表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Dragon Sword Saga6『魔の兵士』  作者: かがみ透
第 Ⅴ 話 蒼い紋章
13/19

戦闘鑑賞

 マリスがサンダガーの後についていくと、木々の生い茂る林が見えてきた。


『こっちだ』


 サンダガーに、マリスは腕を引っ張り上げられると、うねっている景色の中に、

そこだけがはっきりと映る森林の中を、二人は、すーっと浮かび、進む。


 未だ、獣神の結界の中にいることは、彼女には感じられている。


 彼の結界のおかげか、目の前の木を通り抜けられた。ただ、その度に、瞬間では

あったが、木の中身、細胞の粒子が、マリスの身体の中を通って行くような、奇妙な

違和感があった。


(実際には逆で、あたしの精神だけが行動し、樹々の中を通り過ぎているのでしょう

けど)


 それから、いくらも行かないうちに、獣神の結界は、宙を浮いたまま止まった。


 マリスは目を見開いた。


 目の前には、先の魔道士と、ケインとが、距離を取り、向かい合っていたのだった。

 魔道士の手には、蒼い宝玉のついた杖が握られていた。

 ケインは、背中の大剣を、まだ抜いていない。


「先程は、意表をつかれた。『光速』で飛んでいるところに、まさかバスター・

ブレードで結界を破るとは……。しかも、お前も、王女も、よく生きていたものだ。

常人では、考えられぬ」


 魔道士が、冷たい視線の中にも、少々感嘆するような、だが(さげす)むようにも

取れるような言い方をした。


「王女だって、よくわかったな。さっきは、気付いてなかったみたいだったのに」


 ケインが、ふっと笑う。


「水晶球で貴様たちの行方を探しているうちに、わかったのだ。都合のいいことに、

貴様たちは、今、ヴァルドリューズとは離れているようだな。彼のことは、いくら

探しても、見つけられなかった。完全な別行動らしい。そして、お前たちの仲間の

ひとりは、先程の秘密結社に重傷を負わされてしまったようで、まことに遺憾である

な」


(イカンだなんて、思ってもいないくせに! )


 マリスは心の中で悪態を吐いた。


 ケインの瞳が、僅かながら、光った。


 魔道士は、それを認めた上で、話を続けた。


「そこで、ものは相談だが、マスター・ソードの使者よ、どうだ? 王女を、私に

引き渡せば、ひとまず貴様のことは見逃してやってもよいぞ」


「なんだと? 」


 ケインは、胡散(うさん)臭そうに、魔道士を見た。


「そればかりか、お前の仲間である重傷の娘のことも、治してやってもよい。どうだ、

悪い条件ではあるまい? 」


 魔道士の細い目が、一層細められ、うっすらと、彼に笑いかける。


 ケインが、慎重な顔になる。


「大魔道士さまにとっては、マスター・ソードよりも、マリス王女の方が、優先って

わけか」


 さっと、マリスの身体に緊張が走る。


 その隣にいるサンダガーは、腕を組み、二人の様子を静かに見下ろしている。


「わかったら、王女をこちらに引き渡してもらおうか。たかが小娘ひとりで、お前を

見逃してやるばかりでなく、仲間の治療もしてやるというのだ。貴様にとっても、

大事な仲間なのではなかったかな? 」


 ケインの瞳が、ピクッと揺れた。


「案ずることはない。王女を捕らえたところで、大魔道士様は、何も殺そうというの

ではないのだ。ただ、その異様に高い魔力と、その影に潜んでいる獣神の存在に、

大変な興味を抱かれているのだ」


 マリスの鼓動が、速くなった。


 ケインが断れば、魔道士との戦闘となり、倒されるようなことになれば、マリスも

彼も、蒼い大魔道士のところへ直行となる。そればかりか、クレアは重体のままで

ある。


 マリスの見たところ、魔道士は、かなりの上級者だった。それは、ケインも、同じ

見立てであることだろう。


 伝説の剣が、上級の魔道士と、どこまで太刀打ちできるものなのか。


 ケインの本当の実力は、マリスにもわからない上に、クレアのことを引き合いに

出されては、彼らの弱みに、完全に付け込まれていた。


(ああ、ヴァル……! あなたがいてくれるというだけで、こんなに違うなんて……

! )


 マリスは、これまで、ヤミの魔道士も、ヴァルドリューズを警戒していたため、

迂闊に彼女にも手を出せなかったということにも、気が付いたのだった。


 それも、ゴールダヌスの計算のうちでもあったのだろう。ヴァルドリューズは、

その存在だけでも、彼女を守っていたのだった。


 マリスの心の中では、さまざまな葛藤(かっとう)が渦巻いていく。


(ヴァルさえいてくれれば、クレアを治してやるなんて言葉に、こんなに動揺させ

られることもなかったのに……! )


 ある考えが、ふと頭の中をよぎる。


(……あたしが行けば……あたしが、蒼い大魔道士のところへ行くだけで、クレアは

治るし、ケインだって、無駄な争いをしなくてよくなるし……あら? )


 マリスが、まじまじとケインを見ると、マスター・ソードがない。


 彼は、バスター・ブレードを手にしてはいるが、いつも腰に下げているマスター・

ソードが見当たらないのだった。


(どういうつもりなのよ、ケイン? マスター・ソードは、どうしたのよ? )


 マスター・ソードの魔法攻撃であれば、上級の魔道士と渡り合えるはずだ。

 それどころか、ダーク・ドラゴンの力であれば、同等以上の威力を発揮出来たはず。


(どういうわけか、マスター・ソードがないんだったら、この勝負、どう考えても、

ケインには不利だわ。……やっぱり、あたしが大魔道士のところに行くしか……! )


『おい、なに考えてんだよ』


 サンダガーが、マリスの頭をコツンと小突いた。


『ヴァルドリューズがいなくて心細いのは、何も、おめえだけじゃねーんだぜ。

みんな、そうさ。おめえらお子様だけじゃ、なんにも出来やしねえんだからよ。例え、

マスター・ソードを手に入れられたあの男でも、魔石がまだたったの一つじゃな。

三つとも全部そろってこそ、本来の威力を発揮出来るってもんだが。


 だが、あのバスター・ブレードって剣は、かなりのモンだぜ。それも、使い手に

よるがな。どんなに素晴らしい武器でも、持ち手が使いこなせるかどうかにかかって

るんだからな』


 緑色の吊り上がった切れ長の目が、マリスを見下ろした。


『不利な条件でも、あの男は、おめえとは違うことを考えてるみてえだぜ』


 マリスは、サンダガーを見上げてから、ケインと魔道士を見直した。


「こっちの事情は、水晶球で、すべてお見通しか。クレアを治してくれるってのも、

なかなか痛いところをついてくれるじゃないか」


 ケインが、フッと苦笑いをした。


「だがな……」


 その目が、再び引き締められる。


「俺にしてみれば、クレアもマリスも大事な仲間だ。片方を売って、片方だけを助け

ようなどと、ましてや、自分まで助かろうなんて思っちゃいない。それから……」


 魔道士を見つめる瞳は、さらに強い光を浮かべた。


「俺は、そういう卑怯な条件を出すヤツは、嫌いなんだ」


 言い終わると、彼は、魔道士の正面から、バスター・ブレードを構えたのだった。


「まったく、何考えてんのよ、ケインたら! さっさとあたしを引き渡せば済むこと

でしょう? あたしだって、おとなしく捕まったままでいるつもりはないんだから」


 マリスの声は、ケインにも魔道士にも、届いてはいない。


『なーに強がってんだ。本当は嬉しいくせに』


 サンダガーが、ニヤニヤしている。


「なによっ! 」


『いつも強い強い言われてたおめえは、人から大事にされるこたぁ滅多になかった

もんなぁ。一人でもなんとか出来ると思われて。かわいげのねえ、おめえや巫女の

ねーちゃんのことを、少なくとも、仲間だと思ってるあの男は、俺様からすりゃあ、

神より心が広いぜ』


「なによ、それ」


 マリスは、頬を膨らませて、サンダガーをちらっと睨んでから、戦況を見守った。


「……そうか。せっかく、お前たちにとっても、有益な取引だと思ったのだが、残念

だ」


 魔道士の青白い顔に、浮かんでいた笑みが消えた。


 そして、宝玉の杖を、前に構えたのだった。


「させるか! 」


 呪文の途中で、ケインが飛び出す。


 ガキッ! 


 剣と杖が交差する。


 魔道士の周りに出来始めていた薄い膜が、シュッと消える。


「そうであったな。その剣は、結界をも破れるのだったな」


 結界を裂かれた時にダメージを受けたのを思い出し、魔道士自ら結界を解いたのだ。


「ならば、これはどうだ」


 男の目が細められたと同時に、杖を握っていない方の手が、ケインに向けられた。


 ケインの目が見開かれる。


 バチバチバチッ! 


 至近距離からの電撃球を、瞬時に大剣で回避する。


 魔道士の杖から、雷が発生したように、電光の塊が飛び出し、薄暗い森に、光を

振りまきながら飛び交った。


 火球などは、呪文を唱えなくとも発動できる魔道士はいるが、それよりも、ランク

が上の電撃球を、一度に発することのできるその魔道士は、かなりの上級者と言えた。


 魔道士が、すっと、静かにケインから離れた。


 電撃の球だけが、バチバチと放電しながら、ケインに一斉に襲いかかっていく。


 バスター・ブレードが大きく一振りされると、剣に触れていない電光も、大きく

火花を散らし、跳ね返り、シュボッと消滅した。


 四方八方から彼を襲った光の球は、剣の風圧だけで、全て消えていた。


「ほほう」


 魔道士の目が鋭くなった。


「そのバスター・ブレードも、なかなかの剣ではあるな。マスター・ソードとともに、

その剣があることを、大魔道士様が恐れておられるのが、わかる気がするぞ」


(剣だけじゃないわ)


 バスター・ブレードを使ったことのあるマリスには、わかっていた。


 あの威力が、決して剣の力だけではないことを。


(サンダガーの言う通り、剣の力を発揮できるのも、使い手の実力)


 彼女は、食い入るように、ケインと、彼の大剣とを見つめる。


「これならば、どうだ」


 魔道士の突き出した杖の宝玉から現れたのは、巨大な東洋龍であった。


 全身が雷でできているかのような、凄まじい電光を放ち続けている。


「あいつ、雷球でケインを襲わせている間に、あんなものの召喚呪文を唱えていた

のね! 」


『ヤツは、雷系統の魔法が得意らしいな。通常の魔道士の数段上の技まで、楽に

こなしてやがる。炎の技よりも、当たればダメージは大きい。さーて、あの小僧は、

どうするかな』


 サンダガーは面白そうな顔で、見入っていた。


 光の東洋龍は、うねうねと、低く浮かんでいる。全長は、人間の五倍はあり、細身

に見える横幅も、倍はある。


 バチッ……バチッ……! 


 時々大きな火花を散らす。


 巻き付かれれば、致命傷は免れない。


「せめて、マスター・ソードだったら、あの東洋ドラゴンに太刀打ち出来たかも知れ

ないのに……」


 マリスは、やきもきしながら、見守る。


 ケインは表情も変えず、大剣を構えていた。


「東洋系の光龍か。ちょっと厄介だな」


 薄暗い森の中での、その龍の光は強過ぎた。


 ケインの瞳が、眩しさに耐えかね、僅かに細められる。


 魔道士は、その一瞬の隙をついた。


 光龍が舞い上がり、ケインに向かい、雷を吐き出した。


 大剣に当たり、金色の火花が大きく散る。


 すかさず別の方向からも、それ自体が剣であるかのような雷が、まっすぐにケイン

目がけて飛ぶ。


 ケインは、身体の向きを変えず、薙ぎ払った。


『俺様の雷の術に近いな。あの魔道士、おおかた、俺様の強さに平伏し、参考にでも

したんだろうぜ』


 サンダガーは、光龍が気に入ったようで、感心していたが、魔道士が彼を参考に

するはずはない、とマリスは思っていた。


 光龍は放電を続け、雷攻撃の手も休めず、上空から徐々にケインに向かい、曲がり

くねりながら、舞い降りてきていた。


 じりじりと、獲物を追いつめるように。


「ケイン、気を付けて! 敵は、もうすぐ真上に来るわ! 」


 聞こえていないとわかってはいても、マリスは叫ばずにはいられなかった。


 龍の速度が速まる。


 自ら巨大な雷と化し、ケインに向かい、急降下していった。


 落雷のごとく地面に直撃し、ケインを貫いたように見えたが、寸前で、彼は大きく

飛び上がっていた。


 そして……! 


 音はなかった。


 光の龍の動きは止まっていた。


 マリスも、蒼い大魔道士の部下である魔道士も、目を見張る。


 既に、大剣は振り下ろされた後だった。


 全体に縦に割れ目が生じると、実態のなかった雷の集合体は、パーッと、当たりに

飛び散っていったのだった。


 それと、ケインが地面に降り立ったのは、同時であった。


「光龍の欠点は、『眉間』だ。本来の龍の威力はこんなもんじゃない。お前が、操り

易いように、魔道で手懐(てなず)けてたから、人間に対しての警戒もそんなに見えな

かった。だから、意外と簡単に仕留められた」


 バスター・ブレードの峰を、肩にかつぎ、ケインは魔道士を見据えた。


「……なんということだ……! あの光の龍が……いとも簡単に……! 」


 魔道士は、半ば、ぼう然と、ケインを見ていたが、新たな呪文を唱え始めた。


 それを見つめるケインの目は、冷静だった。デモン教のソルジャーを相手にして

いた時と同じく。


(……そっか。ケインは『ドラゴン・マスター』って呼ばれてた。ドラゴンのことに

詳しいんだわ! )


 ……どくん……どくん……


(これは、もしかしたら、いけるかも知れない……! 面白い戦いが、見られるかも

知れない。いいえ、見てみたい……! )


 マリスの中で、血が騒いでいた。


『あの男の言う通りだぜ。あの光龍は、確かに警戒心がなかった。でなきゃ、迂闊に

アタマは敵に近付けないぜ。あれは、なかなかいい剣じゃねえか。さすが、強さを

誇る巨人、モベット族のモンだけある』


 マリスの隣で、腕を組んでいるサンダガーは、満足そうに笑った。


 魔道士の杖の宝玉から、しゅうしゅうと煙に巻かれて登場したのは、今度は、

大きな一つ目をした魔族であった。


 全体が濃い緑色のヒト型のものは、頭全体が目でできているほど、その黄色い目は

大きく、不気味に緑色に血走っていた。頭ばかりが大きく、首らしきものはなく、

なで肩の、長い腕をだらりと垂らし、足は細く、曲がっている。背丈は、人間の子供

くらいしかない。奇妙な動きで、ケインに近寄っていく。


「魔族を召喚したか」


 ケインの油断のならない目が、その魔族を追う。


 『ひとつ目』が、サアッと、ケインの前に躍り出た。


 バスター・ブレードが大きく薙ぐ。が、魔族の姿はない。

 瞬時に、彼の後ろへ回っていた。


 どかっ! 


 ケインが振り向く前に、魔族の拳が突きが放たれた。


 突き飛ばされたケインが、体勢を立て直す間もなく、『ひとつ目』の姿は消え、

またすぐに、彼の後ろに現れ、今度は蹴りを入れた。


 小さく呻き声を上げるケインを、『ひとつ目』は、消えたり、現れたりし、神出

鬼没に攻め立てる。


「あいつ、空間に隠れてるわ! 」


 魔族は、空間の移動は、魔道士よりも自由自在であった。


「あれじゃあ、気配を読んでる時間はないわ。あたしやクレアみたいに、自分の魔力

が高ければ、あいつの魔力を読むことは出来るけど、ケインは……! 」


『ま、普通の人間にゃ、無理だな』


 人事のように、さらっと答えるサンダガーを睨んでから、マリスは、心配そうに、

戦況を見守る。


「こいつ……! 」


 ケインが狙いをつけて大剣を振り回すが、不格好な『ひとつ目』は、ひょいっと

軽々飛び上がり、(かわ)している。おまけに、ちょろちょろと、すばしっこい。


 そして、何度目か、彼の後ろに現れた時、大きな目から、炎を発射させたのだった。


「うわああ! 」


 火だるまになったケインが、地面をのたうち回る。


「ケイン! 」


 思わず駆け出すマリスだが、数歩で、サンダガーの結界に阻まれた。


「ふふふふふ……! 」


 魔道士が、その様子を、笑いながら眺めている。


 炎は、すぐに消えた。


 ケインが呼吸を整えながら、大剣を支えに、起き上がる。


『あの魔族は、低級だ。本物の火じゃねえから、火傷することもねえが、炎に包まれ

ている間、人間は、呼吸ができねえ』


「シケたヤツだと思ったら、結構、厄介かも知れないわ」


 マリスは、両手を握り締め、ケインを見つめた。


 ケインが、ハッとして横を向き、身体をのけ反らす。途端に、そこから、先と同じ

ような炎が吹き出した。


 だが、よけた後に、別方向から来た雷が、ケインに当てられた。


 魔道士の杖を持っていない方の手が、掲げられている。


 すかさず、魔族が消えたり、現れたりしながら、またしてもケインを火だるまに

追い込む。


 炎に包まれたケインは、呻きながら、とうとう両手を地面に着いた。


「ふふふ、どうだ、苦しいか? 楽になりたかったら、王女の居場所を教えろ」


(……あたしの居場所……ですって? )


 マリスは、魔道士とケインとを見比べた。


「王女の魔力は、どいういうわけか、感じることができない。水晶球でも探せなかっ

た。貴様、どこへ隠した? 毒の攻撃を受けていては、魔法も使わずに復活すること

は有り得まい。王女だけ逃げたとは考えにくい。さあ、どこへ隠したのか、吐いても

らおうか」


 ケインは答えず、苦し紛れに、バスター・ブレードを一振りした。


 風圧で、彼を包んでいた炎が消えた。


「……だ、誰が……言う……もんか……! 」


 乱れた呼吸を必死に整えながら、ケインが魔族目がけて剣を振る。

 魔族は、ひょいっとよけると、再び、彼の後ろに現れ、炎を浴びせる。


「言え。言わぬと、もっと苦しい目に合うぞ! 」


 魔道士が向けた左手からは、またしても雷の術が、ケインを襲う。

 電撃の光が強過ぎるせいで、炎に包まれた彼の姿は、マリスとサンダガーからは、

見えない。


「サンダガー! 」

 マリスは隣を向いた。


「あたしは、いったい『どこ』にいるの!? こんなところで、今こんなことしている

場合じゃないんじゃないの!? 」


 サンダガーは緑色の瞳を、冷ややかに、彼女に向けた。


『今から、おめえが現実世界に戻ったところで、どうしようもねえだろ。おめえは、

まだ怪我してんだからよ』


「なんですって? だったら、早く治してよ。このままじゃ、ケインが……! 」


『だから、お前が行ったところで、足手まといなだけだろ? 』


 マリスは、ぐっと拳を握りしめた。


「だったら、なんで、あたしに、こんな場面見せるのよ! 仲間が苦しんでるところ

を、黙って見てろって言うの? 」


 目尻に涙を浮かべた、真剣なマリスに対し、サンダガーは、きょとんとした顔で

答えた。


『俺様は、バトル・シーンが好きなんだ。悪いか? 』


 マリスが拍子抜けする。


「……それだけ? それだけのことで、あたしに見せたの? あんたの悪趣味に、

付き合ってる暇はないわよ! 」


『おっ、見てみろよ、マリス。あの男、なんだかヤバそうだぞ! 』


 獣神は、心配するどころか、面白そうに言うのだった。


 マリスは余計に腹を立てた。


「ちょっと、ヒトの話聞きなさいよ! 今すぐ、あたしを、元に戻すのよ! これ

以上、黙って見てることはできないわ。早く、ケインのところに行かなくちゃ! 

回復に時間がかかるって言うんなら、回復してくれなくたって構わないわ! あたし

は、ケインを助けに行く! 」


 真面目に言うマリスに対し、獣神は、笑いながら言った。


『わかった、わかった! いやあ、おめえが行くまでもねえと思ったもんだから、

つい見入っちまったが、しょうがねえ。そろそろ戻してやっか。ゆっくり眠って

りゃあ、回復にもなったってのによぉ』


 サンダガーは、乱暴にマリスの腕を掴み、凄まじい勢いで、結界を移動していった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ