7話 門前払いと女神の宿屋
しばらく歩き続けること──何分だ?一時間?二時間?正確なところは分からんが、とにかく、ようやく──
「お……おおっ!?あれ、光じゃね?灯り!灯りじゃん! やべ、文明の匂いする……!」
視界の端に、ぺかっと光る街の灯が見えてきた。丘を下った先、くすんだ空の向こうに浮かぶいくつもの明かり。瓦屋根っぽいシルエットも見えるし、なにより、空気が少しあったかい気さえする。
文明……それは光だ……!
「……ふはっ……ふははは……!やば、テンション上がってきた……!いける、いけるぞ!俺、まだ歩けるわ……! たぶんこれ、転生ハイってやつだわ……!」
謎の多幸感に支えられながら、俺は歩みを進める。
後ろからは、ゼヒュー、ゼヒュー……完全に“ひんし”状態のポケ◯ンみたいな息遣いが聞こえてきた。
ベルだった。
泥まみれのスカート、汗ばんだ額、そしてついに──無言。
「……おい、ベル。生きてるか?」
返事はない。代わりに聞こえたのは「ゼヒュー……ゼヒュー……」という排気音。
やべぇ。明らかにガス欠だ。
そして──次の瞬間。
「あ……あひぃぃ……」
謎の悲鳴を上げて、ベルがばたりと崩れ落ちた。
「わあ!?お、おいおいおい!? ちょ、ベル!? おいっ、大丈夫か!?」
まさかのヒロイン脱落イベント発生。やべ、これが“貴族は運動に弱い”ってやつか……!
慌ててベルの体をかつぎ上げる。思ったより軽かったのが、逆に怖い。
「しっかりしろ、ベルぅぅぅ……!」
街の門が近づいてくる。木と鉄で作られた、デカいアーチ状の門。ファンタジー感満載でテンションが上がるが、今はそれどころじゃない。
「すいませーんっ!!」
門番っぽいおっさんが二人、槍を構えて立っていた。その片方に、俺は駆け寄って叫ぶ。
「この人、倒れちゃったんですけど!」
門番は、俺の服装を見て一瞬ギョッとした。だぼだぼのグレーのスウェットに、泥と草まみれの姿──異世界基準で言うなら完全に不審者。下手すりゃ野盗。
「お前……どこの……」
警戒する門番だったが、俺がかついでいるベルの顔を見るなり、表情がガラッと変わった。
「ああ……またベルちゃんか」
「ま、またって……」
俺が聞く前に、門番は鼻で笑って言った。
「たぶん腹減ってるだけだろ。あの子、すぐ食い物我慢して倒れるんだよ。宿屋か酒場でメシでも食わせりゃ、そのうちケロッと起きるさ」
「そ、そうなんすか……」
さすが貴族。栄養不足で即シャットダウンとか、スケールが違う。
それにしてもこの門番、妙に手慣れてるのがちょっと気になるのだが──
街の中は、まさに異世界。
土と石で舗装された道。木とレンガが入り混じった建物。角を生やした獣が荷車を引き、通りのあちこちで行商人が声を張り上げている。
「うおお……本当に、街だ……!」
俺は感動と疲労のあいだでふらふらになりながらも、ベルを背負って歩いた。喧騒のなかに、自分が本当に異世界に来てしまったという実感がじわじわと湧いてくる。
「何はともあれ、メシだ! 異世界の初メシ! それに、早くこいつにも自分の足で歩いてもらわねぇと!」
──最初こそラッキーだと思ってたけど、さすがに重い。正直、もう降りてほしい。
だが、現実は甘くなかった。
一軒目。「すいませーん! 入れますか?」
店主は俺のだぼだぼスウェットをちらっと見るなり、「……うちは常連しか取らねえんだわ」
二軒目。「見てください!こ、こんな可憐な子も一緒なんですけど!」
店主は「……可憐? どこの泥遊び帰りだ?」
三軒目。ドアを開けた瞬間、「帰れ」の一言。
「うっ、うわあああ……俺の心が、ガラスのハートが、パリパリとぉ……!」
異世界初夜、まさかのメシ抜きの危機。
……もう、背中のこれも置いていこうかな。
もはや半泣きで通りにうずくまりかけたそのとき──。
「あら! ベルちゃんじゃないか!」
ぽん、と肩に大きな手が置かれた。振り向くと、恰幅のいい中年女性が手を腰に当てて仁王立ちしていた。
「ちょっとあんた、その子どうしたの? なーに、泥だらけじゃないの。あぁもう、こっち来な!」
「え、あ、はい!? ありがとうございます!?」
状況も分からないまま、俺はベルを抱え、女性に連れられていく。
案内されたのは、どこかあたたかみのある宿屋だった。木の看板には「たんぽぽ亭」と書かれている。
漂ってくるのは──香ばしいスープの香り。
俺は思った。女神……この人、絶対女神だ。
そして、世界は──やさしさでできている、と。
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