67話 お披露目会は湿原で
「早くクエストに行きますわよ!!」
たんぽぽ亭にベルの甲高い声が響く。
うちのお嬢様は今日も朝から元気だ。何でも、昨日買ったバトルドレスを早速使いたいとのことらしい。……気持ちは分かるが、ベルの目元には青黒いクマが。楽しみすぎて眠れなかったのかい、お嬢ちゃん。
「分かったから、落ち着けって。ラヴィの準備はできたのか?」
俺がそう言うと、ベルの後ろから完全装備のラヴィがスッと姿を現す。
「……できてる。行こう」
「……分かった分かった。ちょっと待っててくれ」
はあ、ベルとラヴィは準備万端、いつでも行けるって顔してる。
俺は残ったパンとスープをかきこむと、準備を済ませて早速ギルドへと向かった。
「ふむ……どれにしようか」
「Dランクともなれば、受けられるクエストが増えましたわね」
「だな。草を集めたりペットの捜索とかが懐かしいぜ」
俺たちがDランクの冒険者になってから、クエストの幅がぐんと広がった。選択肢が多すぎて、どれにするか毎回迷うレベルだ。特にこの街では、危険度の高いモンスターがいない代わりにCやDランクのモンスターが多いらしい。まあ、俺たちにとっては丁度良い難易度でありがたいが。
「……これ」
「おっ、どうしたラヴィ。良さそうなのあったか?」
「カメさん」
ラヴィはそう言って、一枚の依頼書を渡してきた。
ーーー
【討伐クエスト】
Dランク
依頼内容:アイアンタートル五体の討伐
目的地:アルクーン市外・南の平原、湿原付近
報酬:四千ゴルド
ーーー
「〔アイアンタートル〕? いかにも硬そうな名前だな」
「これ、マヒル殿がいると、楽勝かも」
「へえ、ってことは、俺の麻痺が大活躍するって訳か。よし、行こう」
「即決ですの!?」
こうして俺たちは、アイアンタートルとかいうカメ退治に出かけることになった。カメと聞けば楽勝そうだけど、カミツキガメとかワニガメみたいなのが出てきたら正直怖ぇな。まっ、なんでも麻痺らせればいいだけか。いざ、カメ退治へ!
* * *
アルクーンの街から南。馬車で三十分程進むと、草原から続いて小さな湿原が現れた。沼地のような陰惨さはなく、どこか涼しげで良いところだ。
「……」
「……? どうしたベル?」
湿原についてからというもの、ベルは少し不機嫌な様子だ。
「……こ、こんな所で戦ったら汚れますわ!!」
「あー、そういう……」
「えぇ、これワタクシ何かおかしいのですか!? せっかくのおニューのドレスだというのに……!」
「まあ、ドレスっていっても、冒険者向けの装備って言ってたしな」
「うん。バトルドレス、だって」
「それはそれ、これはこれですわ!!」
買ってもらったばかりのドレスが汚れるからと、ご機嫌ななめなお嬢様。いや、そう言われたら確かにドレスのことなんて何も考えずにクエスト選んじゃったな。反省。
「ま、まあまあ落ち着けってベル。今回は楽勝みたいだし、そんなに汚れないと思うぞ?なあラヴィ」
「うん」
「ほら、ラヴィもこう言ってることだし、な?」
「うぅ……少しでも汚れたら恨みますからね……」
んな無茶苦茶な……まあ、ここは俺の力でパパっと終わらせてやりますか。
「さあ、カメちゃんはどこにいるかな?」
「ああいう、岩の近くに、潜ってたりする」
ラヴィが指差したのは、人が数人乗れる位の大きさの岩だ。その周りには、透明な水がゆるゆると漂っている。よく目をこらすと、地面から少し飛び出て、ゴツゴツとした金属質の何かが見える。
「もしかして、あれか?」
「うん」
「まさに鉄っぽい見た目だな」
「……思ったより大きいですわね」
ベルの言う通り、でかい。甲羅だけでも一メートルはあるだろう。俺たちが近付くと、モゴモゴと地面がせり上がり、アイアンタートル現れた。一体が姿を現すと同時にあたりから何体も這い出てきて、ずしずしと重たい足取りで迫ってくる。さすがカメ、遅っせぇ。
「んで、あれはどうやったらいいんだ?」
「とりあえず、まとめて痺れさせて」
「了解だ」
俺はタイミングを見て【麻痺連鎖】を放つ。カメの間を次々と稲妻が走り、カタカタと震えだす。
「よし、次は?」
「全部、ひっくり返して」
「えっ、りょ、了解だ」
ラヴィに言われるがまま、アイアンタートルの甲羅に手を掛け、ひっくり返――
「――らないっ!!無理これ重いっ!!」
「ふ、ふぐぎぎぎぎ……!」
なんだこと鉄塊……!?多少ぐらつくくらいでひっくり返る気配なんて微塵もないぞ!?ほら、ベルなんか生まれたての子鹿みたいになってる。
「……?なに、してるの?」
ラヴィは一人平然と、それはもう作業のようにコロン、コロンと。
あれ、ラヴィってゴリラ獣人だったっけかな。
「ちょ、無理だこれ!重い――」
俺が再び手を伸ばした瞬間、麻痺が切れた一体が突然ガバッと噛みついてきた!
鋭い顎が目の前でガチンッと音を立てる。
冷や汗ダラッ。マジで腕持ってかれるかと思った……!
「っぶねぇ!?【麻痺連鎖】っだおらぁっ!!」
再びカメ、硬直。
「ベル!二人がかりだ!」
「は、はいですわ!」
「せえの――」
「「よいしょーーーっ!!」」
俺とベルは力を合わせ、昔話の「大きなかぶ」よろしく、重たいカメをひっくり返して回った。
麻痺が切れることには、俺たちの目の前にはひっくり返ってじたばたと動くアイアンタートルが。
「うわぁ……なんかすごい罪悪感。子どもがやってたら絶対親にブチ切れされるやつだろこれ」
「す、すごいですわね……でも、ここからどうするのですか?」
「後は、これ」
ラヴィは腰の刀をスラリと抜くと、裏返しになって動けなくなったカメの首元目掛けて、淡々と刀を――ここからは自主規制だ。
ただ一つだけ分かったのは――カメは首がなくなってもしばらく動くらしい。
ああ、今晩絶対に夢に出てくるな、これは。
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