わず聞き返すが、


「おーい、マリス、……なんだ、ここにいたのか」


 食堂から、ケインが出て来るのに気を取られ、再び視線を吟遊詩人に戻した時には、

そこには、誰もいなかったのだった。


「ちょっと、吟遊詩人の人! どこに行ったのー? 話は、まだ終わってないのよー」


 きょろきょろと辺りを見渡し、マリスが呼びかけるが、不思議なことに、彼の姿は、

どこにもなかった。

 まるで、始めから存在していなかったように。


「どうしたんだよ、マリス。勝手に出て行っちゃって」


「さっきの人に、もっと他のことを知らないか聞こうと思って、ついさっきまで話し

てたのに、急にいなくなっちゃったのよ」


「あの吟遊詩人がか? 」


「ええ。一瞬で消えるなんて、魔道士じゃあるまいし……。だいいち、あの人は、

魔道士なんかじゃなかったわ。魔力は感じられなかったもの」


「あの男、ただのおかしな吟遊詩人とは違うのか……? だったら、一体何者……? 」


 マリスは、吟遊詩人の立っていた場所を、目を凝らしてみる。

 ケインも、マリスの見ている方向を向く。


 マリスは、彼の言っていたことを、頭の中で反芻(はんすう)し、考えていた。


 妖精の住処と伝説の剣を持つものーーそれは、ミュミュとケイン、または、カイル

に関係あるというのだろうか? と。


 キツネにつままれたような気分であった。




「なあ、バヤジッド、この近くに、魔道士の医者はいないか調べられないか? 」


 吟遊詩人から聞いたダフロ山に向かいながら、ケインが木のペンダントを開き、

木の魔道士の肖像画に話しかけた。


「そうですねぇ、魔道士の医者ごときを見つけるには、こちらからは遠過ぎて、よく

はわかりませんが……」


 人間のものとは思えない、何重にもいろいろな音程の声が重なった声が答えた。


「じゃあ、魔物や、次元の通路の情報は? 」


「そうですねえ。南の海のクラーケンなんかどうです? 」


 ケインもマリスも、目が点になった。


「あのさあ、さっきもそんな話を聞いたばかりなんだけど、それって、流行りの冗談

か何かなのか? 」


 呆れたケインが、力なく尋ねる。


「おや、そうでしたか? 私が先日、あなた方が行きそうなところを占ったところ、

南の海も候補に上がったものですから」


 バヤジッドの意外そうな声に、ケインもマリスも目を丸くした。


「へえ、そうなんだぁ? そもそも、南の海って、ホントに、そんなもんいるのか? 」


「そのような言い伝えがあると聞いたことはありますが、正確にはわかりません。

なにしろ、私は、南方面には、ほんの数えるほどしか赴いたことがありませんから」


「六〇〇年以上生きてるのに? 」と、マリス。


「そうなんです。私の体質が、どうも南には不向きみたいでして、以前、友人に用が

あって、南国へ行った時、あの熱さと湿度に耐えられずに、身体が反り返って、傾い

てしまったんですよ。それ以来、行ってないですね」


 マリスとケインは、顔を見合わせた。


(どーゆーことなの? この人、本物の木で出来てんの? )

(……なのか? )


 二人は気を取り直した。


「そうだわ、バヤジッドさん。傷が早く治る薬なんて、持ってないかしら? クレア

が、今大怪我しちゃって大変なの。ここらへんには魔道士の医者がいないから、もし、

薬だけでもあれば、早急に、こっちに送ってもらいたいんだけど」


「ええっ!? 」

 ペンダントの絵の動きが、ピタッと止まる。


「どなたかお怪我をされてしまったんですか? ああ、だから言わんこっちゃない! 

やはり、ヴァルドリューズさんがいなくては、あなたがたの旅は無理があるんですよ」


 うっ、とマリスが黙る。


「なあ、そんなことよりも、傷薬はあるのか? それだけ教えてくれ」


 ケインが、少しムッとする。


「傷薬ですか? そうですねえ……ありません。魔道士は、自分で回復魔法がかけら

れますから、必要ないので」


 木の魔道士は、あっさり否定した。


「……ああ、そう……」

 ケインは、がくんと肩を落とす。


「やっぱり、あの診療所に頼るしかないかしら……」


 マリスがケインを見る。


「今、皆さんのおられるあたりには、特にたいした魔物もいないようですよ。ところ

で、ヴァルドリューズさんは、まだ時間がかかりそうなんですかね? 早いとこ

戻ってきていただかないと、皆さん、本当に危ない……」


 ケインが、ペンダントを閉じて、無造作にポケットにしまう。


 バヤジッドはそれに気付かず、ごにょごにょとまだ喋っていたが、やがて、それも

フェイド・アウトしていった。


「結局、たいした情報は得られなかったわね。……となると、ダフロの山賊たちでも

締め上げてみましょうか? 」


 ケインは、そう言ったマリスの顔を見て、溜め息を吐くと、ひとこと言った。


「とりあえず、聞いてみるか」




 そして、目標地点に着いた。


「いるいる! 大きいのやら小さいの、ハゲにモヒカン、大きな宝箱を抱えて酒盛り

しているアタマの悪そうな野盗たちが! 」


 岩に隠れて様子を伺うマリスが、嬉々としている。


「あくまでも、情報収集が目的だからな。わかってるよな? 」

「うん」

「……ウソだろ? 」


 ケインにはお見通しであったが、構わず、既にマリスは走り出していた。


「あなたたち、ちょーっとお聞きしたいんだけど」

「なんだ、この町娘は? 」


 山賊たちは、人相の悪い顔を向けた。


「この近くには、魔道士のお医者さんはいないかしら? または、魔物が出るという

こわーい噂を聞かなかった? 」


 山賊たちは、大きな杯を手にしたまま、じろじろと彼女を眺め回した後、目配せを

交わし合う。


「知らねえな。それより、ねーちゃん、お医者さんごっこだったら、俺たちが教えて

やるぜ! 」


「こわーい目にも、合わせてやろう! 」


 杯を放り出すと、狂気に満ちた雄叫びを上げ、賊は、一斉に襲いかかった。


「待ってました! 」


 マリスは、ひらりと飛び上がると、先頭の者に、どかっ! と蹴りを入れた。


 それが呻き声を上げて吹っ飛ぶと、後ろの者も、巻き添えを食い、吹っ飛ばされる。


 何が起きたかわからず、はたまた走り出したら急には止まれず、後から山賊の波が

押し寄せる。


 幾度となく繰り出されるハイ・キックに、大の男が、哀れなほど呆気なく、次々と

飛ばされていった。


「この小娘が! 」


 段平を大きく振り翳した禿げ頭が、マリスの後ろを取った。


 それを、難なく、すいっとよけた後、マリスが、刀のみねの部分を、片手で、

がっしり掴む。


 賊は、信じられない顔になる。


 彼女の手を振り解こうと、躍起(やっき)になるが、びくともしない。


 その間にも、マリスの方は、他の賊たちを蹴り飛ばしている。


 かかってくる山賊の数が徐々に減ってきた頃、マリスは、禿げ頭から段平を引った

くり、放り投げた。


 刀を奪われ、思わずよろける賊の足を、引っかけて転ばせ、足首をしっかり掴むと、

マリスは、賊の身体ごとぶんぶん横に振り回した。


「なんてことしやがるーっ! 」

 他の賊たちは、叫びながら、弾き飛ばされていく。


「もうその辺でやめとけ」


 マリスが振り回している賊の禿げ頭を、ケインが両手で挟んで止めた。


「いいじゃないの。もうちょっとだけ」

「だめだってば。こいつらをいじめに来たんじゃないんだから! 」


 ケインは力づくで、そのまま賊を取り上げた。


 スキンヘッドだったため、すべってしまい、賊は勢い余って、そのまま、ぽーんと

飛んでいった。


 ケインは一歩踏み出すが、わざわざ取りに行くこともないと判断し、やめた。


 そして、マリスによって弾かれ、積み上げられている山賊の山に向かって言った。


「あんたらに、聞きたいことがある。魔道士の医者を知らないか? 魔物の噂でも

かまわない。なにか知っていることはないか? 」


 立ち上がれる賊は、ひとりもいない。

 皆、呻き声を上げるばかりである。


「答えないと、首の骨へし折るわよ」


 まだ口の聞けそうな賊を、掘り出したマリスが、首に腕を引っかけた。

 賊の男は、恐怖に見開かれた、血走った目になり、慌てて喋り出した。


「魔道士の医者は知らねえ! だが、この先の、ニーデル山には、魔物が出るって

噂だ。確かに、そう聞いた。だから、俺たちも、そこを避けて、移動してきたんだ。

本当だ! 」


 マリスの表情が輝き出す。

 掴んでいた賊を、元通りに転がし、ケインを振り返った。


「聞いた? ニーデル山には、魔物が出るんですって! 魔道士の医者は相変わらず

わかんないけど、魔物情報第一号ねっ! 」


「あ、ああ……」


 突っ立っていたケインであったが、次第に腹を抱えて笑い出した。


「なによ? なにがおかしいの? 」

「いや、……マリスって、やっぱり暴れてる時が、一番楽しそうだな、って」

「まあ、なによ。そんなことないわよ」

「良かったよ。クレアのことで、まだ落ち込んでるんじゃないかって思ってたから」


 おかしそうに笑うケインは、片目を瞑った。


「たいしたお姫さんだな」

「……それ、褒めてるの? なんだか、ビミョーね」


 眉を寄せるマリスだったが、ケインが自分のことを心配してくれていたのがわかり、

怒るに怒れないでいた。


 そこへ、人の声が聞こえてきた。


「え~ん、え~ん! 」

「そんなに泣かないでくださいよ。困ったなぁ」


 どこかで聞いたことのある男女の声だ。

 二つの人影が、さらに近付いて来る。


「あ~ん、あ~ん、スーちゃあ~ん、スーちゃあ~ん! 」


 そうこうしているうちに、彼らが、二人の目の前で立ち止まった。


 ピンクのひらひら衣装の上には、似つかわしくない黒いマント、金髪のくるくる

巻かれたセミロングに、胸元には、小さい水晶球を下げている小柄な少女。


 もうひとりの男も、金髪のセミロングで、皮のチュニックを着た、身なりから旅の

剣士とわかる。


 ケインとマリスが、ばったり出くわしたその二人は、まさに、即席で結成された

『現実主義の黒い騎士団』を名乗る、魔道士の少女マリリンと、優男(やさおとこ)

剣士クリスであった。


「ああっ! 男女(おとこおんな)のマリスだぁ~! 」


 目を真っ赤に泣きはらしたマリリンが、マリスを指さし、のんびりとした大声を

張り上げる。


 その甘ったれた喋り方は、相も変わらず、マリスの神経を逆撫でした。


「これは奇遇ですねえ。マリスさんに、ケインさん」

 クリスが親し気な笑顔で進み出た。


「お前たち、どうしてここに? 」


「あなたがたとバトルをしている最中に、『魔道士の塔』の邪魔が入って、お互い、

空間を伝って逃げたでしょう? あの時に、仲間たちとはぐれてしまったんですよ。

だから、スーさんもダイも、あのよくわからない魔道士とイワコウモリも、みんな

どこに行ったのか、行方がわからないんです」


 ケインの質問には、クリスが、さらっと答える。


 その間中ずっと、マリリンは「スーちゃあ~ん、スーちゃあ~ん! 」と、ぎゃあ

ぎゃあやかましく泣いていた。


「ところで、そちらも、いつもの人たちとご一緒じゃないんですね。いやあ、それに

しても、山賊が累々と転がっている、このような治安も風景も悪いところを、お二人

で歩いていたなんて、随分変わったデートですね」


「デートじゃないっ! 単なる情報収集だよ」


 にこにこしているクリスに、ケインが即座に否定した。


「おや? あなたたち、付き合ってたわけじゃないんですか? 」


「俺は、『デートで、何も、こんなところに好き好んで来るわけない』って意味で

言ったんだ」


「では、付き合ってはいない、と? 」


 詰め寄るクリスに、ケインはたじろいだ。

 ちらっと、目だけでマリスを見るが、マリスは別段変わらない様子だ。


「……ま、まあ、……付き合ってるわけじゃ……ないけど」


「それなら良かった! だったら、僕とお付き合いしませんか? マリスさん」


 優し気な笑みを(たた)えたクリスが、マリスを正面から見据え、その手を握った。


「こら、気安く触るんじゃない! 」


 ケインとマリスが、クリスの手を払い除けるのは同時だった。


「なんでですか? 付き合ってないって、言ってたじゃないですか」


 けろっとした顔で、クリスがケインを見る。


「彼女は、お前なんかが簡単に、近付ける人じゃないんだぞ」

「じゃあ、ケインさんはいいんですか? 」

「俺は、ヴァルから、彼女を頼むって言われてるんだ」

「悪い虫がつかないように、ですか? 」

「いや、そういうのとも、ちょっと違うが……」


 二人の男がごちゃごちゃやっている最中に、マリスはひらめいた。


 さっと、少女魔道士に向き直る。

 マリリンは、まだビービー泣いていた。


「マリリン、あなた、治療魔法できるわよね!? 」


 そのマリスの声に、ケインも、ハッとして、マリリンに注目した。


 マリリンは、涙で髪が頬にへばりついたぐちゃぐちゃの顔を上げる。


「それが、どうしたっていうのぉ~? 」

「できるの? できないの? 」

「できるけどぉ~、なんなのぉ~? 」


 マリスは興奮気味に、彼女の細い肩を掴んだ。


「治療して欲しい人がいるの。お願い! その人を治してあげて! 」

「そうなんだ、マリリン! 」


 ケインも、真剣な表情で続く。


 マリリンは、わけがわからなそうに、マリスとケインの顔を交互に見つめる。


「あなた方の方にだって、魔道士の方が、お二人もいるじゃないですか」


 クリスが、首を傾げる。


「わけあって、今は別行動しているのよ。クレアが重傷を負っているの。なんとか

一命は取り留めたけど、彼女を助けるために、魔道士の医者を探していたの。あなた

だって、まったく知らない仲じゃないんだから、お願いよ、クレアを助けてあげて! 」


「頼むよ、マリリン! 」


 マリリンは、しばらく、ぽか~んと口を開けていたが、我に返った。


「ふぅ~ん、そうなんだぁ~。あのおねえさんがねぇ~。……あ! 」


 途端に彼女の目が、小ズルく輝いた。


「だったら、あんた、マリリンちゃんに、あやまってよぉ~」


 マリリンの人差し指が、マリスに突きつけられた。


「なによ、なにを謝るってのよ? 」


「それよぉ、その顔よぉ。いっつも、マリリンのこと、いじめるじゃないのぉ。

マリリン、なんにもしてないのにぃ」


(なに言ってるのよ。あんたが、ぶりぶりしながら、あたしに突っかかって来るん

じゃないの! )


 と言いたかったマリスも、クレアのためだと、抑えた。


「わかったわよ。……今まで、悪かったわ。ゆるしてくれないかしら? 」


 マリスがしおらしく、頭を下げた。


 マリリンが、ずいっと進み出て、マリスを見上げる。


「だぁ~めぇ! 」


「なんだと、このガキ! ヒトがおとなしく謝ってやってるってのに、話が違うじゃ

ないのよっ! 」


「きゃっ! こわぁい! 」


 マリスがぶつ真似をすると、マリリンは大袈裟に耳を塞いで、しゃがみこんだ。


 その仕草が、マリスには、余計にカチンと来るが、それも抑えた。


「ねえマリリン、ふざけないでよ。あたしたち、一刻も早く、クレアを助けたいの。

お願いだから、治療してあげて。もちろん、ただでとは言わないわ。あたしにできる

ことなら、なんでもするわ。だから、……お願い! 」


 マリスが真剣に頼み込む。

 マリリンは、おそるおそる立ち上がる。

 その芝居がかった動作も、マリスには気に入らなかったのだが。


「じゃあさぁ、そこのお兄さんが、デートしてくれたら、治してあげてもいいよ」


 今度は、マリリンの指は、ケインを指していた。


「えっ? 俺? 」


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