75話 噂のカウボーイ
ラヴィの暴走劇からすぐに、俺はギルド職員に促されるまま冒険者ギルドへ向かった。
ハルヴァンとはたんぽぽ亭で別れ、ベルとラヴィは俺が「ついて来なくていい」って言ってるのを聞かずに、結局いつものパーティーメンバーでギルドへ向かうことになった。
本音を言うと、頭を打った訳だしラヴィにはもう少し休んでいて欲しい。だが、本人が元気だっていうし、言っても聞かないだろうから諦めた。
ギルドへ到着すると、建物の周りには物凄い人だかりができていた。ギルド職員たちはそれぞれが対応に追われ、せわしなく動き回っている。
「うわ、やっばいなあれ」
なんとなく歩幅が狭くなり、近づくのをためらっているとセラ姐と目があった――いや、あってしまった。
「やべっ」
「あっ、マヒルさん!そんな所にいないで早く中まで来てください!!」
来てくださいったって、この人混みの中どうやって進めばいいんだよ……
――と思っていると、ふいに人だかりは静かになり、一斉に視線を俺に向ける。
いやいや、え、なに?
「カウボーイが来たぞぉぉぉぉぉ!!!」
誰かが叫ぶのを皮切りに、みなが一斉に「うおぉぉぉぉ!」と騒ぎ立てる。俺たちの周りはあっという間に囲まれ、ものすごい熱気に包まれる。
「え、な、なんですの!?マヒルさん、何をやらかしたんですの!?」
「お、俺はなにもやってねぇ!!」
「悪いことした人、みんなそう言う」
「ラヴィ、なんでそういう変な知識はあるの!?」
俺たちを取り囲んだ人たちは口々に「カウボーイ」だの「牛」がどうのこうのと言っている。だが、少なくともそれは怒号ではなく、むしろこれは……”歓声”だ。
ちらほらと指笛が聞こえ、肩を小突かれたり頭をワシワシっとされたり、お祭り気分のもみくちゃ騒ぎだ。いや、いてぇよやめろって。
「マヒルさん、ほら!」
見かねたセラ姐が近くまでやってくると、俺の手をグイっと引っ張りギルドの中へ通した。
あれだけ人であふれていた通りに反して、ギルドの中は職員以外無人だった。
「ふぅ……なんだったんだ」
「人、すごかった」
困惑しながらも、ようやく一息ついた俺を見てセラ姐は大きなため息をついた。
「あのですね、外の騒ぎはマヒルさん、あなたのせい――いえ、正確にはあなた方の"おかげ"です」
「え、えぇっ!? 俺たちなにか――」
そう言いかけたところで、今朝からのドタバタを思い出した。牛追い祭りに始まり、謎の赤い牛の撃破……といっても倒したのはラヴィだけど。
あぁ、なんか納得。
「改めて、スカーブルズの討伐、ありがとうございました。あなたたちパーティーの迅速な対応のおかげで被害は最小限に抑えられました」
そう言うとセラ姐は深々と頭を下げた。
「いえいえ、俺たちは自分たちにできることをやっただけですし……」
「その、"自分たちにできること"を、いざという時にできる人は極限られています。あなたたちの行動は冒険者として、見本となるものだと思います」
セラ姐からの深い称賛。なんか、体がモゾモゾする。
「ふ、ふふ……!貴族として、当然のことをしたまでです……!」
「せ、拙者も……武士として、やることをやっただけ」
「……おい、二人とも。立派な事言ってる割に口の端がピクついてんぞ。素直に気持ちを受けとっときな」
俺がそう言うと、二人は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。まったく、可愛いやつらだ。
「……あ、セラーナさん、外の人だかりは何であんなになってるんですか? 俺たちはスカーブルズを倒したってだけじゃないですか」
「……あれは、今年の『カウボーイ』の誕生を祝う気持ちと、その幸運にあやかりたいという人の集まりですね」
「カウボーイ……?さっきもチラッと聞こえましたけど、それなんなんですか?」
セラ姐は目を大きく見開き、信じられないというような顔で俺を見る。いや、そんな顔しないでよ。知らないもんは知らないんだし……
「あなた、何も知らないで参加してたんですか……?」
「いや、なんか肉が食えるって聞いたそこの二人に無理やり参加させられました」
「「なっ……!」」
ベルとラヴィはさらに顔を赤くしている。
俺は悪くない。事実を言ったまでだ。
「はあ……まあ、いいです。確かにお肉料理も振る舞われますが、牛追い祭りで一番活躍した人はカウボーイと呼ばれ、向こう一年はその称号を得ることができるんです」
「……カウボーイ、ですか。それっていいことです?」
「それはもう、大変名誉なことですよ!なにせ、その年を代表する人ということで、力と勇気の象徴とされ、主催の商業ギルドからも様々な支援が受けられ――」
鼻息を荒くしながら延々とまくしたてるセラ姐。早口で何言ってるかもうわからん。
それにしても、カウボーイ、か。
日本で言うところの"福男"みたいなノリかな?元の意味とは大分違うかもしれないけど……
まあ、福男よろしく"牛男"なんて呼ばれるよりは百倍マシだな。
なんにせよ、訳のわからない祭りってことには変わりないけどな!




