88話 心はジェットコースター
翌朝、俺たちは目覚まし代わりに「ぶおぉん」だか「ぱおぉん」だかよく分からない、森の奥からかすかに響いてく音で目を覚ました。
「ふわぁ……いったいなんですの……?」
ベルはまだ眠たそうに眼をこすりながら、ぐぐぅっと腕を伸ばす。寝起きの髪はもはやツインテールとは言えず、ボサボサと花火のように弾けまくっている。
「おう、ベルも聞こえたか。もしかすると、今の音がクエストの「謎の鳴き声」ってやつじゃないか?」
「んん……そういえば、何かの鳴き声っぽさもありましたわね」
「っし、じゃあ早速正体を確かめに行ってみるか!」
「ええ、もう行くんですの? まだ朝ご飯を食べておりませんわよ?」
ベルは、朝ご飯を食べないのがとてもとても不思議そうな顔で、お腹をさすりながら俺を見てくる。どんだけ食べ盛りなんだよお前は。
「お前なあ……悠長にモーンニングいただいてたら、鳴き声の主がどっかに行っちまうかもしれないだろ? 適当に乾パンでもかじりながらいくぞ」
「はぁ、しょうがないですわね……っていうか、マヒルさんも寝起きですけど準備は大丈夫ですの?」
「ん?準備って、なんの準備だよ」
「それはもちろん、謎の声の主と戦闘になった時の準備ですわよ。あの声を聞きましたでしょ?」
「戦闘っていったってどんなやつかも分からないし、もし、やばいやつならすぐ逃げたらいいだろ?」
俺がそう言うと、ベルは大げさに頭を振って両手を上げ、”やれやれ”のポーズ。
「そりゃあ、やばいやつに決まってましてよ? 森の中で、恐らくまだまだ遠いのに、こんなによく響く声の主なんですわよ?」
「……つまり?」
「……つまり、それくらい大きな声を出せる、大きいやつがいるってことですわ」
「……おぅふ……」
まさに青天の霹靂、目から鱗だ。まあ、考えりゃあ単純なことだわな。でかい声の主はそれに見合ったでかい図体だって考えるのは自然だ。
どうやら、今回のクエストも大変なことになりそうな気がしてきたぞ。
* * *
歩き続けること一時間ちょい。時折聞こえる声は、どんどんはっきりと耳に届くようになった。「ブオォォォッ」やら「パァオッ」やら、例えるならそう……新幹線とかF1のスーパーカーが通り過ぎた時のような音だ。
「なあ、こんな声の主ってどんなやつだと思う?」
「それはもう……やばいくらい強くてでかいやつじゃありませんの?」
「いや、もっとボキャブラリーのギアを上げてくれよ」
「どういう意味ですの、それ。 まあ、強いて言うなれば……”ドラゴン”とか?」
「ド、ド、ドラゴンッ!?」
幻想世界において子どもから大人まで、全ての男の子のハートをワシ掴みにして離さない、最早崇拝の対象とも言える最強生物、ドラゴン――
唐突にその名を聞いて、不覚にも俺のテンションは歯止めが利かない程に爆アゲだ……!だって、ドラゴンだぜ!?いやぁ、いるだろうとは思っていたけど、異世界の住人の口から実際にその名前を聞くと、ちょっと胸にこみあげるものがあるねぇ……
「……なんですの、そんなに気持ちの悪い顔をなさって。病気にでもなりましたの?」
「……はっ。 いや、失敬な!俺は至って正常ですぅー。なあなあ、それより、ドラゴンって本当にいるのか?」
「ちょっ、顔が近いですわ! ワタクシも直接この目で見たことはないですが、探せばドラゴンくらい普通にいるんじゃありませんの?」
「おっほぉ!」
マジか!さすが異世界!!もしかすると、今日初めて生ゴン(生身で見るドラゴン)体験できるのかもしれんのか……!?
いやいや、落ち着け。焦りは禁物、過度な期待は要注意。ここは一旦冷静にならねば、出会えなかったときのテンションの落差でメタメタに心がくじけちまうかもしれない。
「ま、まあ、言うてもあれだよな? 森の中に棲むようなドラゴンなんていないよな?」
「いますわよ」
「おっほぉ!」
自分を落ち着ける為の保険をかけたつもりが、テンションの炎に自ら油を注いでしまうとは……!俺の上がり続けるテンションと期待感に、心の中は高山病。いやもうマジで頼む!どうか、どうか、この先にいるものがドラゴンであってくれ……!いや本当にフリとかじゃなく……!
最後まで読んでいただきありがとうございました!
感想、ブクマ等いただけると励みになります。
次回もよろしくお願いしますm(__)m




