71話 猛牛、迫る
街中に解き放たれた凶暴なモンスター、スカーブルズ。広場に集まった男たちは我先にと逃げ出し始め、辺りは騒然としていた。
「おい、ちょっと、落ち着けって――いてっ!おい、こらぁ!」
俺も人の流れに押され、身動きが取れないまま押し流されていく。
くそっ、誰一人として聞く耳を持たない。それだけやばいモンスターってことなのか……。でも、だとしたらあいつらを放っておいたら、それこそやばいってことだよな……!
「ぐっ、この……パライ――」
麻痺を放とうと伸ばした腕は、横からの体当たりに弾かれ、俺は無様に転倒した。
押し寄せる群衆に踏みつけられ、顔の周りをドコドコと駆け抜ける足音が響く。
「いい加減に――」
ふいに人の流れが途切れ、態勢を立て直した瞬間、視界に飛び込んできたのは――スカーブルズに軽々と吹っ飛ばされる男たち。
あぁ、これはマジでやばいやつだ。
「ヴヴオォォォッ!!!」
真っ赤な巨牛は群衆を押しのけ、通路の柵を木っ端みじんに砕きながら突進していく。
「大丈夫ですか、マヒルさん!」
「マヒル殿……!」
駆けつけたベルとラヴィ。ベルはすぐさま【ヤヤヒール】を詠唱し、俺の体を包む光がほんの気持ち程度に痛みを癒す。
「ありがとう、ベル、ラヴィ。俺は大丈夫だ……でも、あの牛は本気でやばい」
「……うん、あれ、C+ランクの危険度。強い」
「真っ赤っかでしたわね!」
「ああ、やばかったわ……」
本当なら今すぐ逃げるのが正解だ。だがその考えは一瞬で消えた。
麻痺魔法への絶対的な信頼と、危険な場所に飛び込んできてくれた仲間への信頼――その二つが、背中を押していた。
「うっし、それじゃあ……二人とも、”牛追い祭り”を始めようか」
「……!はいですわ!」
「……肉……!絶対、倒す」
パライジング・グレイスは、勝手に本当の「牛追い祭り」を始めた。
* * *
「マヒルさん、その先を右に曲がってください!」
「了解!」
「そしたら、あの路地をまっすぐです!」
俺たちは、複雑な街並みをくぐり抜けるようにして駆け回る。スカーブルズの後を追っても到底間に合わないことから、裏道にやたらと詳しいベルに従って、やつを待ち伏せしようという作戦だ。
小さな路地や狭い通路を抜けると、ガランと開けた大通りに出た。そしてこの場所に、徐々に衝突音が迫ってくるのが聞こえる。
「はぁ、はぁ……よし、間に合ったな」
「ふぅ……さ、さすが、ワタクシですわ」
「ああ。本当にな。 さて、後はあの赤牛を止めるだけだな。みんな、最大火力で叩くぞ!」
「了解」
ベルが魔法陣を展開し、ラヴィは抜刀の構えをとる。
そして俺はスタンブレイカーを展開し、左手は銃の形を作る。
「…………来た!」
バガァ!ドガァ!と手あたり次第に破壊を続けながら、スカーブルズが猛然と迫ってきた。
狙うは、前脚――
「射貫け【麻痺銃】ッ!」
麻痺の弾が赤牛の脚に命中し、スカーブルズが激しく転倒。その隙に俺は【パライズ】を畳みかけ、全身を麻痺で縛り上げた。
「今だ!いけぇっ!」
「はいっ!【サモン・セバスチャン】!!」
魔法陣から現れた屈強な執事のセバスチャン――の両腕が空を舞い、地面を抉るほどのストレートを叩き込む。スカーブルズの巨体が揺らぎ、鈍い衝撃音が響き渡った。
「参る……!」
続け様にラヴィが一気に斬り込み、筋肉に覆われた巨体へ鋭い刃を浴びせる。斬撃は浅くしか通らないが、立て続けに何度も刀を振り抜き、赤黒い血が飛沫を散らす。
俺はスタンブレイカーを地面に擦り付け、火花を散らしながら駆ける。相棒に電流が蓄積し、青白い火花がバチバチ爆ぜる。
「久しぶりの大技だ……!喰らえ【超電撃滅】!!」
ドゴォォォン――!!落雷のような轟音と共に、雷撃がスカーブルズを直撃。巨牛は弾き飛ばされ、ついに動きを止めた。
……そう思った瞬間――
「ヴォヴォオォォォッ!!」
ドガァッ!と隣家を突き破り、もう一体のスカーブルズが乱入してきた。瓦礫が弾丸のように飛び散り――
「ラヴィ!!」
次の瞬間、ラヴィの頭に石片が直撃。彼女は通路の端に崩れ落ち、意識を失った。
「くそっ……!まずはあいつを麻痺らせて――」
言いかけた俺の目の前で、倒れていたはずのスカーブルズがのそりと立ち上がる。
二体の巨牛が同時に咆哮し、通路が震えた。
「「ヴォヴォアァァッ!!!!」」
絶望的な二重奏。
俺は震える腕を押さえつけるように、スタンブレイカーをきつく握りしめた。
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