87話 環境は最高のスパイスって言う
森を歩き続けること数時間。俺たちは謎の鳴き声の主の手がかり一つ見つけられないまま、ずんずん進んでた。道中、昨日の悲惨な現場を通過した時は、むせ返るような甘ゲボい臭いに吐き気を催したが、今のところ無事に進めてはいる。
ただ一つ、問題があるといえば――
「お~いベルぅ。そろそろ機嫌直してくれよ~う」
「…………」
「ちょっと良い串焼き、ご馳走するからよう」
「……ちなみに、どこのお店ですの?」
「そうだな、串焼き専門の屋台とかはどうだ?」
「それで手をうちましょう」
問題解決。
ちょれ~。どんだけ食欲旺盛なんだこいつは。少しばかりお財布にダメージが入るが、今回のクエストを円滑に進める為の必要出費だ。あれ程ふてくされていたベル嬢は、串焼きの話一つで穏やかな表情へと早変わり。
……まあ、今回の件、元はと言えば俺がまいた種だ。多少の反省はしつつも、とりあえず今はクエストに集中するとしよう。
「……それにしても、随分森の奥まで来たもんだ」
「そうですわね……ワタクシ、もう、足が棒のようになってますわよ」
「俺もクタクタだ。大分暗くなってきたから、夜営の準備でもするか?」
「はぁ……こんな汚れそうな場所本当は嫌ですが、仕方ありませんね」
ベルは口ではそう言いながらも、丁度良さそうな木の根元にすっと腰をおろした。素直じゃないだけで、相当疲れてたんだろうな。かくいう俺も慣れない森のハイキング、既に足がパンパンだ。筋肉痛待ったなし。
「よし、動けるうちにちゃっちゃと動くぞー。俺は焚き火と飯の準備するから、ベルは寝袋とか頼むわ」
「了解ですわ」
疲れた体に鞭打って、俺たちは黙々と作業を続けた。しばらくして夜営の準備が完成した頃には、灯りなしでは辺りがほとんど見えない程の真っ暗闇となった。パチパチと弾ける薪の音が夜の森に心地よく響く。
「……なんか、いいな」
「……そう、ですわね」
全身を巡る疲労感に、焚き火の熱と灯りが染み入る。辺りは森に囲まれ、風にそよぐ木々のさざめきや小さな虫の声が――
あぁ、いかん。完全にこれは動画とかでよく見た睡眠導入のやつだ。4K画質とかASMRとかの比じゃない没入感、時間がとろけていく。自然とまぶたが――
ぐぐきゅう~……
「え?」
「……」
突然鳴り響いたのは、ベルの腹に巣くう元気な元気な腹の虫の鳴き声だ。ベルちゃんったら、顔を赤くしてうつむいている。そういえば、まだ夜飯まだだったわ。
「……ベル、今の聞いたか?」
「……聞いたって、何をですの?」
「今の、『ぐぎゅるるる』って音! これこそ、森の奥深くにいるとされる謎のモンスターの――」
「だ、誰が謎のモンスターですか! それに、そんな変な音じゃありませんわ!もっと美しい音色を奏でておりましたもの!」
ベルはそう言って、適当な木の実をポコポコ投げ付けてきた。うん、地味に痛い。
「悪い悪い、飯にしよう!簡単なものしかないけどな」
俺は荷物をガサガサと漁り、出発前に買い込んでいたパンと乾燥肉、豆の瓶詰めと折り畳み式の鍋を取り出す。水と食材を適当にぶちこみ、適当に調味料で味付けしたら「冒険者シチュー」の完成だ!
「はいよ、お待たせ」
器によそったシチューとパンを渡すと、ベルは両手で嬉しそうに受け取った。
「わぁ……! って、もう、待ちくたびれましたわよ?」
「悪かったって。焚き火見てたら、急激に眠くなっちゃってさ」
「ワタクシ、ずうっとお腹空いてたんですからね?」
「言ってくれればすぐ準備したのに」
「だって、マヒルさんがあまりにもアホっぽい顔でぼーっとしていたんですもの」
「……アホ面で悪かったですな。ほれ、早く食べようぜ」
「もちろん、言われなくともですわ!」
言うが早いか、ベルは手を合わせるとすぐに食べ始めた。いつもながらモリモリと食べ進めるベルは、見てて気持ちがいいぜ。俺も早速パンをちぎり、シチューに浸して一口。
豆はやや固く、味はぼんやりしている。でも、乾燥肉の塩っ気が丁度良いアクセントになっていて、肉の脂の溶けたスープが絶妙にうまい。まさに"男のキャンプ飯"って感じの雑さだが、それもまた一興。
「うん、思ったより悪くないな」
「美味しいですわ!」
「相変わらず、うまそうに食べるな」
「ふぇ? そりゃあ、美味しいんですもの!」
そう言って、ベルは幸せそうに笑った。焚き火に照らされたその横顔から、俺は妙に目が離せなかった。
……まあ、たまにはこういう日があっても良いかもな。巨大イモムシにたかられたり、悪臭に鼻がイカれたりするのなんて、悪い夢だったんだ。きっと、そう。
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