78話 薄汚れた沼地、再び
牛追い祭りから数日が経ったある日。街はすっかり落ち着きを取り戻し、いつも通りの時間が流れていた。俺たちはいつものようにギルドへ向かったが――
「うーん……今日はめぼしいクエストがないな」
「そうですわね……スライム討伐か薬草採取ばかりですわ」
「物足りない」
クエストボードに貼られているのは、どれもこれもパッとしないクエストばかり。半日かけて遠出して、スライム倒して千ゴルド稼ぐのなんて、正直割にあわない。さて、どうしたもんか……
「あの……」
「ん、どうしたラヴィ」
「ダンジョンは、どう?」
「ああ、その手があったか!」
――ダンジョン。それは定期的に構造が変化する異空間のようなもので、たくさんのモンスターが出現する為、腕次第で多くの稼ぎを得られる場所でもある。
アルクーンの街には管理されてるダンジョンが二つあり、一つは既に挑戦済みだ。
「それじゃあ、今日はダンジョンチャレンジに――」
「ち、ちょっとお待ちくださいまし!?」
「なんだよ、ラヴィ」
「ダンジョンって、また"あそこ"に行くんですの!?」
「うん、まあそうだけど」
"あそこ"というのは、俺たちが始めて挑戦したダンジョンである、《薄汚れた沼地》のことだ。どんな場所かって言うと、名前通りちょっと汚い沼地だ。
前回はサハギンの群れに追われたり、巨大蛙との戦闘やムキムキな魚人との激戦と、まあ大変な目に合ったものだ。
「むぅーーー!また汚れてしまいますわ!!」
「まあまあ、仕方ないだろ」
「ち、ちなみ、他のダンジョンはどうなんですの?」
「……確か、他のダンジョンは沼地より難易度あるみたいだけど、いけるのかい?お嬢さん」
「むぐぅ……」
「大丈夫だよ、ベル。拙者も、頑張るから」
「分かりました~……ベルさんにそう言われたら断れないですわ……」
おい、俺だったら断るのかよ。
まあいいや、とりあえず今日はダンジョンチャレンジといこう。
「ようし、そうと決まれば、出発だ! せっかくならボスモンスターってのも一目見てみたいな!」
「はぁ……何でちょっと楽しそうなんですの? まあいいですわ、ワタクシのセバスチャンが、誰であろうと倒してみせますわ!」
「……切り刻む」
ベルはフフンと腕を組み、ラヴィは愛おしそうに刀を撫でる。いいね、ヤル気満々じゃないか。
後は、空回りしなければいいんだけどなぁ……
* * *
ボスモンスター。
それは、ダンジョンにしか存在しない特別なモンスターで、倒すことでボスドロップとかいう報酬が貰えるらしい。気になる報酬は、ゴミみたいなものから高価な装備品など様々で、実にゲーマー魂を沸かせてくれる。
俺は密かに、期待に胸を膨らませながらダンジョン内を進む。相変わらずのどんよりした空気に、ぬたぬたの足場が気持ち悪い。
「ところで、このダンジョンのボスってなんですの?」
「はぁ?お前、そんなことも知らずにダンジョンに挑んでるのか?」
「なっ……!ワタクシ位ともなれば、そんなもの知らなくとも楽勝なんですのっ!」
「んなこと言って、サハギンに追い掛けられてピーピー泣いてたくせに」
「泣いてなんかいませんわ!」
バシッ!と、ベルから強めのツッコミを頭にくらう。確かに、泣いてはいなかったな。騒いだり、俺を囮にしようとしただけだったな!うん、尚更タチ悪ぃ!
「分かった、悪かったって! ……ええと、このダンジョンのボスだな?それはズバリ――」
「あいつ」
「「へっ?」」
唐突にラヴィが立ち止まり、沼地の奥を指差す。うっすら霧がかった沼地には、アシのような植物と枯れた木しか見えない。
「なあ、ラヴィ。あいつ"って、どいつ?」
「ワタクシも、さっぱりですわ」
「あの、生えてるやつ」
「生えてるやつって……あの木?」
「そう。木じゃ、ないけど」
ラヴィに言われて、よく目を凝らしてみる。少し霧が晴れ、徐々に姿を現し始める。ぐねぐねと小さく、不規則に揺れる木――いや、あれは木なんかじゃない。一部の人には大人気コンテンツ、触手だ――!!
太いタコの足のようなものが、地面から空に向かって伸びている。吸盤の代わりとでも言うように、触手にはいくつもの目がギョロついている。見ているだけで不快感マックス、鳥肌が体を駆け巡る。
「うげぇ……!なんだあいつ、気持ち悪ぃ!」
「えぇ!?『なんだ』って、マヒルさんこそ分かってないじゃないですか!」
「図鑑には文字しか書いてないんだよ! いや、にしても想像以上だなありゃ……魚人とか蛙なんかの比じゃないぞ、きっと」
「……どうする、やる?」
ラヴィは一人落ち着いて、戦闘準備を整えている。
いや、ボスドロップは魅力的だし、何より"ボスモンスターを倒した"という実績は欲しい。けどなぁ……
「……ま、まあ、やるだけやってみるか?」
「ふ、ふん!どうしてもって言うなら、ワタクシもやりますわよ?」
「足震えてんぞ?無理すんな」
「こ、これは武者震いですわ!」
「二人とも、静かに。行くよ」
こうして、俺たちはボスモンスターに挑むことになった。まだ全容の見えない、不気味な触手に。
次回、沼地の触手VSパライジング・グレイス!ベルとラヴィの運命やいかに!?お楽しみに――!ってか。




