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Dragon Sword Saga6『魔の兵士』  作者: かがみ透
第 Ⅴ 話 蒼い紋章
14/19

再会

 紫の瞳が、ゆっくりと開いた。


 目だけで、マリスは辺りを見回す。


 そこは、暗い洞穴の中であった。


 頭はぼうっとしていて、肩の傷は、ずきんずきん痛む。


 気分は、よくはなかった。


 横向きになっていた重い身体を、やっとのことで起こす。


 怪我をした左肩は、ケインがいつも巻いていた赤い布が、包帯のように、肩から

腰にかけて巻かれ、縛ってあった。


「……ケイン……? 」


 洞穴の中で、小さく呼びかけてみるが、返事はない。


 彼どころか、生き物の気配すらしない。火をたいた跡も、なにもない。


(……そうだわ、ケインが……、毒と熱に浮かされていたあたしの処置をしてくれて、

ずっと寄り添ってくれていた……あれは、夢じゃなかった)


 マリスは、眠っていた彼の顔と、腕の感触を思い出す。


 ふと、冷たいものが、彼女の足に触れた。


 マスター・ソードであった。


 その時、マリスの脳裏に、ある一場面が浮かんだ。


 ケインと蒼い大魔道士の部下との、戦っている場面が。


(そうだった。あたしは、サンダガーに連れられて、そのバトル・シーンを見ていた

んだったわ! )


 彼らの戦闘場面が、次々甦る。


(……行かなくちゃ! )


 洞穴には、微かに光が差し込んでいる。マリスは、その光の方向へ、岩壁を伝い

ながら、よろよろと進む。


 ケインの処置と、カイルの薬が効いたおかげで、毒が回るのと、傷が化膿するのは

防げた。


 頭が重く感じるのと、熱はまだ完全に下がらないまでも、彼女の身体は、よろめき

ながらも、歩けるまでには回復していた。


 万全の体調ではなかったが、マリスは行かずにはいられなかった。


(あたしが行っても、一緒に戦ってあげられない。でも、せめて、マスター・ソード

を届けるくらいは……! )


 洞穴を出ると、昨日の嵐とは打って変わった明るい日差しが、樹々の間から差し

込んでいた。


 眩しさに目が慣れず、てのひらでよける。


(ケインと魔道士は、どこかしら? )


 マリスは、マスター・ソードを両手に構え、そっと目を閉じる。


(あなたのご主人様は、どこにいるの? )


 精神を集中させ、心の中で、そう呼びかけていた。


 もちろん、剣が答えるわけはなかったが、魔力を感知することの出来る彼女は、

どこかで激しく魔力が放たれるのを捉えた。


(あっちだわ! )


 彼女は、重い身体を引き摺るようにして、向かった。




「なかなかしぶといヤツめ」


 魔道士の青白い顔の額には、汗が浮かんでいた。


 彼の計算よりも時間がかかっているようで、思った以上に、魔力を消耗していたと

見える。


 緑色の頭ばかりの大きい『ひとつ目』と、大剣を構えた、皮のチュニックの青年が、

向かい合う。


 マリスは、近くの大木に手をつき、身体を支え、じっと戦況を見守っていた。


 『ひとつ目』は、獣神の結界からマリスが見た通り、神出鬼没であったが、青年に

は、もう予測が出来るようになっていた。炎の攻撃も浴びずに済み、大剣を振り回す。


 だが、彼の一瞬の隙をついて、魔族が、ひとつしかない目から、炎を吹き出させる

と、青年の身体は、一気に炎に包まれた。


(ケイン! )


 駆け出そうとしたマリスの足が、止まる。


 炎に包まれたケインは倒れずに、いきなり魔道士へと踏み込んだ。


「なっ……! 」


 魔道士が慌てて、杖で防御する。


 真っ赤な炎に包まれたケインの振り翳す大剣と、青い宝玉の杖で受け止めた魔道士

とは、まさに、赤と青の炎が、それぞれを包み、ぶつかっているように見える。


 そしてーー


 バキッ! 


 杖が折れたと同時に、ケインが、そのまま魔道士に斬りつけた。


「おわあああああ……! 」


 魔道士の口から、悲痛な叫び声が飛び出した。


 同時に、『ひとつ目』魔族の姿も消えた。


 炎が引いて行くとともに、ケインが不敵に笑うのが、マリスには見えた。


「……な、なぜだ……? 貴様……! 」


 肩から斜めに大きく斬り込まれた魔道士は、理解できず、困惑した表情で、ケイン

を見上げていた。


「お前ら魔道士は、魔力に頼り過ぎだ。自分の魔法に自信があるほど、遠隔操作の

ように魔法を操るやり方で、楽に戦おうとするんだ」


 呼吸を整えながら、彼は続けた。


「俺は、幼い頃から戦場を生きてきた。気配だけでなく、殺気で見分ける(すべ)

身に付いてる。さっきの魔族には、気配はなかったが、戦っているうちに、下等魔族

に有りがちな、一定のタイミングと法則も、掴めてきた。それと、お前の目の動きだ」


「……私の……目……の動き……だと? 」


 喘ぎながら、魔道士の目は見開かれた。


「そうだ。魔族の現れる方向を意識していたようだな。それもヒントになった。

お前を倒せば、召喚された魔族も消えることはわかっていたから、魔族に気を取られ

ている振りをしながら、お前の隙も狙っていたんだ。残念だったな」


「私の……隙をつくために……、わざと、炎に巻かれた……のか……! 」


「ああ、今のはな」


 ケインの目は、そこで真面目になると、大剣が、魔道士の身体を、最後まで切り

裂いた。


 断末魔の叫びと供に、そこには魔道士だった黒いマントを着たものが、真っ二つの

肉塊となり、どしゃりと地面に崩れ落ちたのだった。


 それを、黙って見つめるケインの横顔は、どこか憐れむようでもあった。


 マリスは、身動きできずに、その場に立ち尽くしていた。


 その彼が、彼女に気が付いた。


「……マリス! 」


 それまでの、戦闘中の引き締まった表情から一変して、いつもの笑顔になり、駆け

出す。


「マリス、もう大丈夫なのか!? 」


 ケインは、ガシッと、彼女の両腕を掴んだ。


「痛いわ」


「あっ、ご、ごめん! 」


 苦笑するマリスから、ケインは慌てて手を引いた。


「おかげさまで、大分良くなったわ。まだ熱はあるみたいだけど」


「そっか」


 心の底から安心して微笑むケインに、マリスは、マスター・ソードを返した。


「どうして、剣を両方とも持っていかなかったの? しかも、バスター・ブレード

じゃ重いから、長期戦になった場合は不利でしょう? マスター・ソードのダーク・

ドラゴンの技なら、あんな魔道士も、魔族も、すぐにやっつけられたのに」


「そういやあ、そうだよな」


 マリスは目を丸くしてから、睨むように、ケインを見上げた。


「ちょっとー、あの魔道士の結界を破ったのも、今バスター・ブレードで戦ってたの

も、みーんな思い付きだったの!? 」


「えっ? 」


「勝てたからいいようなものの、偶然じゃ、意味ないでしょう? 伝説の剣を持つ

戦士のくせに、まったく、危なっかしいったら、ありゃしないんだから! もうっ、

心配したんだからねっ! 」


「し、心配……してくれたのか? 」


「当たり前じゃない! 」


 目を吊り上げたマリスに責め立てられたケインは、顔を赤らめ、頭をかいた。


「俺は、ただ……マリスにも何かあった時のために、護身用に、剣置いといた方が

いいと思って。そうなると、怪我してるんだから、バスター・ブレードじゃ重い

だろうから、単純にマスター・ソードの方を置いていっただけなんだけど……」


 マリスは、あんぐりと口を開けた。


「……それだけ? たったそれだけの理由で、あなた、バスター・ブレードで戦って

たの? 」


「マスター・ソードの魔石が散って旅に出てからは、俺、ほとんどバスター・

ブレード一本で戦ってきたから、疑問にも思わなかったし」


「……まったく、なんていうか……人が()すぎるっていうか……」


 開いた口がふさがらないマリスを見るケインは、微笑んだ。


「それよりもさ、俺、町へ行って、ウマでも買ってこようと思うんだ。その服は肩の

ところが破れて、血まみれだから、ついでに町娘の服も買って来るよ」


 マリスは、肩に巻かれた赤い布を、改めて見た。


「あんな芝居のマントでも、いろんな使い方があったりして、結構役に立つものなの

ね。ちょっとした防寒にも使えたり、包帯みたいにも出来たり」


「ああ、俺のようなカネのない傭兵からしたら、いちいち防寒着買うと高いし、荷物

にもなるもんだから、ただの布で何とかしのげないかな、って考えたこともあってさ。

今回は、たまたま貧乏が役に立ったかな? 」


 あはは、と彼は笑った。


「とりあえず、マリスは、さっきの洞穴で、待っててくれ。俺が町へ下りていって、

必要なものを揃えてくるよ。ついでに、ここがどこなのかも調べてくるから」


「わかったわ」


 洞穴へと歩き出したマリスは、足元がおぼつかない。ここへ来る時は夢中であった

ので、気にならなかったが、ホッとして緊張の糸が切れたこともあり、岩や石が

ごろごろしていて、雨露に濡れた草や苔で、すべりそうになる。


 突然、マリスの身体が、ふわりと浮いた。


「……! 」


 ケインが抱き上げたのだった。

 彼は、すまなそうに言った。


「ごめん、洞穴まで、そんなに遠くはないから、つい戻ってろって言ったけど、まだ

熱もあるんだし、ちゃんと治ってないんだから、付き添うもんだよな」


「だ、大丈夫よ。そんなことしてくれなくたって、ひとりで歩けるってば……! 」


 マリスがジタバタ暴れる。


「無理すんな。こんなところに人はいそうもないから、誰かに見られてるわけでも

ないんだし、遠慮するなよ。マリスは、女の子なんだから、少しは甘えろ」


 マリスはバタつくのをやめた。カーッと、顔が上気していく。


 ケインは微笑んでから、視線を前方へ移し、洞穴へと歩き始めた。


 うっかり、お礼を言うタイミングを逃してしまった、とマリスは思ったが、ケイン

の方は、そんなことは気にしてはいないようであった。


 無駄のない筋肉の腕が、彼女を抱えている。


 その柔らかく、心地の良い感覚には、覚えがあった。

 夕べ見たものは夢ではなく、確かに、この腕の中にいたんだと、彼女は実感した。


 少しだけ、彼を頼もしく思ったことを、彼女は認めた。


 ケインのことは、底知れない強さを秘めた戦士だと認めながらも、まだまだ危なっ

かしいような気がしないでもなかったが、魔法治療の代わりに、薬草や経験で、

マリスやクレアの手当をしてくれたことは、魔法に頼っていた彼女には思い付かない

ことばかりであった。


 旅をしてから、自分以外の人間を頼もしく思ったことは、ヴァルドリューズ以外は

初めてであった。


 彼女は、それを、嬉しく受け止めていた。


 本当は、マリスの肩の傷ーー布に覆われてはいたがーーに、ケインの腕が当たって

いて、少々痛むのだったが、せっかくの厚意を無にしてはいけない気がした彼女は、

黙っていることにした。


 そして、洞穴の入り口が見えてきたところであった。


「ねえ、もういい加減に戻りましょうよ」

「えぇ~? もぉ~? 」


 二人がどこかで聞いたことのある声がする。


 ケインが足を止め、声のする方を見る。


 二人連れ男女の影が、はっきりと現れた。


 顔を合わせた四人の間には、緊張感のある空気が流れた。


「あぁ~!? マリスにケインさん~! 」


 間の抜けた、少女の声であった。


 そう、それは、またしても、マリリンとクリスであった。


「あっ、あんたたち! 」

「お前たち……! 」


 マリスとケインは同時に叫ぶが、


「はー、今度は、お姫様抱っこで、お姫様ごっこですか? 相変わらずの騎士

(ナイト)ぶりですね、ケインさん」


 まったく悪びれる様子もないクリスが、目を丸くしている。


 マリリンが、赤紫色(マゼンダ)の瞳を大きく見開き、お口も大きく縦に開くと、

二人を指さした。


「うわぁ~! お姫様ごっこだって~! スーちゃんに言いつけちゃおーっと」


「バッ、バカッ! やめてよっ! 」


 マリスは慌ててケインの腕から飛び降りたが、考えてみれば、スーに言いつけられ

たからといって、どうということはないのだった。


「ところで、お前ら、今度こそ、逃がさないからな! 」


 ケインが、マリリンの腕をむんずと掴んだ。


「何すんのよぉ、痛いじゃないのよぉ! 」


「デートすれば、クレアの治療をしてくれる話だっただろ? よくも、俺たちを担い

でくれたな。約束は約束だ。絶対に守ってもらうぜ」


「うわ~ん、クリス、助けてぇ~! 」


 マリリンが泣きわめくが、クリスは肩を竦めた。


「だから言ったじゃないですか、マリリンさん。意地悪はもうやめて、彼らは本当に

困ってるんですから、今度こそ、助けて差し上げたらどうです? 」


「ふん、わかったよぉーだ」


 頬を膨らませたマリリンは、ぷいっと横を向いた。

 ケインが、マリリンの視界に立ち入った。


「ペナルティーとして、もうひとり、治してもらうぜ。マリスの怪我も治せ。毒の

治療もできるだろ? 」


「ええーっ! マリスさん、お怪我なさったんですか!? 」


 反応したのは、クリスであった。


「マリリンさん、早いとこ治療しておあげなさい。毒が少しでも残っていたら、大変

ですよ! 」


 ケインとクリスに詰め寄られた彼女は、渋々、マリスの左肩の後ろに回り、赤い布

を解いたマリスの傷口に、触れない辺りで、手をかざす。


 紫に腫れた傷跡が、急速に消えていく。と同時に、マリスの気分も良くなって

いったのだった。


 マリスが、痛みのなくなった左腕をぐるぐる回すと、なんの支障もない。


「治ったわ! 熱も下がったみたい! 」


 マリスは嬉しそうにケインを向いてから、マリリンに向き直った。


「マリリン! 」


 ボカッ! 


「びえーっ! 」


 マリスがマリリンの頭を殴ると、マリリンは火がついたように泣き出した。


 両手を腰に当てたマリスが、追い打ちをかける。


「あたしたちを担いだバツよ。こんな辺鄙(へんぴ)なところにまで来ていたなんて、

いったいどーゆーつもり? あんた、本当に、クレアのこと治す気なかったっての? 

ちゃんと責任取ってもらうわよ。さあ、早くあたしたちを、昨日会った町へ運んでよ。

そして、今度こそ、クレアの治療をしてもらうからね。当然のことながら、タダで

お願いするわ! 」


「ええ~ん! 」


 マリリンの悲鳴に誓い泣き声が、洞穴に充満した。


「やれやれ。治った途端に、これか」


 唖然としているクリスの横では、ケインが肩を竦め、だが、大いに安心したように

マリスを見つめたのだった。


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