65話 お嬢様の服事情
いつも通りの朝、俺はたんぽぽ亭の食堂でぼんやりスープをすすっていた。
今日は何するかなー、楽して稼げる仕事ないかなー……なんてことを考えていると、階段からベルが降りてきた。
「おはようございますわ」
「おう、おはよう、ベル」
俺は宿から借りてる麻布の服。対してベルはしっかりおめかししており、相変わらずの継ぎはぎドレスに、不揃いの靴。
……いや、今さらだけど、それ普通におかしい格好じゃないか?なんで今までスルーしてきたんだ俺。
「あら、今日はキノコのスープですのね! 楽しみですわ~」
ルンルン気分で近づいてくるベルのドレスは、裂けやほつれが目立ち、継ぎ足しも限界。すでに衣服としての寿命を迎えていて、もはやゾンビと化している。
「なあ、ベル」
「はい、なんですの?」
「ちょっと提案があるんだが」
「なんですの? 改まって」
「頼むから、服を買ってくれ……!」
* * *
朝食後、俺はベルを説得して、ラヴィも誘って三人で商業通りへ。ベルは最初こそ困惑していたが、自分の格好を見ると「い、今すぐにいきますわよ!」と言ってそそくさお準備していた。
「……この格好に慣れすぎていて、服を買うという概念が欠如しておりましたわ」
「いや、どんだけ着てたんだよ、その服」
「ざっと十年くらいでしょうか」
「げぇっ!? ばっちい!!」
「なっ……! ちゃんと洗っておりますわ!」
洗ってるとかそういう問題じゃねぇ!十年って数字がすでに異常なんだよ!
「……ベル、十年ずっと同じ服?拙者の村の人より、すごい」
横でラヴィが尊敬の眼差しを向ける。悪意なき悪意。ほら、やめて差し上げなさい。ベルったら顔が真っ赤じゃないの。
……とはいえ服を買えない位の生活ってのは、やっぱり没落の影響なんだろうな。だからこそ今日は、しっかりした服を買わせてやらなきゃならん!
「改めて服を買うといっても……どうすればいいんですの?」
「いや、買い物知らないって、どこのお嬢様だよ」
「貴族のお嬢様ですわ!」
埒があかねぇ……
俺も女物の服に詳しいわけじゃない。だから――「もし買うとすればここかな」と前から決めていた店に案内することにした。
「さてベル。今日はここでサイズ確認して、服選びに慣れてくれ」
俺が指差したのは、以前ベルがショーウィンドウに釘付けになっていた貴族御用達の服屋だった。
「……ここ、貴族街にもあるお店ですわね。あっ、まだあの素敵なドレスが飾ってありますわぁ!」
ベルは再びガラスにへばりつき、目を輝かせている。
そこに飾られていたのは、紺を基調に赤をあしらった気品あるドレス。
肩口の大胆なカットと、裾の硬質な装飾。舞踏会にも戦場にも似合いそうな――不思議な二面性を持つ一着だ。
「な、なんだか入るだけでも緊張しますわ!」
「確かに場違い感はあるけどな。まあ、今日は“慣れる”のが目的だから気楽にいけ」
「……え、ええ、そうですわね」
店に入っていくベルの横顔は、ガラス越しのドレスから目が離れないまま。
――その一瞬、俺は見てしまった。
ベルの瞳に宿った淡い光。かつて「貴族令嬢ベルフィーナ=エーデルワイス」だった頃の残り香のような輝き。
「……マヒル殿」
横でラヴィが小声で呼ぶ。
「ここで、ベル殿の服、買うの?」
「ん、なんでそう思うんだ?」
「だって、マヒル殿、楽しそう」
「……ふふっ、そうか」
店に一歩足を踏み入れると、香水のように上品な香りが漂っている。よくある、玄関用の芳香剤とは違う質の高い香りだ。
店内の装飾は、街の雰囲気には似つかわしくないほどのきらびやかさだ。
「ベル、どうだ?」
「んぇ……えと、とってもすごいですわ!」
「“すごい”じゃなくてさ。試着とかしないと意味ないだろ」
「えぇ!?試着など恐れ多いですわ!ま、もし汚れをつけてしまったりしたら……!」
「何のために来たと思ってんだよ。練習のつもりでいいから、いってこい!」
俺に押され、ベルはおずおずと服を手に取り、試着室へ。
その隙に俺は、店員を捕まえる。
「あの……すみません。ショーウィンドウのあの服と、あれに合う靴とか一式……今日買えますか?」
店員は一際大きく目を見開くと、笑顔で答えた。
「はい、合計で八万ゴルドでございます」
うおっ、なかなかの値段だな……!
俺はズボンの中の財布を小さく握りしめた。
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