85話 芳香剤のその先へ――
うごうご……うぞ……うぞ……
臨戦態勢に入ったと思われるベドワームは、どこに隠れていたのか一斉に姿を現した。まるで木々が意思を持って動いているように見える程の大群だ……!
「うおぉ……これはさすがにきめぇな」
パッと見ただけで十体そこらはいるよな。そりゃあ、報酬も割高になるわ。誰もやりたがらないだろうぜ、こんなモンスター退治。
「おい、ベル。大丈夫か?」
「ま、任せてくださいまし!さらに進化したワタクシの魔法で、一網打尽にしてやりますわっ!」
ベルはそう言うと、魔導書をバラバラバラっと開き、大きく息を吸い込んだ。
「ひれ伏しなさい、愚民共!【高貴なる咆哮】!お~~~っほっほっほっほ!」
これは魔法かどうか怪しいが、聞いたものを萎縮させる必殺の高笑いだ!ベルの笑い声が森にこだます!それに続いてベドワームたちは一斉に身悶えしはじめて、ぼとっ、ぼとっ、っと木からはがれ落ちる!ぎゃあっ!?
「いぎゃあぁぁぁぁぁっ!?!?取って、取って!?取って取って取ってっ!!!」
運悪くワームの真下にいたベルは、背中に巨大イモムシをくっつけて走り回っている。いや、そんなところにいたらそうなることくらい予想つくだろ……
バタバタとツインテールを振り回し、何とも分からない動きで駆ける駆ける。その間にも、地面に落ちたベドワームを踏み潰し、蹴り飛ばし……最早地獄絵図だ。
「落ち着け、ベル!【パライズ】!」
「あぎぎぎぎぎぎ――!?」
俺のパライズが炸裂し、盆踊りの途中みたいなポーズのままぶっ倒れるベル。よし、とりあえず落ち着いたな!
「イモムシ共、まとめて麻痺ってろ!【麻痺連鎖】」
地面に落ちたベドワームたちを、バシバシと稲妻エフェクトが駆け巡る――!たっくさんの足をぶぶぶぶと震えさせながら、硬直。ついでにベルの背中のやつもひっくり返って落ちた。
俺はスタンブレイカーを展開させ、事務的に、淡々と各個撃破していった。ぶちゅん、ぶちゅんと弾ける触感と、その度に飛び出てくる汁のことは気にしたら負けだ。
「おーいベル。終わったぞ」
「はあ、はあ……ほ、本当に全部倒したんですの……?」
「ああ。お前の魔法のおかげでやりやすかったぞ。ナイス連携っ!」
「ぐっ……まあ、もう、なんでもいいですわ……」
何か言いたげなベルだったが、先程まで走り回っていた疲労と精神的ダメージからか、その場にへたり込んでしまった。うん、まあ、お疲れっ!
「さあ、後は魔結晶と素材の回収だな。ベル、お前はちょっと休んでていいぞ」
「お言葉に……甘えますわ……」
ベルはこちらを見もせずに手をふらふらと挙げた。普段からこれくらい素直だったらいいのに。さて、回収作業だが……正直やりたくねえな。モンスターの素材って聞こえはいいが、今からクソデカイモムシの死骸をこねくり回すんだろ?あぁー嫌だ嫌だ。セラ姐によれば、ピンク色の臭線っていう物に高値がつくそうなんだが……
「あっ、これっぽい――くっっっさボエッ!!!」
これの回収がまたきっちぃ!妙に弾力があってぶよぶよのゴムみたいで、さらにベドワームの体の奥にあるもんだからしっかり解体する必要がある。何よりきちぃのが、臭いだ!
「ふ、ふしゅう、ふしゅぅー、腐臭ぅー……」
小さく口で息をしているのに、それでもくっせえ。言われていた独特な臭いどころか、悪臭も悪臭、鼻をつんざくゲボみたいな腐敗臭だ!こんな醜悪な素材が一体なぜ高値で取引されるのか、知りたくもないな……
「ぶふっ……お、終わっだ……ようやぐ……」
俺は一人、何度もえづきながらイモムシの体をかき回してまわった。その間にもベルは回復し、暇そうに木の枝をいじってやがった。あのやろう臭腺ねじこんだろかい。
「おぉい、ベル、ほらこれ」
「なんですの……いや本当になんですのっ!?」
既に鼻の機能と嫌悪感を感知する機能がぶち壊れてしまった俺は、さっき採ったばかりの臭腺をぷらぷらと指先でつまみながらベルに近付ける。
「ほれ、お前に親しみ深い、高貴な香りとやらの源だぞ?せっかくだから持っててくれよ」
「うおぇっ!! や、やめてくださいまし! 気でも狂ったんですの!?」
「いやいや、俺はいたって平常だぞ?ただ、暇そうにしてたベルにも俺の徒労の一端でも味わってほしくてな」
「ひぃぃ……!目が、目がマジですわ……!? ご、ごめんなさいごめないさい!次からはもう少し頑張るように気を付けますわ!」
ベルは涙目になりながら後ずさり、懇願する。にしても、そうか。「次からは」とか「もう少し頑張るように気を付けます」か。いやはやこれは、喝を入れる必要がありますねぇ……
「今日は頑張らないってことですかい、お嬢さん?」
俺は腕を組み仁王立ちの姿勢でベルに最後の質問を投げかける。せめてもの仏心だ。ここで「今からでも頑張りますわ!」の一言がでればそれでよし。もし、そうでなければ――
「えっ、それはまあ……臭いし汚れますし……?」
「はい、アウツ」
俺は手に持ったピンクの塊をひょいっとベルに放り投げる。反射的に両手でしっかり受け取ったベルの顔がみるみる青ざめ、顔面は蒼白に、たおやかな金髪は天目掛けて逆立った。
「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!」
お嬢様の美しい悲鳴が森にこだました。辺りには、トイレの芳香剤と香水を百個程集めて、鍋で数時間鍋で煮詰めたものを生ごみにぶちいまけたような香りが漂っている。もはや美しいとまで思えるこの状況……俺はもうとっくに壊れてしまっていたのかもしれない。
こうして森でのクエストは無事に達成となった。人として大切な何かを失いながら。
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