5話 落ちぶれお嬢、ベルちゃん登場
静まり返った草原に、乾いた風が吹き抜ける。
「……で、あなた、一体何者なのですの?」
あれほどまでにテンパっていた金髪ツインテが、身なりをパッパッと整え、きっちりと背筋を伸ばして訊ねてきた。俺は、まじまじと彼女を見る。
金髪ツインテール、巻き髪。フリルと縫い目だらけのスカートに、くすんだ白のブラウス。ほつれた紺のジャケット。
二百メートル程離れて見たら、完璧に高貴な令嬢だ。
「……まずは自己紹介からですわね。無礼をお許しくださいまし」
がらりと態度を切り替えたその口調は、まさに“ザ・お嬢様”。
「ワタクシ、ベルフィーナ=エーデルワイスと申します。とある名門の出でして……少々、家がゴタついておりますけれど、誇りは失っておりませんの」
ふんっと鼻を鳴らすように言う。……やっぱりというか、お嬢様特有の長ったらしい名前だ。
贅沢な名だねぇ。今からこいつはベルだ。いいか、ベル!
……しかしまあ、“少々ゴタついてる”どころか、服は継ぎはぎ、靴は別々。言いにくいけど、あれだよな、完全に"落ちぶれ"てるじゃん。そしてこの身なりと性格……うん、どっからどう見ても“痛い”タイプじゃね?
俺の冷ややかな視線に、ベルはピクリと眉を動かした。
「……なにか?」
「いやいや、べっつにぃ〜?」
思ったことはすべて飲み込んで、とりあえずスルー。初対面の男に“痛い奴認定”なんてされたくないだろうしな。
「さて、それではあなたの番ですわ。名をお聞かせくださいまし」
「ふっ……良かろう」
やれやれと首を鳴らし、一歩前へ。ついに来たな、俺のターン!
異世界に俺の名を刻む、その第一歩!
「――聞け! この名を!!」
(風が巻き起こる演出は、俺の脳内だけ)
「我が名は、マヒル=パライザー! 麻痺の王にして、異界を統べる者! 汝、無礼を詫び、頭を垂れるが良いッ!」
「…………」
――沈黙。
「…………」
「…………」
さらに沈黙。
――と思ったら。
「……はぁ?」
ベルの目が、死んだ魚みたいになった。
「いま、なんとおっしゃいました?」
「マヒル=パライザー!」
「……」
「麻痺の王にして――」
「それ、あたま大丈夫ですの?」
バッサリ!!
俺は膝をついた。心をえぐられるような一撃だった。
(ど、どうしてだ……!?よく分からんが、こういうのってヒロインが惚れるイベントじゃないのか……!?)
――だが、大丈夫。伝説はここから始まる。きっと、たぶん、おそらく。
「……それにしても、街から随分遠くに来てしまいましたわね。はあ、全く、ついてないですわ」
彼女がぼそりと呟く。まるで、誰もこの場にいないかのように。
おーい、俺はここにいるんだが。
……ん? 今、街って言ったか?
「お、おい、ベル、近くに街があるのか!?」
「べ、ベル!? ワタクシの名はベルフィ――」
「いや長いって! それより、街はあるのか!?」
彼女の言葉を遮って聞き返す。すると、むっすぅぅとした顔で吐き捨てた。
「……知りませんわ」
(こ、このあま……! いまここで麻痺の餌食にしてやろうか!?)
――いやいや、落ち着けパライザー。ここは紳士に、大人の対応で……
「え、えーと、ベリアル=エルドガンドさん、ちょっと聞きたいんですけど」
「な、何ですかその悪魔みたいな名前は! ベルフィーナ=エーデルワイスですわ!」
顔を赤鬼みたいに真っ赤にして詰め寄ってきた。その距離、もうハグしそうなレベル。
「ご、ごめんごめん、ベルフィーナ。でも、ここにいつまでもいても仕方がないだろ?」
俺がしおらしく言うと、ベルはふんっと鼻を鳴らす。
「それでしたら、心配ご無用。私の執事、セバスチャンが迎えに来るはず。そしたら、特別にあなたも街まで連れて行ってさしあげますわ」
「……セバスチャンねぇ……」
なんだか色々と疲れてしまった俺は、その場に力なく座り込んだ。
――幸先、悪すぎるよなぁ……ほんと。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
感想、ブクマ等いただけると励みになります。
次回もよろしくお願いしますm(_ _)m




