92話 シンボルエンカウント制
遂に俺たちは件の森の中へ足を踏み入れた。森の様子は以前と違ってどこか静かで、ピリッとした緊張感が走っている。
「森が、静か」
ラヴィがぼそりと呟いた。
「……みんな、フォレストドラゴンを警戒して姿をくらましてるのかもな」
「それだけ、強いモンスターなんだね。なんでそんなに、暴れてるんだろ」
「……さあ、どうだろうな」
まさか、俺が「なんとなくかけちまった麻痺」が原因かもしれないだなんて、ここまできたら口が裂けても言えねぇ。このことは墓場まで持っていく所存でございます。
しかしまあ、本当に森の雰囲気が全然違う。前回来てないはずのラヴィが気付く位なんだから、当の森に住む生き物たちにとっては影響大って訳だ。うぅむ、恐ろしや。
「なんか……緊張してきたな」
「そう、ですわね……あんな恐ろしいモンスターに、わざわざ自分たちから会いにいくんですものね」
ベルの表情は心なしか固く、緊張が見てとれる。これはいかんな……俺まで森の雰囲気に呑まれちまいそうだ。
「……ま、まあ、いざとなればすぐに麻痺らせて逃げればいいだけだし! なんてったって、あいつに麻痺が効くのはとっくに証明済みだろ?」
俺はそう言ってグーサインを付き出す。ラヴィは不思議そうな顔をしているが、ベルの緊張をほぐすには充分な一言だったようだ。ベルはふっと微笑み、穏やかな表情を浮かべる。
「マヒルさん……ふふっ、そうですわね。 でも、戦うからには、ワタクシの魔法でバチボコにしてやりますわ……!」
「せ、拙者も! どんなやつでも、スライスしてみせる」
「二人とも、頼もしいこった。でも、くれぐれも無理はしないようにな」
張りつめていた空気が、ほんの少し和らいだ気がした。俺たちはずんずん森を進む。
* * *
「うおっ……これは――」
しばらく森を進むと、無造作に蹴散らされた木々や、ぽっかりとえぐられたような地面が目についた。まるで重機がめちゃくちゃに暴れまわったような有り様だ。え、こんなのと今から戦うの?
気分は既にエスケープ。
「これ……フォレストドラゴンがやったんだよな」
「それ以外、考えられるませんわね」
「……すごい。さすが、ドラゴン」
確かに、一丁前にドラゴンの名を冠するだけのことはあるな。今まで戦ったどのモンスターと比べても格が違ぇや……でも、あんなのがドラゴンとは絶対に認めないけどな。
「さて、痕跡は見つけたものの……前みたいに鳴いてくれないと探すのは中々骨が折れるな」
「まだ歩くんですのぉ!? はぁ……ワタクシ、足がもうヘロヘロですわ……」
「……! マヒル殿、これ」
愚痴をこぼすベルの横で、ラヴィは折れた木の根元を見つめている。
「その木がどうかしたんだ?」
「ほら、ここ。裂け目から、水が染み出てる」
「んん……あぁ、本当だ。これがなんだ?」
「時間が経ってれば、こうはならない」
「……! と、いうことは……」
「うん。この痕跡は、新しい。つまり、まだ近くに……」
"いる"
思わず、ゴクリと唾を飲んだ。
俺の体の中に、一気に緊張感が走る。
でも、大丈夫だ。俺には麻痺が、そして仲間がいる。例えやつを倒せなくとも、無事に逃げるだけの力はあるはずだ。
「二人とも~! 少し休んでいきません?ほらここ、ちょうど良い岩場がありますわよ~!」
ベルはといえば呑気に休憩場所を探していたようで、苔むした大岩の前で体育座りしている。あいつはやっぱ、もう少し緊張感を持ったほうがいいな……
「おぉい、ベルぅ……近くにいるかもしれないんだぞ? もう少し緊張しろ、緊張を」
「えぇ!?そ、そうなんですの!? あ、それなら、なおさら今のうちに休んでたほうがいいじゃありませんの?」
「む……それはそうかもしれないが……」
確かに、疲労困ぱいで強敵と戦うよりは断然いいかもしれない。なんだろう、以外とベルは周りのこととか、先のことを考えられてるのかもしれない。ちょいと癪だけど。
「よし、一旦そこで休も――」
そう言いかけたところで、ベルの休んでいる大岩の上のほう……パタリと何かが動いた。いや、そもそもこんな所にこんな目立つ岩なんてあったか?前と同じルートで来たはずだ、こんな不自然に置かれたような大岩に前回は気付かなかったのか……?
――もしくは、苔に覆われたこの巨大な岩が、"つい最近ここに現れたのか"。
「べ、ベルぅぅぅ! 今すぐそこから離れろぉぉぉ……!」
「え、なん――」
「パアオォォォォンッッッ!!!」
ビリビリと森を揺らす爆音が響き渡る。ベルの後ろの大岩……もといフォレストドラゴンは、ゆっくりと立ち上がった。巨大な影か俺たちをすっぽりと覆う。
前言撤回、大撤回!ベルはな~んにも周りが見えてなかった!シンボルエンカウントの敵に自ら当たりにいくとはな……!
こうして、俺たちのリベンジマッチは唐突に幕を開けた……!
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