戦闘鑑賞
マリスがサンダガーの後についていくと、木々の生い茂る林が見えてきた。
『こっちだ』
サンダガーに、マリスは腕を引っ張り上げられると、うねっている景色の中に、
そこだけがはっきりと映る森林の中を、二人は、すーっと浮かび、進む。
未だ、獣神の結界の中にいることは、彼女には感じられている。
彼の結界のおかげか、目の前の木を通り抜けられた。ただ、その度に、瞬間では
あったが、木の中身、細胞の粒子が、マリスの身体の中を通って行くような、奇妙な
違和感があった。
(実際には逆で、あたしの精神だけが行動し、樹々の中を通り過ぎているのでしょう
けど)
それから、いくらも行かないうちに、獣神の結界は、宙を浮いたまま止まった。
マリスは目を見開いた。
目の前には、先の魔道士と、ケインとが、距離を取り、向かい合っていたのだった。
魔道士の手には、蒼い宝玉のついた杖が握られていた。
ケインは、背中の大剣を、まだ抜いていない。
「先程は、意表をつかれた。『光速』で飛んでいるところに、まさかバスター・
ブレードで結界を破るとは……。しかも、お前も、王女も、よく生きていたものだ。
常人では、考えられぬ」
魔道士が、冷たい視線の中にも、少々感嘆するような、だが蔑むようにも
取れるような言い方をした。
「王女だって、よくわかったな。さっきは、気付いてなかったみたいだったのに」
ケインが、ふっと笑う。
「水晶球で貴様たちの行方を探しているうちに、わかったのだ。都合のいいことに、
貴様たちは、今、ヴァルドリューズとは離れているようだな。彼のことは、いくら
探しても、見つけられなかった。完全な別行動らしい。そして、お前たちの仲間の
ひとりは、先程の秘密結社に重傷を負わされてしまったようで、まことに遺憾である
な」
(イカンだなんて、思ってもいないくせに! )
マリスは心の中で悪態を吐いた。
ケインの瞳が、僅かながら、光った。
魔道士は、それを認めた上で、話を続けた。
「そこで、ものは相談だが、マスター・ソードの使者よ、どうだ? 王女を、私に
引き渡せば、ひとまず貴様のことは見逃してやってもよいぞ」
「なんだと? 」
ケインは、胡散臭そうに、魔道士を見た。
「そればかりか、お前の仲間である重傷の娘のことも、治してやってもよい。どうだ、
悪い条件ではあるまい? 」
魔道士の細い目が、一層細められ、うっすらと、彼に笑いかける。
ケインが、慎重な顔になる。
「大魔道士さまにとっては、マスター・ソードよりも、マリス王女の方が、優先って
わけか」
さっと、マリスの身体に緊張が走る。
その隣にいるサンダガーは、腕を組み、二人の様子を静かに見下ろしている。
「わかったら、王女をこちらに引き渡してもらおうか。たかが小娘ひとりで、お前を
見逃してやるばかりでなく、仲間の治療もしてやるというのだ。貴様にとっても、
大事な仲間なのではなかったかな? 」
ケインの瞳が、ピクッと揺れた。
「案ずることはない。王女を捕らえたところで、大魔道士様は、何も殺そうというの
ではないのだ。ただ、その異様に高い魔力と、その影に潜んでいる獣神の存在に、
大変な興味を抱かれているのだ」
マリスの鼓動が、速くなった。
ケインが断れば、魔道士との戦闘となり、倒されるようなことになれば、マリスも
彼も、蒼い大魔道士のところへ直行となる。そればかりか、クレアは重体のままで
ある。
マリスの見たところ、魔道士は、かなりの上級者だった。それは、ケインも、同じ
見立てであることだろう。
伝説の剣が、上級の魔道士と、どこまで太刀打ちできるものなのか。
ケインの本当の実力は、マリスにもわからない上に、クレアのことを引き合いに
出されては、彼らの弱みに、完全に付け込まれていた。
(ああ、ヴァル……! あなたがいてくれるというだけで、こんなに違うなんて……
! )
マリスは、これまで、ヤミの魔道士も、ヴァルドリューズを警戒していたため、
迂闊に彼女にも手を出せなかったということにも、気が付いたのだった。
それも、ゴールダヌスの計算のうちでもあったのだろう。ヴァルドリューズは、
その存在だけでも、彼女を守っていたのだった。
マリスの心の中では、さまざまな葛藤が渦巻いていく。
(ヴァルさえいてくれれば、クレアを治してやるなんて言葉に、こんなに動揺させ
られることもなかったのに……! )
ある考えが、ふと頭の中をよぎる。
(……あたしが行けば……あたしが、蒼い大魔道士のところへ行くだけで、クレアは
治るし、ケインだって、無駄な争いをしなくてよくなるし……あら? )
マリスが、まじまじとケインを見ると、マスター・ソードがない。
彼は、バスター・ブレードを手にしてはいるが、いつも腰に下げているマスター・
ソードが見当たらないのだった。
(どういうつもりなのよ、ケイン? マスター・ソードは、どうしたのよ? )
マスター・ソードの魔法攻撃であれば、上級の魔道士と渡り合えるはずだ。
それどころか、ダーク・ドラゴンの力であれば、同等以上の威力を発揮出来たはず。
(どういうわけか、マスター・ソードがないんだったら、この勝負、どう考えても、
ケインには不利だわ。……やっぱり、あたしが大魔道士のところに行くしか……! )
『おい、なに考えてんだよ』
サンダガーが、マリスの頭をコツンと小突いた。
『ヴァルドリューズがいなくて心細いのは、何も、おめえだけじゃねーんだぜ。
みんな、そうさ。おめえらお子様だけじゃ、なんにも出来やしねえんだからよ。例え、
マスター・ソードを手に入れられたあの男でも、魔石がまだたったの一つじゃな。
三つとも全部そろってこそ、本来の威力を発揮出来るってもんだが。
だが、あのバスター・ブレードって剣は、かなりのモンだぜ。それも、使い手に
よるがな。どんなに素晴らしい武器でも、持ち手が使いこなせるかどうかにかかって
るんだからな』
緑色の吊り上がった切れ長の目が、マリスを見下ろした。
『不利な条件でも、あの男は、おめえとは違うことを考えてるみてえだぜ』
マリスは、サンダガーを見上げてから、ケインと魔道士を見直した。
「こっちの事情は、水晶球で、すべてお見通しか。クレアを治してくれるってのも、
なかなか痛いところをついてくれるじゃないか」
ケインが、フッと苦笑いをした。
「だがな……」
その目が、再び引き締められる。
「俺にしてみれば、クレアもマリスも大事な仲間だ。片方を売って、片方だけを助け
ようなどと、ましてや、自分まで助かろうなんて思っちゃいない。それから……」
魔道士を見つめる瞳は、さらに強い光を浮かべた。
「俺は、そういう卑怯な条件を出すヤツは、嫌いなんだ」
言い終わると、彼は、魔道士の正面から、バスター・ブレードを構えたのだった。
「まったく、何考えてんのよ、ケインたら! さっさとあたしを引き渡せば済むこと
でしょう? あたしだって、おとなしく捕まったままでいるつもりはないんだから」
マリスの声は、ケインにも魔道士にも、届いてはいない。
『なーに強がってんだ。本当は嬉しいくせに』
サンダガーが、ニヤニヤしている。
「なによっ! 」
『いつも強い強い言われてたおめえは、人から大事にされるこたぁ滅多になかった
もんなぁ。一人でもなんとか出来ると思われて。かわいげのねえ、おめえや巫女の
ねーちゃんのことを、少なくとも、仲間だと思ってるあの男は、俺様からすりゃあ、
神より心が広いぜ』
「なによ、それ」
マリスは、頬を膨らませて、サンダガーをちらっと睨んでから、戦況を見守った。
「……そうか。せっかく、お前たちにとっても、有益な取引だと思ったのだが、残念
だ」
魔道士の青白い顔に、浮かんでいた笑みが消えた。
そして、宝玉の杖を、前に構えたのだった。
「させるか! 」
呪文の途中で、ケインが飛び出す。
ガキッ!
剣と杖が交差する。
魔道士の周りに出来始めていた薄い膜が、シュッと消える。
「そうであったな。その剣は、結界をも破れるのだったな」
結界を裂かれた時にダメージを受けたのを思い出し、魔道士自ら結界を解いたのだ。
「ならば、これはどうだ」
男の目が細められたと同時に、杖を握っていない方の手が、ケインに向けられた。
ケインの目が見開かれる。
バチバチバチッ!
至近距離からの電撃球を、瞬時に大剣で回避する。
魔道士の杖から、雷が発生したように、電光の塊が飛び出し、薄暗い森に、光を
振りまきながら飛び交った。
火球などは、呪文を唱えなくとも発動できる魔道士はいるが、それよりも、ランク
が上の電撃球を、一度に発することのできるその魔道士は、かなりの上級者と言えた。
魔道士が、すっと、静かにケインから離れた。
電撃の球だけが、バチバチと放電しながら、ケインに一斉に襲いかかっていく。
バスター・ブレードが大きく一振りされると、剣に触れていない電光も、大きく
火花を散らし、跳ね返り、シュボッと消滅した。
四方八方から彼を襲った光の球は、剣の風圧だけで、全て消えていた。
「ほほう」
魔道士の目が鋭くなった。
「そのバスター・ブレードも、なかなかの剣ではあるな。マスター・ソードとともに、
その剣があることを、大魔道士様が恐れておられるのが、わかる気がするぞ」
(剣だけじゃないわ)
バスター・ブレードを使ったことのあるマリスには、わかっていた。
あの威力が、決して剣の力だけではないことを。
(サンダガーの言う通り、剣の力を発揮できるのも、使い手の実力)
彼女は、食い入るように、ケインと、彼の大剣とを見つめる。
「これならば、どうだ」
魔道士の突き出した杖の宝玉から現れたのは、巨大な東洋龍であった。
全身が雷でできているかのような、凄まじい電光を放ち続けている。
「あいつ、雷球でケインを襲わせている間に、あんなものの召喚呪文を唱えていた
のね! 」
『ヤツは、雷系統の魔法が得意らしいな。通常の魔道士の数段上の技まで、楽に
こなしてやがる。炎の技よりも、当たればダメージは大きい。さーて、あの小僧は、
どうするかな』
サンダガーは面白そうな顔で、見入っていた。
光の東洋龍は、うねうねと、低く浮かんでいる。全長は、人間の五倍はあり、細身
に見える横幅も、倍はある。
バチッ……バチッ……!
時々大きな火花を散らす。
巻き付かれれば、致命傷は免れない。
「せめて、マスター・ソードだったら、あの東洋ドラゴンに太刀打ち出来たかも知れ
ないのに……」
マリスは、やきもきしながら、見守る。
ケインは表情も変えず、大剣を構えていた。
「東洋系の光龍か。ちょっと厄介だな」
薄暗い森の中での、その龍の光は強過ぎた。
ケインの瞳が、眩しさに耐えかね、僅かに細められる。
魔道士は、その一瞬の隙をついた。
光龍が舞い上がり、ケインに向かい、雷を吐き出した。
大剣に当たり、金色の火花が大きく散る。
すかさず別の方向からも、それ自体が剣であるかのような雷が、まっすぐにケイン
目がけて飛ぶ。
ケインは、身体の向きを変えず、薙ぎ払った。
『俺様の雷の術に近いな。あの魔道士、おおかた、俺様の強さに平伏し、参考にでも
したんだろうぜ』
サンダガーは、光龍が気に入ったようで、感心していたが、魔道士が彼を参考に
するはずはない、とマリスは思っていた。
光龍は放電を続け、雷攻撃の手も休めず、上空から徐々にケインに向かい、曲がり
くねりながら、舞い降りてきていた。
じりじりと、獲物を追いつめるように。
「ケイン、気を付けて! 敵は、もうすぐ真上に来るわ! 」
聞こえていないとわかってはいても、マリスは叫ばずにはいられなかった。
龍の速度が速まる。
自ら巨大な雷と化し、ケインに向かい、急降下していった。
落雷のごとく地面に直撃し、ケインを貫いたように見えたが、寸前で、彼は大きく
飛び上がっていた。
そして……!
音はなかった。
光の龍の動きは止まっていた。
マリスも、蒼い大魔道士の部下である魔道士も、目を見張る。
既に、大剣は振り下ろされた後だった。
全体に縦に割れ目が生じると、実態のなかった雷の集合体は、パーッと、当たりに
飛び散っていったのだった。
それと、ケインが地面に降り立ったのは、同時であった。
「光龍の欠点は、『眉間』だ。本来の龍の威力はこんなもんじゃない。お前が、操り
易いように、魔道で手懐けてたから、人間に対しての警戒もそんなに見えな
かった。だから、意外と簡単に仕留められた」
バスター・ブレードの峰を、肩にかつぎ、ケインは魔道士を見据えた。
「……なんということだ……! あの光の龍が……いとも簡単に……! 」
魔道士は、半ば、ぼう然と、ケインを見ていたが、新たな呪文を唱え始めた。
それを見つめるケインの目は、冷静だった。デモン教のソルジャーを相手にして
いた時と同じく。
(……そっか。ケインは『ドラゴン・マスター』って呼ばれてた。ドラゴンのことに
詳しいんだわ! )
……どくん……どくん……
(これは、もしかしたら、いけるかも知れない……! 面白い戦いが、見られるかも
知れない。いいえ、見てみたい……! )
マリスの中で、血が騒いでいた。
『あの男の言う通りだぜ。あの光龍は、確かに警戒心がなかった。でなきゃ、迂闊に
アタマは敵に近付けないぜ。あれは、なかなかいい剣じゃねえか。さすが、強さを
誇る巨人、モベット族のモンだけある』
マリスの隣で、腕を組んでいるサンダガーは、満足そうに笑った。
魔道士の杖の宝玉から、しゅうしゅうと煙に巻かれて登場したのは、今度は、
大きな一つ目をした魔族であった。
全体が濃い緑色のヒト型のものは、頭全体が目でできているほど、その黄色い目は
大きく、不気味に緑色に血走っていた。頭ばかりが大きく、首らしきものはなく、
なで肩の、長い腕をだらりと垂らし、足は細く、曲がっている。背丈は、人間の子供
くらいしかない。奇妙な動きで、ケインに近寄っていく。
「魔族を召喚したか」
ケインの油断のならない目が、その魔族を追う。
『ひとつ目』が、サアッと、ケインの前に躍り出た。
バスター・ブレードが大きく薙ぐ。が、魔族の姿はない。
瞬時に、彼の後ろへ回っていた。
どかっ!
ケインが振り向く前に、魔族の拳が突きが放たれた。
突き飛ばされたケインが、体勢を立て直す間もなく、『ひとつ目』の姿は消え、
またすぐに、彼の後ろに現れ、今度は蹴りを入れた。
小さく呻き声を上げるケインを、『ひとつ目』は、消えたり、現れたりし、神出
鬼没に攻め立てる。
「あいつ、空間に隠れてるわ! 」
魔族は、空間の移動は、魔道士よりも自由自在であった。
「あれじゃあ、気配を読んでる時間はないわ。あたしやクレアみたいに、自分の魔力
が高ければ、あいつの魔力を読むことは出来るけど、ケインは……! 」
『ま、普通の人間にゃ、無理だな』
人事のように、さらっと答えるサンダガーを睨んでから、マリスは、心配そうに、
戦況を見守る。
「こいつ……! 」
ケインが狙いをつけて大剣を振り回すが、不格好な『ひとつ目』は、ひょいっと
軽々飛び上がり、躱している。おまけに、ちょろちょろと、すばしっこい。
そして、何度目か、彼の後ろに現れた時、大きな目から、炎を発射させたのだった。
「うわああ! 」
火だるまになったケインが、地面をのたうち回る。
「ケイン! 」
思わず駆け出すマリスだが、数歩で、サンダガーの結界に阻まれた。
「ふふふふふ……! 」
魔道士が、その様子を、笑いながら眺めている。
炎は、すぐに消えた。
ケインが呼吸を整えながら、大剣を支えに、起き上がる。
『あの魔族は、低級だ。本物の火じゃねえから、火傷することもねえが、炎に包まれ
ている間、人間は、呼吸ができねえ』
「シケたヤツだと思ったら、結構、厄介かも知れないわ」
マリスは、両手を握り締め、ケインを見つめた。
ケインが、ハッとして横を向き、身体をのけ反らす。途端に、そこから、先と同じ
ような炎が吹き出した。
だが、よけた後に、別方向から来た雷が、ケインに当てられた。
魔道士の杖を持っていない方の手が、掲げられている。
すかさず、魔族が消えたり、現れたりしながら、またしてもケインを火だるまに
追い込む。
炎に包まれたケインは、呻きながら、とうとう両手を地面に着いた。
「ふふふ、どうだ、苦しいか? 楽になりたかったら、王女の居場所を教えろ」
(……あたしの居場所……ですって? )
マリスは、魔道士とケインとを見比べた。
「王女の魔力は、どいういうわけか、感じることができない。水晶球でも探せなかっ
た。貴様、どこへ隠した? 毒の攻撃を受けていては、魔法も使わずに復活すること
は有り得まい。王女だけ逃げたとは考えにくい。さあ、どこへ隠したのか、吐いても
らおうか」
ケインは答えず、苦し紛れに、バスター・ブレードを一振りした。
風圧で、彼を包んでいた炎が消えた。
「……だ、誰が……言う……もんか……! 」
乱れた呼吸を必死に整えながら、ケインが魔族目がけて剣を振る。
魔族は、ひょいっとよけると、再び、彼の後ろに現れ、炎を浴びせる。
「言え。言わぬと、もっと苦しい目に合うぞ! 」
魔道士が向けた左手からは、またしても雷の術が、ケインを襲う。
電撃の光が強過ぎるせいで、炎に包まれた彼の姿は、マリスとサンダガーからは、
見えない。
「サンダガー! 」
マリスは隣を向いた。
「あたしは、いったい『どこ』にいるの!? こんなところで、今こんなことしている
場合じゃないんじゃないの!? 」
サンダガーは緑色の瞳を、冷ややかに、彼女に向けた。
『今から、おめえが現実世界に戻ったところで、どうしようもねえだろ。おめえは、
まだ怪我してんだからよ』
「なんですって? だったら、早く治してよ。このままじゃ、ケインが……! 」
『だから、お前が行ったところで、足手まといなだけだろ? 』
マリスは、ぐっと拳を握りしめた。
「だったら、なんで、あたしに、こんな場面見せるのよ! 仲間が苦しんでるところ
を、黙って見てろって言うの? 」
目尻に涙を浮かべた、真剣なマリスに対し、サンダガーは、きょとんとした顔で
答えた。
『俺様は、バトル・シーンが好きなんだ。悪いか? 』
マリスが拍子抜けする。
「……それだけ? それだけのことで、あたしに見せたの? あんたの悪趣味に、
付き合ってる暇はないわよ! 」
『おっ、見てみろよ、マリス。あの男、なんだかヤバそうだぞ! 』
獣神は、心配するどころか、面白そうに言うのだった。
マリスは余計に腹を立てた。
「ちょっと、ヒトの話聞きなさいよ! 今すぐ、あたしを、元に戻すのよ! これ
以上、黙って見てることはできないわ。早く、ケインのところに行かなくちゃ!
回復に時間がかかるって言うんなら、回復してくれなくたって構わないわ! あたし
は、ケインを助けに行く! 」
真面目に言うマリスに対し、獣神は、笑いながら言った。
『わかった、わかった! いやあ、おめえが行くまでもねえと思ったもんだから、
つい見入っちまったが、しょうがねえ。そろそろ戻してやっか。ゆっくり眠って
りゃあ、回復にもなったってのによぉ』
サンダガーは、乱暴にマリスの腕を掴み、凄まじい勢いで、結界を移動していった。




