77話 肉と狂乱の宴
「かんぱあぁぁぁい!!」
俺はエールの入ったジョッキを高々とか掲げ、宴の始まりを宣言する。ベルとラヴィは、新鮮なミルクの入ったグラスを小さく上にあげた。
「おい、何沈んでんだよ!祭りだぞ、祭り!」
「いや、それはマヒルさんが……」
「うん……」
どうやらさっきのことをまだ恨んでるようだが、先に俺のことを見捨てたのは二人のほうだ。俺は悪くねぇ!
……とはいえ、みんなで楽しんだほうが良いに違いない。ここは一つ、秘密兵器の出番といこう。
「……そっか、俺みたいに変な格好したやつと一緒じゃ楽しめないよな。ごめん」
「マヒルさん、そんな――」
「だから、超高級肉は俺一人で食べに行ってくるから、二人はゆっくり楽しんでてくれ」
「「!?!?」」
途端に目の色が変わった二人は、ミルクをこぼしそうになりながら身を乗り出してきた。
「こ、こうきゅ……!?超高級……!?」
「……マヒル殿、一生着いていきます」
ラヴィはそう言うやいなや、ミルクを飲み干してちゃっかり俺の隣を確保した。ベルも慌ててミルクを飲み、気管にでもひっかけたのかむせている。
「……なーにやってんだよ、お前は」
「ゴォッホ、ゲホッ……!わだじも、いぎまずぅ!」
「うわぁ……」
ベルは、それはそれは卑しい顔をしながら俺ににじりよってきた。超高級肉の破壊力たるや、凄まじい。
「分かった分かった。じゃあ、みんなで良い肉を食べに行くぞぉぉー!」
「「おぉー!」」
* * *
俺たちは超高級肉が食べられるということで、商業ギルドが直接携わっている屋台へ向かった。そこは、出で立ちからして他の屋台とは明らかに違う、いかにも高級そうな雰囲気を漂わせていた。
どっしりとた暗色の木材とレンガで組まれた屋台。焼き台や石釜も充実していて、既にポテンシャルの高さが伺える。何より、芳ばしい肉の匂いがたまらん……!
ぼおっと屋台を覗いていると、恰幅の良いおっちゃんがにこにこ顔で現れた。
「あぁ、これはこれはマヒルさん!いつでもお肉はご用意できますよ!」
おっちゃんはそう言うと、道に並べられた簡易的なテーブルへと案内してくれた。
「さあさあ、カウボーイ様特別メニューです!お代は結構ですので、今日は好きなだけ楽しんでくださいね!」
そう言っておっちゃんは、俺にメニュー表を渡す。「お代は結構」とは、随分と嬉しい響きだ。
メニュー表をめくると、早速両隣からベルとラヴィが詰め寄り、食い入るようにメニュー表を見つめる。
「ワタクシ、この特別牛串っていうの食べたいですわ! できれば二十本程……!」
「せ、拙者は、この極厚ステーキ……!」
「えぇ、ステーキですの!?ハレンチですわ……!シェアしましょう!」
「うん、拙者も、串食べたい!」
二人とも、口の端によだれを溜めて臨戦態勢に入っている。大量の串に、極厚ステーキたぁ、初っぱなからフルスロットルだな。
「じゃあ俺は……牛のほろほろ煮込みと、特製ビーフジャーキーにしようかな。あと、もちろんエールも」
こうして俺たちは欲望のままに注文を続け、しばらくするとテーブルには夢のような光景が広がっていた。どかどかと皿が運ばれ、溢れんばかりの肉、肉、肉――うん、確実に頼みすぎレベルだ。
「こりゃあ、すごいな……まさに肉の宴だ」
「ふ、ふふ……物凄い絶景ですわね……!」
「全部、食べ尽くす……!」
肉の焼ける匂いというのは、本能に直接語り掛けてくる何かがある……!ベルなんか、じゅるりと音をたてながら手をわきわきと動かしている。ワンチャンでももう少し品よく待てできるぞ。
「じゃあ、早速……」
「「「いただきまーーーす!!」」」
まずは牛のほろほろ煮込みに手をつける。筋繊維がはっきりしている。脂身の少ないもも肉か肩肉だろうか?だが、フォークを刺した瞬間に崩れてしまう程よく煮込まれている。
大きな肉の塊を、こぼれないように慎重に口に運ぶと、口の中でほろほろとほどけていく。甘さの中にほんの少し酸味の効いたソースが絶妙だ……!
「ほろほろ煮込みやべぇ……!めっちゃほろほろ……!それに、このソースと肉の組み合わせ、まさに最適解って感じだ!」
「いえいえ、この牛串だって負けてませんわよ! 一本の串に色んな部位が混ざっていて満足感がすごいですわ!それにシンプルな塩味ながら、肉の旨味と脂の甘さが抜群ですわ……!」
「この、ステーキ……!すごい、分厚い!美味しい!」
俺たちは、それはもう夢中で肉にありついた。現実世界でも、ここまでうまい肉料理を食べた覚えはないってくらい、本当にレベルの高い味だった。
気が付けば俺はエールを何杯も飲み干し、ベルは「ワタクシは貴族時代より今が幸せですわぁぁ……」と頬に牛串を押し当て、ラヴィは「うふふ……拙者、武士道より、肉道を選ぶ……」と謎の悟りを開き、三人そろって完全に"出来上がって"いた。
だが、不思議と俺は焦ることなく、その場を楽しんだ――と、思う。なぜなら、その時の記憶がないからだ。
翌日。顎が筋肉痛になっていたこと。干し草で編んだマフラーを三分の一位食べていたこと。そして角付きテンガロンハットを被ったまま、ベルとラヴィを交えて道のど真ん中でカントリーダンスを踊り狂っていたらしいこと――全部、人伝に聞いた。
……うん、それもまた醍醐味ってもんだ。
さぁて、来年からは絶対に出ないからな、こんな祭り。絶対に。
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