86話 再びベルと森の中
「あぁ、おかえりな――」
あの激臭の中の激闘から数時間後、俺はようやく冒険者ギルドへとたどり着いた。ベル?あいつは一目散に宿へ帰ったから知らん。俺の帰還を快く出迎えてくれたセラ姐……かと思われたが、匂いに気付くやいなや顔をしかめて数歩後ずさった。
「あの、セラーナさん?どうしてそんなに遠くに?」
「い、いえ、なんでもございません。クエスト、お疲れさまでした」
「いやぁ、ほんっと、大変でしたよ」
そう言いながらクエストカウンターに一歩近付くと、セラ姐は五歩後ずさる。いや泣くってそんなことされたら。
「と、とにかく、マヒルさん! 魔結晶と素材をそちらに置いてください!今すぐに!」
「はいはい。っていうかこれ、めっちゃくちゃ臭かったんですけど」
「はい、今も感じています」
「こんな臭いやつ、一体何に使うんですかね?」
「それは……」
セラ姐が言い淀んだ。え、なに?なんか聞いちゃいけないようなやばいやつとか……?
「まあ、香水とか、ですね」
「こ……え?香水? こんなに臭いやつが!?」
「そうです、ね」
「こんなやばい臭いの香水つけるなんて、相当やばいやつじゃないですか!」
瞬間、セラ姐の眉間にピキリとシワがより、息をつくのもためらわれる程の緊張感が走った。
「…………その、"やばいやつ"が目の前にいるんですが」
「あぅ……その、今日はその香水付けないってことですもんね?」
途端に出た訳の分からない誤魔化しは、完全に墓穴を掘ることとなる。
「……うふふ、今日もしっかり付けておりますよごるぁ……」
「ひ、ひぎぃっ……!」
突然、怪物のような低い唸り声が聞こえたかと思ったらセラ姐だった。あくまでその顔は笑顔を型どってはいるが、放たれるオーラと、眉間のシワと浮き出た血管がただごとではない心の内を表している。マジで怖ぇって。
「さっさと、鑑定箱に、入れてくださいね?」
そのままギヌロっと一睨み。俺は言われるがままにベドワームの魔結晶と、今回のキモであるピンクの器官、臭線をビンに詰め込んだものをごろごろと提出する。鑑定を終えてそそくさとギルドを去る俺。さすが異世界。安全なはずの街にも凶悪なモンスターは潜んでいるもんだな……
なんやかんやと鑑定の結果、報酬の総額は二万三千ゴルドとなった。俺には、これが高いのか安いのか分からない。ただ、しばらくあの森には近付かないぞ、と心に誓った。
* * *
「はい、これ」
翌朝、冒険者ギルドにつくやいなや、凶獣セラーナから依頼書を手渡される。昨日とはうってかわって、いつも通り冷静で落ち着いていて、そしてどこか冷たい目だ。さて、その依頼はというと――
ーーー
【特殊クエスト】
依頼内容:森の調査(Dランク推奨)
目的地:アルクーン市外・南の森
報酬:2000ゴルド
備考:森の奥にて、謎の鳴き声を聞いたとの報告あり。ただちに正体の確認を求む。
ーーー
「え? あの、これって……?」
「クエストの依頼書です」
「……いや、それは分かるんですけど」
「それでは、お願いしますね」
「え……? でも、ここって昨日行った――」
「それでは、お願いしますね」
「…………っす」
セラ姐ったら、完全にブチギレていらっしゃる。こうして俺たちは、再び悪夢の森へと足を踏み入れることとなった。
* * *
「……」「……」
「…………」「…………」
てくてく、てくてく、森を進む。順調に進んではいるが、足取りは非常に重い。
「……悪かったって!なんかもう、絶対に受けなきゃやばい雰囲気だったんだって!」
「……はぁ。そういう流れになったのは、そもそもマヒルさんのせいではありませんこと?」
「いやまあ、全くもってその通りなんですが」
「……はぁ。ほんっと、ノンデリですわ」
「……っす」
昨日と同じ森の中――のはずなんだが、心なしか薄暗く、空気も淀んで感じる。
――あれ、おっかしいな、雨が降ったわけでもないのに、なんだか目から水滴がしたたりそうだぜ。
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