66話 お嬢様の証
商業通りの一角、少し高級そうな店構え。そのショーウィンドウを飾るドレス一式は――八万ゴルドという大金だった。
店員さんは営業スマイルの裏で「買えるわけないだろう」という冷ややかな視線を投げてくる。うむ、まあ、俺のボロ麻布姿を見ればその反応も正しい。
「いや、お金ならあるんですよ。だから、さっき試着室に入った金髪の子に着付けしてほしいんですけど」
「しかし……あのバトルドレスは、正直、私でも手が出ない代物ですが」
「払います払います。っていうか、バトルドレスって言うんですね、あの服」
「ええ。『冒険者にも気品を』というモチーフで作られたそうですが……品質を上げすぎてこの値段に」
なにその伝説。けど、モチーフからしてベルにピッタリじゃん。これは決定だな。財布は泣くけど……。
――ベルは元貴族。失ったものは凡人の俺では計り知れないものがある。
だからこそ今の彼女には、「自分の居場所を象徴する何か」が必要なんだと思う。
懐に余裕がある今、それをしてあげられるのは俺たちしかいない。これもまた、"運命"ってやつだろう。
――戦うための気品あるドレス。
それが、きっと彼女の支えになってくれると信じて。
俺は会計を済ませ、こっそり店員さんに運んでもらうよう頼んだ。勿論、ベルには内緒で。
試着室のほうからは、「えぇ!?いいんですの!?」「キャアァーー素敵ですわ!」と楽しそうな声が響いてくる。
やがてドレス姿のベルが誇らしげに出てきた。その姿はまさしく"戦う貴族令嬢"。
「ふふん、どうですか?」
「うん、めちゃくちゃ似合ってる!」
「ベル、素敵」
「ふふん、そうでしょう……!」
ベルは嬉しそうにくるくる回り、満喫している。さて、用事も済んだし帰るか。
「ありがとうございました!」
「またのお越しを!」
俺はベルの手を引いて店を出た。
「えっ、ちょっ、マヒルさん!? これ着たままですわ! それに靴も!」
「もう買ったから大丈夫」
「え、えぇ? 買ったって、何を?」
「そのドレスと靴」
「へ……? え?」
状況が呑み込めないベルに、ラヴィがトテトテと近寄る。
「……これ、プレゼント」
「プレ……え?」
「おいおい、察し悪いなー。ベル。これはお前の新しい装備だ!」
「えぇぇぇぇ!?!?」
ベルは大慌てで手を振る。
「い、いただけませんわっ!? 一体いくらしたんですの!?」
「総じて八万ゴルド」
「はちっ……はひゃっ!?!?」
奇声を上げて後ずさるベル。
「もしかして、嫌だったか?」
「そ、そんなわけありませんわ……むしろ、こんなに嬉しいのは久しぶりで……」
「なら、いいじゃん」
「こ、こんな高価なものを……?」
「だって、この服が似合うのはお前だけだろ。なあ、ベル?」
「うん。とっても素敵」
「なぁっ!?」
ラヴィの不意打ちに、ベルの顔がみるみる真っ赤に染まる。
「……ありがとうございます。大切にしますわ」
うっすら涙を浮かべ、笑うベル。その声が震えていて、俺の胸もぎゅっと締め付けられる。
「……本当に似合ってるよ」
「ふふっ、当然ですわ! ワタクシこそが、高貴なる天才魔法使い、ベルフィーナ=エーデルワイスですもの!」
「ベル、かっこいい」
「天才かどうかは知らんけどな」
「ちょっとぉ!?」
俺たちの笑い声が通りに響いた。財布はすっからかん。でも、心は妙に満たされていた。
――そう、このドレスはただの布じゃない。ベルと俺たちが共に進む証なんだ。
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