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6 採取者の加護

 私はそれから、本格的に薬草採集を始めた。


 薬草採集を始めた、といっても、最初から自由に森へ入れてもらえたわけではない。


 私が暮らしている村は、広大な森の端に寄り添うように作られた小さな集落だった。

 

 畑と牧草地があり、中央には井戸と広場がある。村の外れには、薬草を扱う小さな店が一軒だけ建っていた。


 店の主は、村で唯一の薬師である。


 名前は、オルガ。


 白髪を後ろでひとつに束ねた、背の低い老婆だった。

 

 目つきは鋭く、口も悪い。けれど、怪我人や病人が運び込まれれば誰よりも早く動き、薬が足りなければ自分の食事を削ってでも調合するような人だった。


 オルガは、簡単な火魔法を使った。


 ただ火を起こすだけではない。


 鍋の下に小さな火を灯し、その強さを細かく調整する。


 薬草を煎じるときも、薬液を温めるときも、必要な温度を保つことができる。


 薬師として長年使い続けてきたせいか、その火加減は驚くほど正確だった。

 


 火眠りの実と毒サソリの一件から、一人で薬草を集めに行かせるのは危ないと心配した両親が、オルガに相談したのだ。 

 

【「リゼット。植物観察に行くなら、せめて手袋を持っておいき。むやみになんでも素手で触らないようにね」

「ありがとう」

「森へは行かないこと」

「……」

「お願いだから返事をして」

「…はい」

「それから、知らないものを口に入れないこと」

「知っているものならいい?」

「よくないわ」

「でも、食べても大丈夫なものなら?」

「お母さんは、あなたが植物を食べる話をしているんじゃありません」

 母は真顔だった。

 私は仕方なく頷いた。

「わかりました。食べる前に、ちゃんと確認します」

「食べないで確認しなさい」

「……はい」

「…でもお母さん…」

「なあに?」

「子どもの探究心を育てるのが親というものでしょ?」

「物騒すぎるのよ…あなたの探究心は…」

 (こんなやりとりを繰り返していたたからだと思う)】

 


「リゼット。これは何だい」


「薬草です」


「見ればわかる。何の薬草だと聞いてるんだよ」

 

「痺れ蔓です。葉を乾燥させて煎じると、神経痛を和らげます。ただし、濃く煮出すと筋肉の動きを鈍らせるので、分量には注意が必要です」


「……どこで覚えた」


「見ればわかります」


「その言い方はお前の母親にそっくりだね」


 オルガは深々とため息をついた。


 私が採ってきた植物を、彼女は一つずつ確認していく。葉の形、茎の硬さ、根の匂い、樹液の色。私の鑑定結果と照らし合わせるように、古い薬草図鑑をめくっていた。


 最初のうちは、私の説明を半信半疑で聞いていたオルガだったが、三日もすると態度が変わった。


「この根は?」


「白眠根。乾燥させて粉にすると鎮静薬になります。ただし、妊婦には使わない方がいいです」


「この花は?」


「青鈴草。根に鎮静作用があります。花弁はほとんど薬効がありません」


「この赤い葉は?」


「食べられません」


「薬になるのかい?」


「毒です」


「……なら、なぜ採ってきた」


「毒だからです」


 オルガは額を押さえた。


「薬師ってのはね、毒を集める仕事じゃないんだよ…あれだけ毒草に触るなと言ってあるだろう」


「でも、毒も使い方次第では薬になります」


「それはそうだけどね。でもこれはただの毒草なんだろう?」


「はい。ですが、毒草は美しいものが多いです」


「話を聞きな」

 

 

 *


 オルガは最初、そんな私をただの危なっかしい子どもだと思っていたらしい。(後に聞いたら、今もそう思っているそうだ……)


 だから、森へ入ることも禁止されていた。

 私も森へ行くなと言われれば、今日は村の外れまでにしておこうと  思う。


 けれど、道を歩いていると、見たことのない葉が目に入る。


 少しだけなら。


 そう思って近づけば、今度はその奥に珍しい花が咲いている。


 あと少しだけ。


 そうしているうちに、気がつけば森の中にいる。


 自分でも不思議だった。


 森へ入ろうと思っているわけではない。


 ただ、植物のほうが私を呼んでいるのだ。


 ……たぶん。


「森へ行くんじゃないよ」


「はい」


「本当に分かってるんだろうね?」


「分かっています」


「……なら、なんで今、長靴を履いてるんだい?」


「それはいざという時のためです」


「分かってないじゃないか!」


「植物が……私を呼んでいるんです」


「呼んでないよ。あんたが勝手に行ってるだけだ」

 

「ではどうして足が勝手に動くんですか?」


「知るかい! ほら、その勝手に動く足をこっちへ向けて掃除でもしな!」


 そんなやり取りを、何度したことだろう。


 けれど、あるときからオルガの様子が変わった。


 私は植物を傷つけずに採取できた。


 根を必要以上に掘り起こすこともなく、種をすべて奪うこともない。花を採るときも、必ず次の季節に咲ける分を残した。まるで何事もなかったかのように土も荒れていない。


 最初は、それが特別なことだとは思っていなかった。

 

 ある日、森の浅い場所で、オルガに見慣れない薬草を教えてもらった。


「それは針葉草《しんようそう》だよ。葉の先が硬くてね。薬に使うのはこの部分だ」


「分かりました」


 私は針葉草の前にしゃがみ込んだ。


 細い葉が何本も地面から伸びている。根は浅いようだったが、無理に引き抜けば簡単に千切れてしまいそうだった。


 私は葉の根元に指を添えた。


 どこに触れればいいのか。


 どこから切れば、残った株を傷つけずに済むのか。


 それが、なぜか分かった。


 私は必要な部分だけを採った。


 残った針葉草は、何事もなかったようにその場に残っている。


「……リゼット」


「はい?」


「お前、どうやって採取したんだい?」


 振り返ると、オルガが採った針葉草を見つめていた。


「普通に採りました」


「普通に、ねえ……」


 オルガは針葉草の根元を確かめる。


「こんな状態で普通は採取できないものだが」


「そうなんですか?」


「ああ。力を入れれば株ごと抜けるし、刃物を使えば根元を傷つける。こいつは扱いにくいんだよ」


 私は残った針葉草を見る。


「でも、傷つけない場所は分かります」


「……分かる?」


「はい。ここなら大丈夫だと」


 オルガはしばらく私の顔を見ていた。


「そうかい」


 それ以上は何も聞かなかった。


 数日後、別の薬草を採っていたときのことだった。

  

 茎を傷つけないように葉を避け、ちょうどいいところから切り取る。

 

 いつものことなので、特に何も考えていなかった。

 

 けれど、ふと昔のことを思い出した。

 

 転生する前、女神に植物を傷つけずに採取できるように頼んだことがあった。

 

「……あ」

 

 私は手元の薬草を眺めた。

 

 あのときは、珍しい植物をたくさん見てみたいと思っていた。

 

 こうして実際に採集していると、ずいぶん便利なものをもらったらしい。

 

 私はそんなことを考えながら、もう一株の薬草にも手を伸ばした。

 

 これが、採取者の加護というものなのだろう。

 

 今ごろ思い出したことに、少しだけ可笑しくなった。

 

 

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