6話 消えたセバスチャンと泥んこ貴族
──日はすっかり傾き、空の端がじんわり赤く染まり始めていた。
「なあベル。セバスチャンってやつ……もう少しで来んのか?」
俺は木の根に腰かけ、空腹を堪えながら問いかけた。隣では、例のお嬢が腕を組んでぷいっとそっぽを向く。
「……ベルじゃなくて、ベルフィーナです。それに、セバスチャンは……来ます。きっと来ますわ」
「いや、もう夜になるぞ?」
「セバスチャンは必ず迎えに来ますの!」
むっすり顔で言い張るベル。俺は小さくため息をついた。
──その時だった。
ガサッ……ガサガサガサ……!
草むらが不自然に揺れる。俺はすぐ立ち上がり、身構えた。
「出たな……ッ! ベル、来たぞ! ほれ、セバスチャンか!?」
「え、うそ、ほんとに……?」
茂みの奥からのっそり現れたのは──朝に見た、あのバカでかいネズミだった。ごわごわで毛むくじゃらの体、鋭い歯、そして妙に余裕のある足取り。
「セバスチャン、お、お前ネズミだったんか!?」と俺が茶化すと──
「うぅ〜……」
ベルがぽろぽろと涙を浮かべて震え始めた。
「……わ、わかったって! 悪かったよ、な? ジョークだって!」
慌てて両手を上げてなだめる俺。ベルのテンションはジェットコースター並に振れ幅がでかい。取り扱い注意だな。
「……とりあえず腹減ったし、あいつ倒すか」
俺が冷静に言うと、
「! ちょちょちょ、ちょっと待ってくださいましっ!?」
ベルの絶叫に、ネズミがびくっと反応。くるりと踵を返し、森の奥へと逃げていった。
「おぉい! せっかくの肉が逃げたじゃねえか!」
「だ、だってあれ、〔オオネズミ〕っていうモンスターですのよ!? 臭いし、筋張ってるし、ぜんっぜん食べられたものじゃ──……はっ」
「……」
俺はじとーっとベルを見た。
「……食ったことあるんかい。お嬢様が」
「……うぅぅぅ……ご、ごべんなさいぃぃっ!」
ついに観念したのか、ベルが地面に座り込んで顔を両手で覆った。
「ワタクシ……ほんとうは……貴族ではなくて……いえ、厳密には“元”貴族だったのですけれどもぉぉ〜〜〜!!」
いや、そうだろうとも。そんなフランケンみたいな継ぎはぎ衣装の貴族がいてたまるか。
「セバスチャンなんて人、本当は来ませんのぉ~~~!!ワタクシの強がりですのぉ~~!!」
──泣きながら、ようやくボロを出した。
やっぱりな、と俺は内心思っていたけど──思ってた以上に、ベルフィーナ=エーデルワイス嬢、面倒くさいやつだった。
「さて、こっからどうするかな……」
俺は空を仰いだ。太陽はとうに傾き、空は茜色から群青へと染まりつつある。木々の影が長く伸び、風が妙に冷たくなってきた。
「夜になったら、何が出るか分からんしな……」
さっきのオオネズミとやらがゾロゾロ出てきたら、さすがの俺も笑って済ませられない。
「ああ、それでしたら、ここから一時間ほどで街に着きますわよ?」
さっきまでの涙はどこへやら、ベルがいけしゃあしゃあと、まるで夕方の天気予報でも読むかのように言った。
「……は?」
思わず素の声が漏れる。
「え、いや、街? マチ? それ、先に言っとけよ!? マジでどっかで野営する覚悟してたぞ、こっちは!」
俺の声が裏返る。
なんかもう、精神的にも声変わりしそうだった。
「だって……貴族ですもの。徒歩で移動するなんて……その……思いつかなくて……」
ベルは袖をぎゅっと握って視線を逸らした。だが、俺は騙されねぇぞ。お前、さっきネズミ食ったって言ってたからな?
「……行くぞ、ベル。とりあえず街へ」
呆れを押し殺し、俺は歩き出す。
すると背後から、困惑した声が飛んできた。
「えぇっ、歩くんですの? し、しかもこの時間からっ? この地面、ぬかるんでいて足が汚れますし、道中で草の汁が飛んだりしたらドレスがっ……」
「じゃあお前は“セバスチャン”が来るのを信じて、ここで一生待ってろよ」
俺は無情に言い捨て、背中を見せてぐいぐい歩く。
「ま、待ってくださいまし! 今すぐ行きますわよ! 行けばよろしいんでしょ!」
ベルはドレスの裾をたくし上げ、ぺたぺたと不器用な足取りで追いかけてきた。
俺は無言でニヤリと笑う。
──ま、こんなもんか。異世界の旅の始まりってやつは。
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