↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/25

12 薬師見習いの問題行動

 その日から、私は正式に彼女の手伝いをすることになった。

 といっても、最初に任されたのは薬の調合ではなく、掃除と仕分けだった。(結局のところ、今までやっていたことと大きく変わらない。さらに、「毒草を触るのは薬草を覚えてからだ」とオルガに釘を刺され、しばらく毒草集めも禁止された)

  

採ってきた薬草についた土を落とす。

傷んだ葉を取り除く。

種類ごとに分ける。

乾燥させるものと、生のまま使うものを区別する。

 

 単純な作業だったが、植物を一つひとつ手に取っていると、自然と細かな違いが目についた。

 同じ種類の植物でも、育った場所や季節によって香りが違う。



 薬草は、ただの材料ではない。


 一つひとつが生きていた時間を持っている。


「リゼット、それは傷んでるんじゃないよ」


 ある日、私が黒ずんだ葉を取り除こうとすると、オルガが手を止めた。

 

「これは寒さに当たった跡だ。薬効は残っている」

 

「ですが、細胞が壊れている可能性があります」

 

「細胞?」

 

「葉の組織が傷んでいるなら、成分が変化しているかもしれません」

 

「そこまで見る薬師は少ないねえ」

 

「ですが、見たほうが正確です」

 

「正確にダメだと決めつけるだけじゃ、薬師は務まらないよ」

 

 オルガは黒ずんだ葉を指先でつまみ、匂いを確かめた。

 

「状態を見て使い道を変えるんだ。捨ててしまわずにね。例えばこの葉は、飲ませる薬には向かないが、すり潰して膏薬にすれば傷口をかばう良い油分になる。あるいは、寒さを経験した分だけ、体を温める湯薬に混ぜるとよく効くんだよ」

 

「なるほど…」

 

「完璧な状態の薬草ばかりを探していたら、冬を越せないよ。弱った薬草には、弱った薬草なりの働き場所があるのさ」

 

 私はその言葉を、紙に書き留めた。

 植物の状態を知ること。

 薬効を知ること。

 そして、その薬を必要とする人間を知ること。

 

 前世では植物そのものばかりを見ていた私にとって、それは新しい視点だった。

 

 薬草は、誰かの身体に届いて初めて薬になる。

 

 そのことを、私は少しずつ学んでいった。


 ただし。


 私が大人しく普通の薬草だけを扱っていたのは、最初の数日だけだった。


「オルガさん」


「なんだい」


「森の奥で、面白いものを見つけました」

 

「あんたってやつは…森の奥には行くなって何度言わせるんだい。いい加減にしな」

 

 私は少しだけ頬を膨らませた


「そんな顔してもだめだよ」


「どんな顔ですか」


「普通はそこで聞き返さないんだよ」


「森の奥は、そんなに危ない場所でもないです」


「……まあ、そうだね」


 オルガはあっさり認めた。


「森の奥そのものが、特別に危険ってわけじゃない。大人が何人かで入るなら、珍しいことでもない」


「では、どうして行ってはいけないんですか?」


「子どもが一人で行く場所じゃないからだ。特にお前は」


 オルガは少しだけ眉を寄せた。


「道が分かりにくくなるし、何かあったって、すぐ助けを呼べる相手もいない。そういう場所なんだ」


「……大人が一緒ならいいんですね」


「そういうところだけ拾うんじゃない…」


オルガは額を押さえ、行き場を失ったため息を天井へぶつけるように、長く息を吐いた。


「で?何を見つけたんだい?大抵ろくでもないものだろうけどね」


私は収納空間を開き、その中から、細長い黒紫色の葉を取り出した。


 葉の表面には、薄い銀色の筋が走っている。

 茎の付け根には小さな棘があり、触れた指先に冷たい感触が残った。



《影縫い草》


・葉の汁に強い麻痺作用

・乾燥させて粉末にすると鎮痛薬の材料になる

・大量摂取で呼吸筋の麻痺を引き起こす

・夜間、葉の表面に毒性成分が増加する


「……どこで採った」


 オルガの声が低くなった。


「森の東側です。倒木の下に群生していました」


「東側って、あの湿地の近くかい?」


「はい」


「何本採った?」


「三本です」


「全部置きな」


「薬に使えます」


「置きな」


「でも、乾燥させれば――」


「置けと言ってるんだよ!」


 店の中に、びしりと声が響いた。


 私は言われた通り、影縫い草を机の上に置いた。


 オルガは布を二重にしてそれを包み、さらに木箱へ入れた。


「これはね、扱いを間違えると指一本動かせなくなる。昔、これを素手で刈った馬鹿が、三日三晩寝込んだ」


「毒性成分の濃度を調整すれば鎮痛薬になります」


「だからといって、子どもが気軽に採ってくる草じゃない」


「私は毒が効きません」


「お前に効かなくても、他の人間には効いちまうんだよ!」


 その指摘はもっともだった。


 私は少し考えた。

 

「採取した植物は、種類ごとに整理してあります」


「そういう問題じゃない」


「では、オルガさんの許可なしに毒草を出しません」


「そういう問題でもない。店の裏だって毒草だらけだろ」


「……採取前に、使用目的を決めます。薬に出来る毒草のみに。特に危険なものはオルガさんに相談します」


「……」


「それなら問題ありませんか?」


 オルガは頭痛を堪えるように目を閉じた。


「お前は本当に、薬師に向いているのか向いていないのかわからないね…」


 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。