8月27日、特別を当たりまえに
コミュニティセンターのカフェコーナーは、窓から差す西日がちょうどまぶしい時間だった。私は予約席の一番奥、エアコンの風が直接当たらない丁度いい場所に陣取って、シュークリームの箱を開けながら時計を見る。午後二時十五分――智子が遅れるのは今日に限ったことじゃないけど、やっぱり五分オーバーしている。
扉が開く音と同時に、「ごめんごめん! 今朝の新聞でさー、見ちゃって急いで切り抜いたのに時間かかっちゃって」と智子が息を切らして現れた。相変わらずの口癖で始まる会話の幕開けだ。後ろからゆっくり歩いてくる美咲が「あら、智子ちゃん、走ってきたの? そういえばうちの子が今朝、幼稚園でウサギさんのマネしてケンカしちゃって」と、いきなり自慢とも愚痴ともつかない話を持ちかける。
佳代はすでにドリンクバーからアイスコーヒーを片手に戻ってきていて、「それって結局お金の話でしょ」と、美咲の話の核心をズバリ突いた。私は三人分のストローをテーブルに並べながら「まあまあ、座ってからにしよ」とフォローを入れる。これが私の役目、いつものパターンだ。
智子がスマホの画面を広げる。「でね、今日の話題はこれ。和歌山の『ドリーム実行委員会』っていうところが、障がい児童と家族を無料で招待するイベントやるんだって。42社の協賛と70人のボランティアが動員されたって、マジで大規模なの!」
美咲が瞬きを何度もして「70人も? それって保育園の先生全員集めた感じ?」と、いつものように自分の生活圏で換算しようとする。佳代が苦笑しながら「あなた、保育園の先生3人しか知らないでしょ」とツッコミを入れると、私も思わず吹き出した。
「でもさ、70人って聞くと、うちの子の運動会の保護者総出みたいな人数だよね」と私がフォローすると、智子が頷く。「しかも、クラウドファンディングで220万円集まったんだって。スローガンが『特別を当たりまえに』って、いいでしょ?」
美咲がシュークリームをひと口頬張りながら「そういえばうちの子が、前に動物園でキリンにエサあげた時、『今日は特別だ!』って言ってたわ。でも翌日も『今日も特別!』って言い出して、もう毎日が特別ってことに……」と、どこからどこまでが本当か分からない話に脱線する。
佳代がアイスコーヒーのストローをくわえながら「それって結局、特別が日常化して意味ないじゃん」と、いつもの毒舌モード全開。でもその後に「でも、障がいのある子にとっては、普通の公園に行くことすら特別なんだよね」と、ちょっと真面目な続きを呟くのが佳代らしい。
私はティッシュで指についたシュークリームのクリームを拭きながら「で、そのイベント、どんなことするの?」と智子に聞き返すと、「ペットボトルロケットとか、手作りの迷路とか、あと地元のバンドがライブもやるんだって。無料だけど、予約殺到で抽選なんだよ」
美咲が「抽選! それってうちの子の幼稚園のバザーみたい! 去年、景品のプリンセット当てたんだけど、賞味期限切れてて……」と、また別の方向に話がそれていく。遠くで子どもの自転車のベルが鳴る音が聞こえて、ふと「あ、もう三時のおやつの時間かしら」と思った時だった。
智子が「次の話題あるよ!」と、また目をキラキラさせながら画面をスクロールした。「沖縄明学高校、甲子園初優勝でしょ? 帰ってきた時、那覇空港で県民総出のお出迎えあったんだって。写真がすごいの!」
美咲が「お出迎え? 荷物持ち手伝ってたの?」と、いつもの勘違い。この前も「マラソン大会の応援」が「マラソン選手に水筒渡してたの?」になったのと同じパターンだ。私と智子が思わず顔を見合わせると、佳代が「あなた、空港でそんなことしたら警備員に怒られるわよ」と、容赦ないツッコミ。
「でもマジで、空港の到着ロビー、人でいっぱいだったみたい。優勝旗持って選手が出てきた時、全体で『ファイトー!イチバー!』って叫んだんだって」智子の説明に、私は「沖縄って、もともとコミュニティ強いよね」と感想を漏らす。
美咲が「そういえばうちの子が、『夏休みの自由研究、甲子園の応援に行きたい!』って言い出して、マジで困ってる」と、また自宅の話に。佳代が「それって結局、親が連れて行くってことでしょ」と、核心を突く。
私は「でも、甲子園って地方の自慢よね。私も昔、地元の高校が出場した時、テレビ前で号泣しちゃった」と告白すると、智子が「わかる! 私も実は、去年の決勝戦見てたら涙出ちゃって、夫に笑われた」と、意外な一面を見せる。
佳代が「涙もいいけど、私は山梨のニュースの方が気になるわよ」と、話題を変えた。「ブドウの栽培に有機薄膜太陽電池使う実証試験って、どういうこと?」
智子が画面をスクロールして説明を始める。「従来のソーラーパネルだと光を全部遮っちゃうけど、これは光を透過させるタイプなんだって。ブドウが電気食って育つわけじゃなくて、光合成に必要な波長だけ通すんだよ」
美咲が「え、ブドウが電気食って育つわけないでしょ!」と、佳代のセリフを先に言ってしまった。私たちは大笑いする。佳代が「美咲、それ私の台詞よ」と苦笑いしながらも「でも、光透過型って聞くと、サングラスみたいなイメージ?」と、ちゃんと理解を深めようとする。
「普通のビニールハウスと違って、発電しながらブドウ育てられるんだって。しかも、余った電力でハウスの温度管理もできるんだよ」と智子の説明に、私は「それって、夢のような話じゃん」と感心する。
美咲が「そういえばうちの子が、『電気で育てたブドウって、口の中でピカッと光る?』って聞いてきて、マジで困った」と、また子どもの発想に振り回されている様子。佳代が「それって結局、子どもの想像力の話でしょ」と、今度はツッコミを控えめに。
私は「でも、山梨ってブドウどころだけど、新しい技術取り入れてるんだね」と、話題を本筋に戻すと、智子が「しかも、農家さんと大学の共同研究で、実用化したら全国の農家に広げたいって意気込みなんだって」
美咲が「全国の農家……それってうちの実家も対象? でも実家は米作りなんだけど」と、また自分の生活に置き換えようとする。私は「米にも応用できるかもよ、稲にソーラーパネル被せたら」と茶化すと、佳代が「それって稲が日陰になっちゃうでしょ」と、的確なツッコミ。
シュークリームの箱が空になり、コーヒーのおかわりを取りに行く途中、私はふと思った。今日の話題――和歌山の夢のようなイベント、沖縄の熱狂的お出迎え、山梨の未来の農業――どれも私たちの日常からはちょっと離れているけど、でもみんなでこうして話すことで、少し身近に感じられる。
席に戻ると、美咲が「そういえば明日、保育園の保護者会あるじゃん? また明日もこういうくだらない話で笑おうね」と、いつもの調子で締めくくった。
智子が「明日は私が新しい話題持ってくるから!」と張り切り、佳代が「また長くならないようにね」と苦笑い。私は「まあ、くだらない話でいいんだよ」と、みんなの笑顔を見ながら思った。
窓の外では、西日がもう少し傾いていて、子どもたちの自転車の音が遠くなっていく。この場所で、明日もきっと同じように、ちょっとしたニュースを種にして、ぐだぐだとおしゃべりが続くのだろう。
そんな当たり前の時間が、私たちにとっての特別な瞬間であることに、今は誰も気づいていない。