72話 ケモノとケモノ
牛追い祭り。みんなが楽しみにしていたはずのこの祭りは、二体の荒ぶる猛牛によって終わりを告げた。そして俺たちの目の前には、そいつらが揃ってゴッ、ゴッ、っと地面を蹴り鳴らしている。
「よ、よし……とりあえず、まとめて麻痺らせれば逃げられるか……?」
「マヒルさん、任せました……!ワタクシはラヴィを――え?」
ベルが不意に言葉を詰まらせた。俺はウシたちから目を離さないまま尋ねる。
「なんだ、どうしたベル」
「ラヴィの体が……凄く熱くて……いえ、それだけじゃありません、なんだか様子が変ですわ!」
――グルルルル……
地を這うような唸り声が響く。
その声の発生源は――ラヴィだった。
「グルル……」
ラヴィは肩で大きく息をしながら立ち上がると、ギリギリと歯を食い縛り、瞳孔を細めた。
一歩、また一歩とウシへ近づくその姿は、まるで獲物を狙う肉食獣。
「おい、ラヴィ、大丈夫か!? おい、落ち着け――」
制止の声も届かず、俺の手を荒々しく振り払う。
そのまま駆け出し――
「グルルラアァァァッ!!!」
「ヴオォォオッッ!!!」
猛牛とラヴィがケモノのようにぶつかり合った。
荒々しい突進を真正面から受け止め、角をすり抜け、爪を立て、銀閃のように斬り裂く。
正確でしなやかな動きは美しい。だが、それは俺の知るラヴィじゃない。
血に飢えた銀狼そのものだった。
「……いつもの、ラヴィさんじゃありませんわ……」
「あ、あぁ……どうしよう、止めに入ったほうがいいのか……?」
「いや、止めといたほうがいいぜ」
突然背後から声をかけられ、思わず肩が跳ねる。
振り返ると、民家の屋根には、白い毛皮に覆われヤギの角とウサギの耳を持つ男――ハルヴァンがいた。
「お、お前は……ハルヴァン!どうしてここに……いや、それよりも止めといたほうがいいってのは……」
俺がそう言うと、ハルヴァンはヒョイっと屋根から飛び降り、音もなく地面に降り立った。
「お、お前は……ハルヴァン!?」
「よう、麻痺使い。止めるな、あれは暴走してる。近づけば見境なく襲われるぞ」
暴走――。
さっき俺の手を振り払ったのも、そのせいか。
あれだけ強いラヴィが襲いかかってきたら正直勝てる気がしない。だが――
「でも……二対一じゃ危険だろ!? それにラヴィは頭を打って――」
「ほう。だったら、見てみなよ」
視線の先、そこには二体のウシの亡骸の上で、恍惚の表情を浮かべて立ち尽くすラヴィがいた。その目はやがてゆっくりと俺たちを捉える。
「げぇっ……!」
「ほぅれ、来るぞ」
俺は咄嗟に左手を構える――と同時にラヴィが駆け出した!そしてすかさず【麻痺銃】を撃ち込む!
麻痺の弾が右足に命中し、ラヴィは体勢を崩してそのまま転倒――せずに、空中でぐるりと回転して体勢を立て直すと、地面を駆って四足、いや三足の姿勢で迫ってくる……!
「ギャウ、ギャウゥッッ!!」
「うわ、うおぉぉぉ【パライズ】ぅぅぅ!!!」
俺の右手から稲妻エフェクトが炸裂。
ラヴィの体が一瞬ビクッと硬直し、直後――
「ギギャギャギャギャギャギャ……!」
ブルブルブルと震え出す。
拘束、完了だ。
「はぁ、ふぅ、はぁ……」
「……ほう、すげぇもんだな、麻痺ってのは」
ハルヴァンは顎をさすり、感心したように呟く。
だが俺は息を荒げながら問い詰めた。
「はぁ……そりゃ、どうも……それで、ラヴィはどうしたらいいんですか?」
「ん、どうって?」
「いや、まさか暴走したまんまじゃないですよね?」
「ああ、そういうことなら、発散しきったら勝手に収まるだろうよ」
「え、発散って、それまでずっとこんな感じなんですか!?」
「そ、そんな……きっと怪我してますのに……!」
俺たちの言葉に、ハルヴァンはニヤリと笑う。
「それなら、俺がそのお嬢ちゃんの相手をしてやろう」
「え、あなたが……?」
「おお。なんだ、心配か?」
「いえ、そう言うわけでは……」
正直、ハルヴァンの身を案じる気持ちは多少あった。でも、ゴブリンを一蹴し、ホブゴブリンも玩具のように相手した男だ。実力者であることに間違いはないだろう。
「……すみません、お願いします」
「おうっ。お前たちはちょっと下がってろよ」
ハルヴァンはそう言うと、ぐぅっと腕を伸ばし、ぽーんぽーんとその場で跳躍を始めた。
そして、麻痺のとけたラヴィは「グルルル」と言いながらゆっくりと立ち上がる。
ケモノ同士の戦いが、再び始まろうとしていた。
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