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Dragon Sword Saga6『魔の兵士』  作者: かがみ透
第 Ⅳ 話 吟遊詩人の唄
10/19

Wデート

「だぁって、マリリンの好みなんだも~ん! あの金髪のお兄さんもカッコ良かった

けど、今はいないしぃ」


 彼女の頬からは、涙の跡は、まったくなく、ケラケラと笑い出し、ぼう然として

いるケインの腕に絡み付き始めた。


(腹切って詫びろって言われるかと思ったわよ……)


 マリスは、ホッとした。


「なーんだ、そんなことで良かったの? それなら、ケイン、デートしてあげたら? 」


 ケインは困った顔になって、マリスを見た。


「『そんなこと』って、気軽に言うけど、……なんか、気が進まないなぁ」


「それでクレアが治るんなら、お安いもんじゃないの」


「それは、そうだけど……」


 あっけらかんとしているマリスの顔を見てから、ケインは、諦めのような小さい

溜め息を吐いた。


「どうしても気になるんなら、後で、好きな人とデートし直せば? クレアが全快

したら、彼女とデート出来るじゃない? 」


「あのなあ、そうじゃなくて、俺が好きなのは……! 」


 ケインは言い留まった。


 きょとんとしているマリスを、しばらく見つめてから、


「うわーっ、やっぱり言えない! 言ったら、ぶん殴られる! 」


 頭を抱え込んだ。


「えっ、何でよ? あたしに関わる人が好きだったの? それって、もしかして……」


 マリスと目の合ったケインの顔は、カーッと赤くなった。


「……ケインたら、……セルフィスのことが好きだったの? 」


 ケイン、がっくりと地面に手をつく。


「会ったこともないのに、あたしの話聞いてるだけで、彼のこと好きになっちゃった

の? 別に、そのくらいじゃ怒らないわよー。そういうこともあるのねー」


 マリスはコロコロと笑い出した。


「なんで、そうなるんだ……。からかわれてんだか、ホントに誤解されてんだか……」


 ケインは呟きながら、泣きたくなった。


「なんだか、お二人見てる方が、面白いですね」と、クリスがにこにこ。


「え~っ、マリリンは、つまんないよ~。早く、デートしよっ! 」


 マリリン、ケインの腕を引っ張り上げると、彼は仕方がなさそうに立ち上がった。


「その代わり、クレアのこと、ちゃんと治してくれよな。絶対だぞ」

「わかってるってばぁ~」

「ホントにわかってる? 」

「わかってるよ~」


 彼は、何度もマリリンに念を押した。


「ああ、これで、一安心だわー。じゃ、ケイン、頑張ってねー! 」


 恨めしそうな目を向けているケインを尻目に、マリスは、にこやかに手を振って、

その場から去ろうとするが、クリスが、マリスの手を包み込んだ。


「せっかくですから、僕たちもデートしませんか? 」


「えっ? 」


 マリスも、そして、ケインも、顔をしかめた。


「そんな嫌そうな顔しないで下さいよ。どうせ、マリリンさんとケインさんのデート

が終わるまで、おヒマなんでしょう? 」


「それは、そうだけど……」


「僕もヒマなんで。デートしてくれたら、マリリンさん説得に協力しますよ」


「う~ん……」


 マリスは、ちらっとケインを見た。

 彼が、「ほら、自分だって気が進まないじゃないか」と言う顔で、彼女を見ている。

 気が進まないケインに、デートを押し付けた身である彼女が、断れるはずはなかっ

た。


「では、さっそく、デートに出かけましょうか、姫君」


 クリスは片膝をつくと、マリスの手の甲に、口づけた。

 貴族が令嬢をもてなす際にする行為だった。


「こら、いきなり何すんだ! 」

 ケインが血相を抱えて、ずかずか進み出る。


「何って……、貴族は、これが当たり前ですよ? 」


「あ、当たり前……? ……てか、お前って、貴族だったのか!? 」


「ええ。男爵家だったんで、貴族の中でも、位は低いですけどね」


 ケインは呆気に取られ、突っ立っていた。

 マリスも、ちょっと困った顔になる。


「わ~、いいなぁ! ケインさんも、マリリンにやって、やって~! 」


 腕に絡み付くマリリンを、ケインが見下ろす。


「こらこら、お子ちゃまはいいの。それに、俺、貴族じゃないから、そんな礼儀、

知らないし」


「え~っ」


「そっちもデートなら、ダブルデートにしようぜ。大勢の方が楽しいよなー、

マリリンちゃん? 」


 ケインが有無を言わさない、吊り上がった瞳で、『クリスに』言う。


 下の方で「マリリンはこっちだよ~」という声がするが、ケインには聞こえていな

かった。


「仕方がないですね。ケインさんがコワいから、それでもいいですよ」


 クリスが苦笑いした。

 少し、マリスがホッとしたような顔になった。


「クリスがヘンなことしないよう、俺が見張るから」

 ケインが、マリスに小声で言う。


「心配には及ばないわ。いざとなったら、ぶん殴って……」


「それじゃ逆効果で、クレアを治すのに協力してくれなくなるかも知れないだろ? 」


「……あ、そっか」


「俺が、きみを護るから……」


 言ってしまってから、ケインの顔が赤らみ、口を真一文字に結ぶ。


 そんな彼を、しばらく見つめていたマリスは、


「……うん」


 微笑してから、こくんと頷いた。




「病人を待たせてるんだから、せいぜい三〇分だからな」

「え~っ、短い~っ! 」

「飲み食いするには充分だ」


 ケインとマリリンがわいわいやっている後ろから、クリスとマリスが続く。


「なんだか慌ただしいデートになってしまいましたね」


「でも、本当に、クレアの容態が気になるんだもの」


「そうでしたね。どんな感じなんです? 」


「モンスターみたいなのにやられた爪痕から、細菌が入って、高熱が出てるの。

魔道士の医者がいたら早いんだけど、この周辺にはいなくて」


 マリスが、少し沈んだ顔になると、クリスが微笑んだ。


「安心してください。三〇分後には、マリリンさんと一緒に、すぐにクレアさんの

もとへ向かいますから。そうすれば、彼女もすぐに治りますよ」


「……そうよね」


 少し希望が持てた表情のマリスに、にっこり笑ったクリスは、声の調子を変えた。


「それにしても、マリスさんて、そのような服も似合うんですね。僕が今まで見た

マリスさんの中でも、一番綺麗だと思いますよ」


「ふ~ん、お上手ね」


 マリスはあまり取り合わなかったが、クリスは続けた。


「お世辞なんかでは、ありませんよ。町娘の格好なんて、あまり洗練されているとは

思わなかったのですが、あなたが着ると、なかなかいいもんだなって思えます。服と

いうものは、着る(ひと)によるものだったんですね」


 あまりに自然なクリスの口調に、マリスは、少しだけ微笑む。


 背後で行われているやり取りに、聞き耳を立てているマリリンとケイン。


 マリリンが指をくわえ、隣にいるケインに、じーっと、目で催促する。


 その視線に耐えかねた彼は、笑顔を作った。


「いつも思うんだけど、そのくりくりしたブロンド、……ニジイロカイコの繭みたい

で、……か、かわいいね」


 それで褒めたつもりであったのか、ケインの『お世辞』が聞こえたマリスもクリス

も、つんのめりかけた。


 だが、マリリンは、嬉しそうに、きゃっきゃ喜んでいた。


「ねえねえ、ケインさん、マリリン、おなか空いちゃったぁ~。あそこのミートパイ

が、食べたいナ♥」


 マリリンが、子ネコのように小首を傾げ、思いっきり甘えた声を出した。


 ケインは、それを、引きつった顔で見ていたが、すぐに出店へと向かう。


 戻って来た彼が、食べ易く縦長に作られたミートパイを、包んであった大きな葉を

開き、マリリンに差し出すが、すぐには受け取らない。


「熱いから、フーフーしてぇ」


 両手を組み合わせ、またしても、かわいらしく小首を傾げてお願いするマリリン。


 またまた引きつっていたケインであったが、クレアのためと思い直し、パイを割り、

フーフーと冷ましてから、マリリンに差し出す。


 だが、まだ彼女は受け取ろうとしなかった。


「あ~ん」


 マリリンは、口を開けた体勢で、待っていた。


 目を見開いていたケインだったが、やむを得ず、マリリンの大きなお口に、半分に

割ったミートパイを突っ込んだ。


「んんー、おいひ♥」


 「おいしい」と言ったつもりらしい。


 ミートパイを頬に詰めたまま、にっこり笑う彼女は、もはや美少女でも、かわいい

子ぶっている娘でもなく、単なる奇妙な少女であった。


 ふと、仲むつまじい若い男女が、焼き菓子をつまみ、男が女の口に運んでやる。

 代わりに、今度は、女が男に運んでやるのが、マリリンの目に留まる。


 二人は、互いの目を見つめ合い、幸せそうに微笑んでいる。


 ケインから、残りのパイを奪ったマリリンは、パイを見つめてから、顔を上げた。


「ケインはんも、はい」


 口をもごもと言わせながら、彼女は、親切な笑顔で、それを彼の口元へと突き出し

た。


 一層引きつったケインであったが、観念して、残りのパイを頬張った。


「おいひ? 」

「うん」


 ほっぺたを膨らませた変なカップルは、妙な空気に包まれていた。


 クリスとマリスまでが引きつり、恐ろしいものでも見てしまった時のように、

そこから目を反らすことが出来ないでいた。


 その後も、ケインは、マリリンの欲しがる焼き菓子や、果物のジュースを買わされ

ていた。


 同じワガママな子供相手でも、ミュミュの方が断然かわいかったと、ケインは思い

知り、早くこの魔の時間が過ぎてくれることを願った。


「あなた、実は貴族なんじゃありませんか? 」

 ふいに、クリスが、マリスに尋ねた。


「あなたのその白い肌に、美しい髪の(つや)には、貴族的な雰囲気が感じられます」


 マリスは素っ気なくあしらうが、


「僕の目はごまかせませんよ。あらゆる女性を見て来た僕には、わかるんです。

キメ細いお肌や、その美貌は、貴族的な美しさがあります。あなたは、貴族でも、

高位の貴族なのではありませんか? それなら、ケインさんの騎士(ナイト)振りにも

頷けます。どうです? 当たりでしょう? 」


 クリスが覗き込み、マリスの視界に入ってきた。


「……まあ、言い訳してもバレるから、ご想像にお任せするわ。でも、そんなこと

知って、どうするの? 」


「もちろん、お近付きになって、マリスさんがダメなら、他のお姫様のお友達を紹介

していただけたらなぁ~、なんて」


「調子良いわね! 」


 にこにこ笑うクリスに、マリスが吹き出した。


 二人のやり取りを見ていたマリリンが、ケインの腕に絡み付きながら、上目遣いで

彼を見る。


「ねえねえ、ケインさんは、王子様の友達はいないの~? 」


「いるわけがない」


「ケインさんは、王子様になれないの~? 」


「なっ、なれるわけないだろ? そんなの、生まれた時から決まってるんだから」


「ええ~、王子様と出会って、マリリン、お姫様になる予定なのに~! 」


「へ? なにそれ? 占い? 」


「そうだよー。マリリンとスーちゃんは、いつかお姫様になって、イケメンの王子様

と結婚するんだから! 」


「………………………………………………………………えっ?? どうやって? 」


「賞金稼ぎの仕事でぇ、貯まったおカネでドレス買ってぇ、用心棒してあげた貴族ん

とこの舞踏会に参加してぇ、ダンスも場数踏んでるしぃ~、いつ見初(みそ)められて

もいいように、頑張ってるんだから~」


「……えーっと…………………………………………………………………えっ?? 」


 噛み合っていない二人を尻目に、クリスとマリスの方は、次第に会話が増えて

いった。


「貴族なのに、なんであなたは騎士にならずに、傭兵なんてやっているの? 」


「僕、練習嫌いなんです。騎士になると、毎日規則正しい生活をして、決まった時間

に訓練をして……となるでしょう? それが、嫌だったんです。ただそれだけです」


「その気持ち、ちょっとわかるわ」

「そうですか? ありがとう」

「変な人ね」

「よく言われます」


 マリスは、しばらく、くすくす笑っていた。クリスも、笑顔を絶やさず、歩き続け

る。


「クリスなら貴族なんだから、いいじゃないか。イケメンだし、同じ黒い騎士団同士

なんだし、クリスにすれば? 」


 ケインが適当な言い方をすると、マリリンが、珍しく眉を吊り上げた。


「やだっ。マリリン、(たくま)しい人が好きなんだもん。クリスじゃ痩せ過ぎ」


「だけどさぁ、逞しい王子様なんて、滅多にいないぜ? デロスの第一王子くらいで。

大抵は、鍛えてないから痩せ型だよ? 」


「ええっ? やだー、やだー! 逞しい王子様、探して来てー! 」


「は? 俺が? 」


 そうこうしているうちに、やっと三〇分が経ったのだった。


「さあ、約束通り、クレアを治しに一緒に来てもらうぞ」


 ケインが腕を腰に当て、横目でマリリンとクリスに言った。


「うう~ん、そうねぇ……」


 マリリンがキョロキョロしている。


 クリスは、マリスに微笑んだ。


「今日は楽しかったです。では、また」


 彼はマリスの手の甲に口づけた。

 マリスも、スカートをつまみ、貴族の女性の挨拶で返す。


 貴族同士のやり取りを、ケインが面白くなさそうに見てから、マリリンを振り返る

と、彼女の姿は消えていた。


 同時に、クリスの身体が宙に浮かぶ。


「うわー」


 動揺し、手足を振り回す彼の姿も、空中で、パッと消えてしまった。


 後に残されたケインもマリスも、宙を見上げたまま、次第に事態が飲み込めた。


「……(はか)られたか! 」


 二人は、愕然とした。


「ちょっとー! 『現実主義の黒騎士団は、情では動かない』……そういうことなの

ーっ!? 」


 マリスが空に向かって叫んだ。




 怒りも覚めやらない二人であったが、どこに行ってしまったかわからないマリリン

たちのことは諦め、とりあえず、診療所に向かい、カイルとだけ話をした。


「そうか……。あいつら、許せんなー」


 魔道士の医者は見つからないことと、マリリンたちとの屈辱デートの話の後で、

カイルが顔をしかめた。


「あんな奴等は、もうアテにせずに、俺たちだけで、なんとかしようぜ。悪いけど、

ケイン、マリス、なんとかして、魔道士の医者を探してくれないか? クレアの熱が

下がらず、薬草とバヤジッドの栄養の飴で凌いではいるんだが、彼女、俺たちみたい

に鍛えられてないし、怪我に慣れてもいないから、ショックの方が大きいみたいで、

心配なんだ。なるべく急いでくれないか? 少しくらい遠出してくれても構わない。

こっちは、俺がなんとかする」


 カイルの深刻な表情に、ケインもマリスも頷いた。


「そうだ。これ、お前たちにも預けておくぜ」


 カイルが、いくつかの小瓶の入った黒い袋を、ごそごそ取り出した。


「これからは、魔法で治療は出来ないと思って、ここの診療所の先生から買っておい

たんだ。薬の種類は、瓶に書いてある」


「カイル、お前って、ホント気が利くなー! 」


 ケインが感心して小袋を受け取ろうと手を伸ばすと、袋は、さっと引っ込められた。


「全部で、金貨五枚だ」


 人差し指を振り、ちっちっちっと舌を鳴らしながら、カイルが抜け目のない笑顔に

なる。


 ケインが溜め息を吐くが、仕方なく、金貨を払った。


「仲間相手に、なんというセコさなの! 」


 マリスが思わず呆れた。




 二人が隣町へと出発し、カイルはクレアのいる特別室へ、すぐに戻った。


 熱は下がらなかったが、煎じた薬草を飲んだり、バヤジッドの飴を食べるなどは、

自分で出来るようにはなってきていた。


 ベッドの上でなら、時々起き上がることも出来るが、時々腹部が痛むように、手を

当てている。傷にも、医者の薬を塗り、薬草を当て、包帯で固定している。


「クレア、起きてたのか? 」


「マリスたちは? 」


 カイルを見ると、彼女は、か細い声で尋ねた。


「ああ。魔道士の医者がこの辺にはいないみたいだから、少し遠出してもらうことに

なったぜ」


 カイルは、クレアの側の椅子に座り、微笑んだ。


「もう少しの辛抱だ、クレア。ケインたちが、必ず探してきてくれる。ゆっくり休め

よ」


「ええ……」


 クレアが横になるのを、カイルが手伝う。


 すぐに彼女は眠りに落ちた。


 心配そうに、それを見つめるカイルだったが、ふいに、腰に差してある魔法剣に、

鞘の上から手を当てた。


 彼の青い目の横を、一筋の汗が流れた。




「魔道士のお医者かい? それがね、つい最近、姿をくらましちまったんだよ。

私もね、治療してもらいたくて、何度も来てみてるんだけどねえ」


 隣町で診療所を見つけたケインとマリスであったが、閉鎖されていて、通りすがり

の女性に聞くと、そのような返答であった。


 妙な胸騒ぎを覚えたケインとマリスは、最も人の出入りのある、賑わっていた酒場

兼食堂へと、足を速めた。


「噂では、この隣の町も、そのまた向こうにもいた魔道士の医者が、次々と姿を消し

ているそうだ。それも、つい最近。旅人たちが、みんなボヤいていたよ」


 カウンターの中から、気のいい太った男が、そう答えた。


「ただの魔道士の失踪とは、思えなくない? 」


「ああ。デモン教の奴等が、俺たちを足止めしようと、魔道士の医者たちを誘拐、

または……消してしまったのかも知れない。なんて奴等だ! 」


 マリスとケインは、小声で話す。


 その食堂を見渡していたケインの視線が、店の隅方で止まった。


「あいつ、またいるぜ」


 マリスも同じ方を見てみると、あの三角帽子の吟遊詩人が、朝と同じように、

小さい竪琴のリュラをポロロ~ンと奏でて、なにやらとんちんかんな唄を唄っている

のだった。


 つかつかつかつか……


「ちょっと、あなた」

「うわー」


 マリスが、後ろから、首根っこを鷲掴(わしづか)みにすると、詩人は驚いて、情け

ない声を上げ、手足をバタバタさせた。


「いきなり、なにするんですかー、もう、唄の途中だったのに」


「どーもこーもないわよ。このインチキ吟遊詩人! 」


「なんで僕がインチキなんです? 」


「お前にちょっと聞きたいことがある。こっちへ来てもらおうか」


「うわー、なにするんですかー。暴力はやめて下さいよー! 」


 マリスとケインに両脇を抱えられ、足を宙に浮かせたまま、吟遊詩人は外に連れ

出された。


 人気のない丘まで行くと、逃げられないよう、ケインとマリスに片腕ずつ掴まれた

ままで、睨まれる。


 詩人は、三角帽子を目深に被ったまま、おろおろと、二人を見る。


「あなた、いったい何者なのよ? 」

「ですから、見ての通り、ただの吟遊詩人です」

「とぼけんじゃないわよ」


 マリスは、彼の鼻先に、しゅっと拳を突き付けて、脅してみせた。


「ひっ! なっ、なんなんですか、あなたたちは!? 僕が、いったい何をしたって

言うんです? 」


 マリスは、じろじろ、彼を帽子の上から見つめる。


「どうも、あなたって、胡散(うさん)臭いのよねぇ」

「そんなぁ! なにを根拠に、そんなこと言うんです? 」

「お前の情報は、どこか引っかかるんだよなぁ」


 ケインも睨む。呆れているようにも見えるが。


「昨日のクラーケンのことですか? そ、そりゃあ、多少は脚色してしまいましたが、

そんなの、どこの吟遊詩人だって、やってることじゃないですかぁ」


 男は必死に言い訳を試みる。


「それだけじゃないわ。あなたは、なーんか普通の人間と違うような……、魔力は

感じられないから、魔道士とも違うし、何か特別な存在のように、思えるのよねぇ」


「そっ、そんなぁ! 僕は、ホントに、ただの吟遊詩人ですってば」


「とにかく、顔くらい見せてみなさいよ」


「うわー、乱暴しないで! 」


 マリスは、男の手を押さえたまま、三角帽子を取り上げる。


 白い顔が現れると同時に、ふわっと、肩にはつかないくらいの薄茶色(ライト・

ブラウン)の柔らかい髪が、肩に降りた。


 髪と同じ薄い茶色をした大きな瞳が、怯えたように、マリスとケインとを見つめて

いる。


 男の割りに、肌は透けるように白く、バラ色の頬に、唇はサクラ色で、かわいら

しい形をしていた。


 それは、一見、少女かと思えるほどの、女性的な雰囲気の、世にも稀な美少年で

あった。


「……お前は……! 」


 ケインも驚き、それ以上、言葉が出て来ない。


 二〇歳ほどかと思っていたのが、もう少し若く、もしかすると、マリスと同じ一六

歳ほどではないかと思えるほどであった。


 クラーケンの奇妙な唄などを、このかわいらしい顔で唄っていたとは、二人には、

まったく想像ができなかった。

 この顔を見せながら唄われなかったことだけは、良かったと思えた。


「……なんだ。意外とマトモじゃないの。あなたみたいなかわいい美少年が、なんで

吟遊詩人なんてやってるのよ」


「ま、まあ、いろいろと事情がありまして……」


 彼は、ごにょごにょと言葉を濁した。


「お前、どこかで会わなかったか? 」


 ケインにじっと見下ろされて、少年はうつむき加減に、首を横に振った。


「そうか。……なーんか見たような気がするんだが……」


「ひ、人違いだと思いますけど……」

 詩人は苦笑いをした。


「なんて名前なんだ? 」


 少年は、それには答えずに、思い出したように言った。


「そうだ、ケインさん。この先の、西の方向にある、ヨルムの山の、そのまた向こう

に、伝説のドラゴンが住んでいるという谷があるんですって。そこに行くと、なにか

いいことがあるかも知れませんよ」


 にっこり笑う詩人の腕を、ぐいっと、ケインが真面目な表情で、引っ張る。

 詩人は悲鳴を上げた。


「いい加減を言うな。ドラゴンが人間界なんかに住んでるもんか。お前、何かごまか

そうとしてるだろ? 」


「痛いですよぉ。そんなに掴まないでください! リュラが弾けなくなってしまう

よぉ! 」


 ケインが、手の力を緩める。


「あなた、昨日も、ドラゴンの谷がどうのこうのって、言ってたわね。その話、本当

なの? 」


 美少年は、サクラ色の唇を引き結び、こくんと頷いた。


「あそこには、伝説の勇者を待っている者たちがいるんです。そう聞いてます。早く

行ってあげた方がいいですよ。『ドラゴン・マスター』」


「なっ……! 」


 ケインが目を見開いた、その途端だった。


 ひゅん……! 


 それまで詩人の腕を掴んでいた感触が、一気になくなったと思うと、目の前にいた

吟遊詩人の姿が、またしても消えたのだった! 


「……なんなの!? 」


 マリスも、そして、ケインも、信じられないように、自分たちのてのひらを見つめ

た。


「あいつ、また消えたわ。でも、魔力は、やっぱり感じられなかった。……いったい、

何者なの……? 」


 当たりを見渡すが、一面、野原である。人の影など、ありはしない。


 腑に落ちない思いで、二人は、しばらく、その場に立ち尽くしていた。


「……どうする? あいつの言う通り、ドラゴンの谷に行ってみる? だけど、もし、

あいつが、あたしたちの敵だったら……それこそ、デモン教と、なにか関係があった

りしたら……」


「いや、多分、あいつは敵じゃない。前に、どこかで会ったような気がするんだ」


 ケインが首をひねる。


「確かに、あの吟遊詩人、なぜか、ケインの名前は知ってたわね。あたし、あいつの

前では、あなたの名前は呼んでなかったのに。それに、『ドラゴン・マスター』って、

なんのことかしら? 」


 ケインが、ハッと面を上げた。


「……思い出した……! 誰かに似てると思ったら……! 」


 ケインの右手が、腰に差した剣に触れる。


「あいつだ……! あいつは、ドラゴン・マスター・ソードのマスター、ジャスティ

ニアスに似てるんだ! 」


「ええっ? 」


 その時、ケインは、何かに気付き、ふいに空中を見上げた。

 マリスも、思わず同じ方向を見る。


「あっ……! 」


 そこには、吟遊詩人が半透明になって、浮かんでいた。


 彼は、先程までの怯えようとはまったく別人のように、二人を見下ろし、フッと

ニヒルに笑いかけると、そのまま透明になり、あたりの景色の中に溶け込んで

しまった。


 二人が、そこから動くことは、しばらくは出来ないでいた。


 彼は、やはり人間ではないのか? 


 二人の頭の中には、いくつもの疑問が駆け巡っていた。


 口を開いたのは、ケインが先であった。


「マスターが言ってたんだ。いずれ、彼の部下と会えるかも知れないって。マスター

自らが、わざわざこんなところに現れるわけはないし。あの吟遊詩人は、きっと、

マスターがよこした部下ってヤツに違いない……! 『ドラゴン・マスター』の

呼び名を知っていたのが証拠だ」


 吟遊詩人だったものが消えた空を、キッと見上げたまま、そう呟くケインの横顔を、

マリスは見上げた。


「今すぐ、ドラゴンの谷を目指す? 」


「魔道士の医者を見つけて、クレアの怪我を治してからだ」


「ヴァルのことは、待たないの? 」


「ああ。もし、あれが、俺のカン通り、マスターの使者だったなら、ドラゴンの谷へ

行くのは、きみたちではなく、『俺の』使命なんだからな」


 ケインは、マリスを改めて見直した。


「この間、洞窟の中で、マスター・ソードの魔石の話をしたのを覚えてるか? 」


 マリスが、こくんと頷く。


 三つの魔石に、本来の魔力を分散させているドラゴン・マスター・ソード。

 そのうちのひとつしか、まだ能力(ちから)は注がれていない。


「マスターが、夢の中で、魔石のある場所に連れていってくれた。自然の森の中に、

ぽっかりできた綺麗な泉のあるところだった。あれは、人間界ではなかった」


「覚えているわ。そう言ってたわね」


「夢の中で、マスターは魔石を見つける手助けとして、部下を人間界に送り込んだと

も言っていたのを、今思い出した。あの吟遊詩人が彼の部下なら、ドラゴンの谷が、

もしかしたら、二つ目の魔石と関係あるのかも知れない。二つ目の魔石の力を手に

入れれば、マスター・ソードは、今よりもっと強化できる」


 ケインは、真面目な表情で続けた。


「ただし、そこで、どのくらいの時間がかかるのかはわからないし、あまりに長期間、

クレアやカイルのことを放っておくのは心配だ。なにがあるかわからないから、四人

で一緒に行こう。四人でいるのが、一番安全な気がする」


「……もし、本当にドラゴンの棲む谷があるんだとしたら、次元の通路とは無関係

でも、あたしも見てみたい。ひとつ目の魔石は、見損なっちゃったんだもの。どんな

ものなのか、どんな能力(ちから)なのか、二つ目こそは、見てみたいわ」


 ケインの、彼女を見つめる青い瞳がほころび、そこには、強い意志が表す光が浮か

ぶ。


 それを、マリスは、勇者らしい目だな、と思った。


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