幸視点
「で、幸ちゃん。
……こんな俺ですが、付き合ってくれませんか?」
その言葉を、私は大上さんの口の動きで読み取った。
一瞬、意味が理解できなくて、頭の中で何度もその形をなぞる。
……付き合う?
え……。
言い切ったあと、大上さんは深く頭を下げた。
その仕草に、胸がぎゅっと締めつけられる。
冗談ではない。
本気だ。
それだけは、伝わってきた。
……どうしよう。
一気に顔が熱くなる。
心臓がうるさくて、でも音としては聞こえないはずなのに、全身でどくどくと感じている。
何か言わなきゃ。
返事をしなきゃ。
わかっているのに、言葉が出てこない。
考えれば考えるほど、頭の中が真っ白になる。
きっと、時間が止まってしまったみたいに見えているだろう。
でも、私の中では嵐みたいに気持ちが渦を巻いていた。
……リアルで会うのは、今日が初めて。
そう、画面越しではわからなかったものが、今日、初めて輪郭を持ったばかりだった。
ギルチャでは何度も話してきた。
優しくて、面白くて、頼れて。
でも、それとこれとは、違う。
現実で誰かと付き合うなんて、考えたこともなかった。
怖い。
でも――嫌じゃない。
唇が震える。
開いて、閉じて、また開いて。
何度も呼吸を整えながら、ようやく声を出した。
「えっと……」
自分の声は、ひどくかすれているかもしれない。
「あの……私……大上さんのこと……」
言葉を選びながら、慎重に、慎重に、紡ぐ。
「リアルでは、まだ、よく知りません。
それに……私は、皆さんに、自分のこと、ちゃんと話していませんでしたし……」
伏せていた顔を、思いきって上げる。
目が合った。
優しい目。
逃げずに、ちゃんと見てくれている。
「……お友達からで、いいでしょうか?」
言い終えた瞬間、胸がぎゅっと締まる。
断っているわけじゃない。
でも、期待を裏切ってしまったかもしれない。
大上さんは、一瞬きょとんとしてから、
「……あ、うん。
オトモダチ、から……ね……」
少し、顔が落胆をにじませてるように見えた。
そのわずかな変化が、痛いほどわかってしまう。
胸がちくっと痛む。
慌てて言葉を重ねた。
「わ、私……初めて、なんです」
「え? は、初めてって……?」
「異性の……友達、いなかったので……」
口に出してから、さらに恥ずかしくなる。
でも、正直に言いたかった。誠実に向き合いたかった。
大上さんの表情が、ふっと和らぐ。
さっきまでの緊張が、少しほどけたみたいだった。
それを見て、私も少しだけ安心する。
「急に言われたら、ビックリするよな。そりゃそうだ。
でもさ……これから、こうやってリアルで会えたら、もっとお互いのこと、分かるかなって思ってさ。
今日は楽しかったし……また、会いたいんだ」
その口の動きは、すごく読み取りやすい。
ゆっくり、はっきり。
私のために、気をつけてくれているのがわかる。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「えっと……
大上さん、わりと口の動きが、わかりやすいので……読みやすいです。
だから、お話できるかもしれませんが……」
一呼吸置いて、
「でも、わからなくなったら……すみません」
「そんなこと!
全部分かろうとしたら、しんどいだろ。
力抜いて、話そう?」
「……ありがとうございます」
「だから、力抜けって……」
その言葉に、思わず口元がゆるむ。
……優しい。
気遣いが、さりげない。
「……え……あ……うふ、うふふ」
気がついたら、笑っていた。
ギルチャと、何も変わらない。
そのことが、嬉しかった。
「大上さん、ギルチャと変わらないんで、安心しました」
「いや、それ言うなら、幸ちゃんも同じだから。
ギルドで一番イメージ違うの、やっぱアリスだろ」
「え? アリスさん?
可愛らしい方ですよね」
「かわ……?
……うーん?」
その反応が面白くて、また少し笑ってしまう。
「アリスの中の人、知ってるの?」
「会ったことはありませんけど……本の趣味が合って。
可愛い、ほのぼの系が好きで。
犬とか猫とか……よくギルチャで報告してくれるんです」
話しながら、ふと大上さんの表情が微妙に変わった気がした。
……あれ?
少し、目が細くなったような。
「あのさ……幸ちゃん?」
「はい?」
「今度、ギルドオフしよ。
アリスの中の人にも会えるし、絶対驚くよ。
みんな、幸ちゃんに会いたがってた」
少し身を乗り出す仕草。
「逃がさないから。覚悟しといて?」
「あ……は、はい……」
どきん、と胸が鳴る。
また顔が熱くなるのがわかる。
……逃がさない、って。
その言い方が、ずるい。
視線を落とした、その時。
大上さんが、軽く手を振った。
『あなた 手話 わかる?』
不慣れな動き。
でも、はっきり意味が伝わる。
一瞬、息をのむ。
『手話、わかる』
手話で返事してみた。
『ちょっと、覚えた。手話、難しい』
胸が、きゅっと締めつけられる。
嬉しい。
嬉しすぎて、言葉が出てこない。
『私、カンペキ、違う』
首を振る。
『色々 教えて』
『わかる 範囲』
『OK OK』
そのやりとりが、楽しくて。
声がなくても、ちゃんと伝わる。
そのことが、こんなにも嬉しいなんて。
「……ルルちゃん。握手しよ」
差し出された手。
少し迷ってから、そっと重ねる。
温かい。
少しだけ、ぎゅっと握られる。
心臓が、跳ねる。
……お友達から。
でも。
確かに、何かが始まった。




