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Dragon Sword Saga6『魔の兵士』  作者: かがみ透
第 Ⅵ 話 全力疾走
15/19

野盗のリーダー

「あぁ~、だめだぁ。案の定、診療所は全焼しちゃってるよぉ! その周りを、黒い

服着た兵隊さんたちが、うろうろしてるぅ! 」


 その間の抜けた声は、言わずと知れた、マリリンのものである。


 空間の狭間で、一旦ストップし、ネックレスのようにぶら下げている小さい水晶球

を、見ているところだ。


「カイルとクレアは、いったいどこに……? 」


 ケインとマリスは、顔を見合わせた。


「マリリン、軍服の男たちは、町中にはびこっているのか? そいつらのいない

ところは、わかるか? 」


 ケインに尋ねられ、マリリンが目を閉じ、水晶球に念じる。


「町中にいるよぉ! あんたたち四人の人相書きまであって、完璧『お尋ね者』に

なっちゃってるよぉ! 」


「……ってことは、カイルたちは、まだやつらに見つかっていないみたいね。

マリリン、他の周辺の町はどう? 」


 今度はマリスが尋ねる。


「門のところに、おんなじような人たちがいるよぉ。うわあっ、変なバケモノみたい

なのを連れてるぅ! 」


「ふ~ん、随分、広範囲見張ってるのね」


 例の組織が、彼女たちの想像以上に大きいことが表われている。


「カイルだって魔道士じゃないから、重傷のクレアを連れて、一気に遠くに行ける

はずはない。俺たちの帰りを待っているだろうし、やっぱり、あの村からは出てない

んじゃないかな」


 ケインの言うことに、マリスも頷いた。


「それにしても、いったい、どこに隠れたのかしら? ……もしかしたら……! 

あのカイルのことだわ。うまく、ウラをかいたのかも! 」


「ああ、そうかもな。そして、それは、俺たちにもわかりやすいところで」


 マリスとケインが、嬉しそうに瞳を輝かせる。


「マリリン、村の周辺の、野盗のいる場所を探してくれない? 」


「野盗ですか? 」クリスが不思議そうにマリスを見る。


「ええ、お願い」


 しばらく目を閉じていたマリリンが、顔を上げた。


「ああ、二人とも、いたよぉ! しかも、野盗たちの真ん中に! 」


「ええっ!? それって、まさか、野盗に捕まってるんじゃ……! 」


 驚いたクリスは、思わず身を乗り出して、彼女の小さな水晶球を覗き込み、目を

凝らした。




「よぉ、おめえら、久しぶり! よくここがわかったじゃん」


 ごうごうと大きく焚かれた火。周りには、人相の悪い、見るからに野盗の男たちが、

うろうろしている。


 その前には、けろっとしたハンサムな顔があったのだった。


「カイル! 」

「無事だったのね! 」


 ケインとマリスが走り寄る。


「ああ、もちろん。クレアも、ちゃんと無事だ。そこで寝ているぜ」


 彼の親指が示す方には、寝袋に包まり、横たわっている美しい黒髪の娘の姿が

あった。


「おめえらも、一緒だったのか」


 カイルは、ケインとマリスの後ろで、ぼう然と立ち尽くしているクリスとマリリン

を見た。


「カカカカカイルさん、あなた、野盗に囲まれたこんな場所で、よくそんな平気な顔

してられますね? お友達だったんですか? 」


「バカ言ってんじゃねーよ」


 ビクビクしながら尋ねるクリスに、カイルが腕を組んで、ふふんと笑った。


「魔法剣によると、ここが一番安全らしいから、ここに居座ってたんだよ。と言って

も、たったの一日だがな」


 言い終わると、今度はカイルの口調は、真面目になった。


「魔道士の医者は、いなかったみたいだな」


「ああ。だが、マリリンちゃんも、心を入れ替えて、クレアを治してくれるんだって

さ。さあ、マリリン、約束通り、お願いするぜ」


 熱で火照(ほて)ったクレアの顔を、心配そうに見てから、ケインがマリリンの背を

押し、すぐ隣で見張る。


「あなたが正しく呪文を唱えてるかどうかは、あたしにはわかるんだからね」


 もう片方の隣には、マリスがついた。


 面白くなさそうなマリリンであったが、最後にはクリスにも念を押され、仕方なく

両手をクレアに向けた。


 治療の呪文が唱えられる。


 両手からは発光した薄い緑色の光は、クレアに注がれる。


「お頭、なんの儀式ですかい? 」

「うるせえ、黙ってろ」

「へ、へい」


 野盗たちは、魔法を見慣れていないらしく、カイルに(たしな)められ、そわそわ

しながら見入っていた。


 マリスが祈るように手を組み合わせ、ケインもカイルも、静かに見守っている中、

ゆっくりと、クレアの瞼が開く。


「クレア! 」

「クレア! 」


 彼女の面が、彼らを向く。

 クレアの顔色は、赤みがおさまり、瞳も、もとの黒曜石のような輝きを取り戻して

いった。


「はい、終わりぃ~」マリリンが手を引っ込める。


「クレア、気分はどうだ? 」ケインが喜びを抑えられない様子で、問いかけた。


「大丈夫? 」マリスは彼女の枕元に進み、彼女が起き上がろうとするのを手伝う。


「……ケイン、マリス、それに、マリリン、クリスさんも……? なんだか、私、

今まで気分が悪かったのが、すっかり良くなったみたい……。マリリン、あなたが

『治療』してくれたのね? ありがとう」


 マリスに手伝われ、身体を起こしたクレアは、立ち上がり、周りを見渡した。


「おおっ! アネさんが復活した! 」

「すげえっ! 魔法でアネさんが復活したぞ! 」


 野盗たちが驚きの声を上げている。


「アネさんて呼ぶな! 」ケインが顔をしかめた。


「サンキュー、マリリン。恩に着るぜ」


 カイルが、ニッと笑って、マリリンの頭をぽんぽん叩いた。


 マリスは嬉しさのあまり、クレアの首に抱きついた。


「良かった、クレア、本当に……」

「マリス……」


 その様子に、マリスがどれだけ心配していたかが伝わったクレアも、マリスの背に

腕を回した。二人の瞳は潤んでいた。


 ケインとカイルも、ほっとして、じゃれ合って喜んだ。


「おい、そこのおめえ! 」


 気を良くしたカイルは、側を通ったモヒカン刈りの男を呼び止めた。


「俺の連れに、茶出せよ、茶! 」

「へ、へい。ですが、あいにく、茶は切れてまして、酒しかありませんで……」

「バカヤロー、その方が上等じゃねえか! さっさと持ってこい」

「へ、へいっ! 」


 モヒカン男は、あたふたして消えた。


 クリスとマリリンは、信じられないものでも見るように、目を見張る。


 マリスがおかしそうに笑いながら、片目でカイルを見上げた。


「あなた、盗賊の親分役が、ずいぶん、板についてるじゃないの。この間のお芝居

みたい」


「こういうやつらは、扱い慣れてんだ。こいつら、力の強いヤツにはへつらうから、

俺の実力を見せてやったのよ」


「普段は、疲れることは、したがらないくせに」


「俺は、お前みたいに、がむしゃらに、こいつら殴ったりはしなかったぜ。ちょっと

アタマを使って、新リーダーになっちまったってわけよ。下手に全滅させりゃあ、

デモン教の奴等にも気付かれるかも知れねえからな。奴等、まさか野盗のいるところ

には、怪我人連れて行かないと踏んで、ここには、まだ現れてねえ。さすが、魔法剣

サマサマだぜ! 」


 酒を飲みながら、カイルが、それまでのあらましを語った。




 ソルダルムの村から逃れてきた医師の診療所では、ケインとマリスが出て行った

直後、カイルが深刻な顔で、医師と向き合っていた。


「私にはよくわからんのだが、……つまり、きみの剣の不思議な力で、ここが危険と

わかる……というのかね? 」


 中年の医師は、信じ難い表情で、カイルを見る。


「この感じは、いつもヤバイ時に現れるんだ。一刻も早く、患者を連れて、逃げた方

がいい。どうせ、重い症状の患者は、デモン教の薬欲しさに入信しちまって、いるの

は軽症の者だけで、人数もそんなにはいないだろう? これは、一刻を争う問題なん

だぜ。俺のカンでは、デモン教の奴等が、絶対何か仕掛けてくるはずなんだ」


 いつになく真剣な彼の顔を、医師はじっと見る。


「先生よ、迷ってる場合じゃねえぜ。早く、患者と看護師たちを逃がすんだ。道中は

俺が護衛してやるから、皆で、野盗のいるダネン山へ行く」


「野盗だって!? そんなもののいるところを……! 」


「大丈夫だ、俺に任せておけ。いいか? あえて、野盗のいるという噂のところに

行くっていうのが大事なんだぜ」


 カイルが片目を瞑ってみせた。




 カイルの引率で、十五人あまりの患者と三人の看護師、医師は、二、三人ずつほど

に分かれて、診療所の裏口から、目立たないように出て行った。


 クレアをおぶったカイルが、先頭を進む。


「心配しなくても大丈夫だ、クレア。辛いか? もうちょっとの辛抱だ」


 熱のある彼女は、痛む腹部を気にしながら、彼の背に揺られ、励まされていた。


「全員、付いて来てるみてえだな」


 後ろを振り返り、しんがりの、フードを被った医師を見つけ、カイルがホッとして

呟いた。


 しばらく進むと、行く手を阻むように、焚き火を囲んだ野盗の群れに出くわした。


 患者と看護師たちは、カイルの片腕に止められると、その後ろで、恐怖のあまり、

声も出せないでいる。


「おいおい、こんな大勢で、どこへ行く気だぁ? 」


「カネ目のものは置いてってもらおうか。ついでに、命もな」


 野盗たちの目が、ぎらぎらと光る。


 患者たちは悲鳴を上げ、ますます脅え、退くが、カイルただ一人は、不敵な笑みを

浮かべていた。彼は、医師にクレアを預けると、堂々と進み出た。


「時間がないんだ。てめえらの頭はどこだ? 交渉したい」

「交渉だとぉ? ふざけんな! 」


 どすっ!


 斧を振り上げた瞬間、筋肉質の(たくま)しい手から斧が離れ落ち、男の動きは

停止した。


「時間がねえって言ってんだろ? 」

 カイルが低い声になり、眉をひそめた。


 瞬間で体重移動して喰らわせられた重い突きに、男は腹を押さえ、声もなく、

苦しそうに(うずくま)ってしまった。


「被害を最小限に抑えてえから、頭と交渉してやるってのに、てめえら、全員死なな

きゃわかんねえか! 」


 鋭い眼光を放ったカイルが吠え、魔法剣を抜き、野盗の飲みかけの酒瓶を割った。

 そんな彼は、クレアを始め、旅の一行も見たことはなかった。


「この俺の魔法剣で死にたいヤツは、前へ出ろ! 」


 剣を握っていない左手が、いつの間にか取り出した黒い小瓶を上空に放り投げた。


「ファイヤー・ブレス! 」


 小瓶を、空中で魔法剣が砕き、振り下されると同時に、炎が勢いよく、野盗たち

目がけて発射されたのだった。




「ぎゃーっ! 危ねえっ! 」


 混乱し、恐怖におののき、逃げ惑う野盗たちであったが、数人が軽い火傷を負い、

あとは、なんとか逃れられた。


 それには、野盗だけでなく、医師や看護師、患者も、クレアまでもが圧倒された。


「……カイルが、炎の技を……!? 」


 医師に支えられながら、クレアは驚愕(きょうがく)のあまり、目を見開く。


「き、奇術だ! 奇術に決まってる! 」


 野盗のひとりが、無理に笑ってみせるが、指さす手も、声も、震えていた。


「ほほ~、この俺の技が、手品ごときだと思ってるヤツがいるとはな。手品か本物か、

どうやら、てめえの身を(もっ)て知りてえらしいな」


 カイルがにやりと笑うが、その切れ長の青い瞳に浮かぶのは、酷薄な笑いであった。


「ひっ! 」


 思わず、野盗が引きつるほどの迫力だ。


「頭を呼べ! てめえらの頭と俺の一騎打ちを要求する! 俺が勝ったら、俺の言う

ことを聞き、この人たちを、しばらくここに居させろ。俺が負けたら、お前らの言う

ことを聞いてやるよ。仲間になってやってもいいし、……殺したかったら、それでも

構わねえ」


「……そ、そんな……! カイル……! だめよ、そんなこと! 」


 クレアがよろめきながら進み出るのを、困惑しながらも、医師が止めた。

 同時に、野盗と患者たちの間に、どよめきが走った。


「……とりあえず、お頭呼ぶか? 」

「……だな」


 動揺しながら、野盗数人が首領を呼びに行くが、


「あっ、お頭が、いねえ! 」

「逃げやがったか!? 」


 野盗たちの顔色からは、みるみるうちに、さーっと血の気が引いていく。


 代わりに、カイルの表情は、ますます残酷な笑みへ変わる。


「だったら、副頭領はいねえのか? いや、俺と一騎打ちする気のある者なら、誰で

もいいぜ? 」


 尻込みをする野盗たちの中からは、とうとう誰も名乗りを上げず、降伏した彼らは、

カイルの条件を飲んだ。


「よーし、貴様ら、今日から、俺が、この盗賊団のリーダーだ! 文句はねえな? 

間違っても寝首を()こうなんて、思うんじゃねえぜ? この魔法剣は、危険を

察知することも出来るんだからな。寝ている間も、俺たちに手を出そうもんなら、

遠慮なく、ぶった斬るからな! 」


「そそそ、そんな、滅相もねえ! 」

「お頭が逃げた今、あんたが俺たちの頭だぜ! 」


 野盗たちは(ひざまず)き、武器を置くと、ぺこぺこと頭を下げた。


「それじゃあ、まずは、この人たちに、てめえらの毛布をよこせ」

「へい! 」


 カイルの命令で、野盗たちは慌てて、寝袋や毛布を持って来た。


 決して、整った環境ではなかったので、患者たちは、諸手を上げて喜ぶ、とまでは

いかなかったが、ひとまず、デモン教の目から逃れられそうなことに、ホッとした。


「クレア! これで、やっと、しばらくは安心だぜ! 見てくれたか? 俺の勇姿

を! 」


 普段の無邪気な笑顔に戻ったカイルが、クレアのところへ駆けつけると、倒れて

いるクレアを、医師が支えていた。


「貧血だ。病人の身には、ちょっと、刺激が強かったのかも知れんな」

「ええっ!? そんな!! 」


 カイルが血相を抱えて、あたふたする。


「大丈夫だ。しばらく横になっていれば、(じき)に目を覚ます」




「……って、わけさ」


 笑いながら、カイルは酒を飲み干した。


 胡座(あぐら)をかいて座っている彼の横から、モヒカン男が、そろそろと酒を注ぐ。


 クリスとマリリンは、地べたに座り込み、肩身が狭そうに、きょろきょろしている。


「それで、お前、どうやって炎の技を? 」


 ケインが、他の野盗に酒を注がれながら、興味深い目を、カイルに向ける。


「ああ、あれな。揮発性の爆薬を、先生に頼んで作ってもらったんだ。アルコールに

接触すると、ちょっとした爆発が起こるくらいの。だから、パフォーマンスも兼ねて、

先に酒瓶割ったのさ。魔法剣の『浄化』は、風の効果もあるから、爆薬瓶を割ると

同時に、『浄化』を発動させたんだよ。それで、炎の技に見せかけられたってワケだ」


 カイルがウィンクしてみせた。


「はあ~! カイル、お前って、すごい勝負師だな! 」


 ケインは、本気で感心していた。


「よくそんなこと思い付いたわね」マリスも目を丸くしている。


「まあ、『いかに小細工して強く見せるか』にかけては、昔からアタマ使ってたから

な」


 カイルは、はははと笑った。




 翌日、カイルの提案により、マリリンの空間移動の術で、医師や患者たちを、そこ

からは離れた国へ、デモン教とは無縁の地へ、連れて行くこととなった。

 もちろん、ズルが出来ないよう、マリスも同行する。


「あんたたちには、逆に、世話になってしまったな」


 ソルダルムの医師は、少しだけ照れ臭そうに笑った。


「いや、ほんの恩返しだよ。あんたがいなかったら、クレアはもっと苦しんでただろ

う。感謝してるぜ! 」


 カイルがウィンクする。

 ケインもマリスも頭を下げ、礼を言う。


「ありがとうございました。本当に、お世話になりました。このご恩は、……決して

忘れません……! 」


 黒曜石の瞳を潤ませたクレアは、深く頭を下げた。

 その様子に、医師も、目尻を拭う。


「いや、あんたが、こうして元気になって、動けるようになったのを見られて、

私こそ嬉しいよ。ただ、魔法治療したにも関わらず、まだ腹部に残った傷跡が気に

なるが……熱は下がっているし、元気に動けるなら、細菌の方はもう問題ないだろう。

傷跡は、徐々に薄くなっていくだろう」


「はい」


 町娘の衣服の上から、クレアは腹部を庇うように手を当てる。

 彼女の表情が、少し曇った。


 一行が別れを惜しんだ後、医師と看護師たちを、マリリンの魔法で送り届けると、

カイルは、適当に目についた者を野盗のリーダーに任命し、いよいよ、一行が、

マリリンと供にこの町から脱する。


 その予定であったが。


 クレアが思い切って、打ち明けた。


「傷のところ、自分でも回復魔法をかけてみたんだけど……」


 そう言って、試しに治療呪文を唱えてみせるが、なにも起こらない。てのひらから

は、わずかな光すら発していなかった。


「や、やっぱりだわ……! どうして……? 」


 信じられない様子で、両の手のひらを見る彼女を、


「あぁ、スランプねぇ」


 マリリンが、くりくりした目で見る。


「マリリン、ちゃんと治療したもん。元通り、元気な身体になって、魔力だって復活

してるはずなのにぃ、魔法ができないってことはぁ、スランプなんじゃない~? 」


「スランプですって……!? 」


 クレアが愕然とする。


「本番ともなれば、またカンが戻るかも知れないわ。とりあえず、『小物』でも倒し

に行ってみる? 」


 マリスが明るく言った。




 夜になり、皆で近くの草むらへと入って行くと、ダーク・シャドウを始めとする

下等モンスターたちが、うようよと目の前に現れた。


「さあ、クレア、ここなら遠慮はいらないわ。思いっきりブチかましちゃっていいの

よ」


 黒いトカゲのようなもの、黒いもやなどの妖魅たちが、様子を伺っている。


 クレアがてのひらをかざすが、普段よりも、(いさぎよ)さが見えない。


 呪文を唱える。


 なにも起こらなかった。


「ああっ! 」


 がくっと彼女の両膝が地面につき、両手は顔を(おお)った。


「クレア……」


 心配になったマリスも、しゃがみこむ。


「できない……! どうしても、できないみたいなの。どうして……! 」


 マリリン以外、どうして良いかわからずに、一同顔を見合わせた。


 ひゅうううううっと、風が吹いてゆく。


 クレアは、まぎれも無く、スランプに(おちい)っていたのだった。


 彼女が魔法を使おうと念じると、どうしても、頭の中に、デモン教のソルジャーに

襲われた時の恐怖が、フラッシュ・バックする。


 戦いの中で初めて負った怪我が重傷であり、かの不気味な強敵によるものであり、

その後も、痛みの続く、辛い時間を過ごしてきた。


 それまでの敵に対する彼女の闘争心とは、知らない者の強みが大きかった。


 いわば、彼女は、初めての壁に、ぶつかったのであった。


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