74話 ラヴィの本能
急いでたんぽぽ亭に戻った俺たちは、ラヴィをベッドに寝かせた。顔色は悪くない、むしろすやすや眠っているようで安心したが……あの"暴走"とかいうやつ、その正体を俺はまだ知らない。
だから今、こうして向かいに座るハルヴァンから、ちゃんと説明を聞いておく必要がある。
「――さて。お前たち、獣人についてどれくらい知ってる?」
低い声でそう問いかけられ、俺は腕を組んだ。
「うーん……人っぽい見た目だけど、耳や尻尾とか動物的な部分がある……そのくらい、かな」
隣のベルもすぐに頷く。
「ワタクシもそれ位の認識ですわね」
ハルヴァンは鼻で笑った。
「まあ、普通はそんなもんだろうな。だが――まず獣人ってのは、姿こそ人っぽく見えるだけで、本質は獣だ。体の使い方も違うし、質も違う」
「質……?」
俺が首を傾げると、ハルヴァンは顎でベッドのラヴィを指した。
「ああ。お前より細く見えるあの娘だが、力はお前の何倍もある。しなやかで強靭な筋肉の賜物だな」
「……そ、そんなにか」
言われてみれば、ラヴィが剣を振るう時の速さは尋常じゃないし、巨大羊をぶっ飛ばしたりでかい戦斧を引きずり歩いたり、何度もそういうシーンを見てきてる。
ハルヴァンはさらに言葉を続ける。
「ちなみに俺みたいな亜獣人ともなると、人間との力の差は歴然。獣人であってもそうそう勝てないだろうな」
どや顔だ。まあ事実なんだろうけど、こう堂々と言われると腹立つな。
「さらに言うと、獣だっていうのは体だけじゃねぇ。心、強いてはその血に至るまでと言っても過言じゃない」
「血……?」
「ああ。さっきの暴走がまさにそれだ。抑えきれない"獣の衝動"ってやつだな」
思い返すと、あの瞬間のラヴィはまるで別人だった。目は理性の光を失い、ただ獲物を狙う獣そのもの……
目で追えない程のスピードに、猛牛二体を一人で倒してしまう程の力。いやいや、そんなの俺がどうやったって勝てる相手じゃない。
ベルが不安げに声を上げた。
「じゃあ、どうすることもできないんじゃありませんの……?」
だがハルヴァンは首を横に振る。
「いや、そうでもないさ。あの様子から見て、今回が初めての暴走だったんだろうから、これから徐々におさまっていくと思うぜ?」
「……でも、もしまた暴走したら?」
俺は口に出さずにはいられなかった。
ハルヴァンは笑って俺を見た。
「そん時は、お前が麻痺で止めてやったらいいんじゃないか?」
俺が――止める?
そんなこと、できるのか? ……いや、できるかじゃない。やらなくちゃいけないんだ。俺にしかできない役目なら、逃げる理由なんてない。
「……その時は、何としても止めてみせる」
言葉にすると、心が少しだけ覚悟を固めた気がした。
ベルも力強く頷く。
「もちろん、ワタクシもですわ!」
ハルヴァンは口元を緩めた。
「あぁ、そうしてやるといい。いくら強くても心は繊細だ。傍で支えてくれるやつがいるってのが、あの娘にとっても何よりの支えになるだろう」
俺とベルは深く頷き合った。
――その時。
「ん……」
小さな声が聞こえた。ベッドに横たわっていたラヴィが、ゆっくりと目を開ける。
「ラヴィ……! おい、起きるな、そのまま寝てろ!」
「もう、大丈夫ですからね!」
俺とベルが慌てて声をかけると、ラヴィは困惑した様子で辺りを見回した。
「え、ここ、どこ? 拙者は何を……? あれ、あなたは……ハルヴァン殿……? なんで、ここに?」
「……ラヴィ、落ち着いて聞いてくれよ?」
俺はできるだけゆっくりと、スカーブルズをラヴィが倒したこと、その時の暴走のこと、そしてハルヴァンとの戦いについて説明した。
ラヴィはしばし呆然とし、やがて俯いた。
「……不覚。まさか拙者が、そんなことを……すみません、ご迷惑を、おかけしました」
そう言って起き上がろうとするのを、俺は慌てて押しとどめる。
「わあ、ちょっと! まだ寝てろって……!」
だが、ハルヴァンは笑った。
「まあ、いいじゃねぇか。多分その娘、今相当元気なはずだぞ? なあ」
促されるようにラヴィは自分の体を見下ろし、首をかしげる。
「え? ああ、そういえば……体が軽い。それに、お腹も、空いた」
俺とベルは同時に息を吐き、顔を見合わせて小さく笑った。
――が、その穏やかな空気を破るように。
ドタドタと足音がして、部屋の扉がノックされた。
「はい」
俺が答えると、扉の向こうから声が響いた。
「ギルド職員です!マヒルさん、今すぐギルドまで来ていただけますか」
おいおい、今度はなんだよ。
こっちは一騒動終えたばかりなんだ、少しは休ませてくれぇ……




