58話 初挑戦と敗走劇
「うおぉぉぉぉぉ!?!?」
「いやぁぁぁぁぁ!!!」
「…………くさい」
俺たちは今、絶体絶命のピンチに立たされている。
体中にヌメっとした鱗をまとい、生臭さをプンプンさせながら迫る魚人――〔サハギン〕の群れに、迷宮探索の洗礼を受けていたのだ。
ことの発端は、迷宮管理協会のアイヴィさんに「死ぬよ」と言われたこと。説明よりも体験重視だとかで、アルクーンの街から馬車で三十分ほどの迷宮〔薄汚れた水辺〕に、俺たちは無理やり送り込まれたのだった。
「ちょ、この数は無理だろ!」
「マヒルさん、諦めないでくださいまし! あなたが囮になればワタクシたちは助かります!」
「ふっざけんな!誰が囮になるか!ラヴィ、あれどうにかできるか!?」
「ん……無理」
「だよな!」
迷宮の入り口となっている小さな洞窟のを抜けると、そこはまさに地獄。今までの景色とはうってかわって、腰まである水草が絡みつき、沼のようにぬかるむ地面に足を取られ、ブヨのような虫がぶんぶんと飛び回る。悪臭と湿気にむせながら、俺たちは足を進めていた。
だが、そこに現れたのが魚人軍団。目が血走り、口をぱっくり開けて並んだ鋭い歯がギラリと光る。おまけに全員が槍を持ち、ぴちゃぴちゃと水を跳ねさせながら迫ってくる。……ああもう、悪夢かよ。
しかもトラブルメーカーのベルお嬢様が「この道、きっと近道ですわ!」と笑顔で先行した結果、敵に見事に発見され、俺たちはこうして命からがら追われている。
「何十体いるんだよコレ!? 俺の中のRPG感覚を軽く超えてるぞ!」
「わたくしのせいではありませんわよ!? ただ少し道を間違えただけで――きゃぁっ、来ますわ来ますわ!」
「だから言ったろうがぁぁぁ!!」
後方から迫る魚人ども。俺は咄嗟にスキルを発動した。
「まとめて痺れてろ!【麻痺連鎖】!」
パリパリパリッ――小さな稲妻が鎖のようにつながり、魚人たちが次々とビクビク痙攣して崩れ落ちる。ギャアギャア叫びながら、お互いの槍がぶつかって盛大に転んでいく!……おぉ、爽快感はある。でも、後ろからさらに倍の数が迫ってきているんですけど!?
「やっぱこの数、相手無理だって!ゲームバランス狂ってるだろ!」
「マヒルさん、ここで伝説を残すのですわ!あなたが勇敢に戦ったって、わたくしが語り継ぎます!」
「そんな嫌な伝説残してたまるか!お前こそ、『おほほ』と笑ってろよいつもの調子でぇ!」
「笑えませんわぁぁぁぁぁ!!」
「二人とも、うるさい」
俺は迷宮を完全に甘く見ていた。初級迷宮? 初心者向け? 嘘つけ。これ完全に初心者殺しのトラップじゃねえか。
焦りのあまり、俺はポーチを探り、アイヴィさんにから渡された緊急用の転移石を取り出す。
「もう無理! 帰らせてくれぇぇぇ!」
握りしめた瞬間、石が青白く光り、粒子をまき散らす。視界がぐにゃりと歪み――
* * *
「うぼあっ……!」
気づけば、俺たちは迷宮の外。冷たい風が頬を撫で、背中に汗がじっとり。足はまだ震えている。
そして目の前には、腕を組んで立つアイヴィさん。
「よう。どうやら死ななかったみたいだね」
「いやいや、充分死にますって!あれ何ですか!?魚人フェスティバル!?生臭地獄巡り!?」
「いや、なんだいそれは。まあ、これがダンジョンさ。構造は気まぐれに変わるし、危険度もその時次第」
「そんなん攻略できるかぁぁぁ!!」
俺の嘆きに、アイヴィさんは薄く笑った。
「だから、みんな何度も潜るんだよ。失敗して、死にかけて、それでも挑戦する。"体験に勝る知識は無し"ってね。ルーキーくん、あんたもその仲間入りってわけ」
「ぐ、ぐぅ……!」
反論の余地なく、彼女は少し離れた馬車の荷台にごろりと寝転んだ。
「ちくしょう……!ぐうの音も出ねえよ……!」
「でも、先程“ぐう”って仰ってましたよ?」
「それは言葉のあやだ!くそぉ、絶対クリアしてやる……!」
「拙者も……屈辱」
俺の中でひねくれ根性が燃え上がる。負けっぱなしじゃ終われない。必ずあの迷宮を攻略して、アイヴィさんに一泡吹かせてやる!
「よし、もう一回行くぞ!ベル、お前は慎重に。ラヴィ、お前は冷静に」
「わ、分かっておりますわ! ……たぶん」
「了解。あいつら、刺身にする」
……うん。気持ちはわかるけど絶対食べたくない。刺身どころか、あれは罰ゲーム食材だ。
「……まあいいや。今度こそ……ダンジョンチャレンジ、リベンジマッチだ!」
俺たちは再び、魔境〔薄汚れた水辺〕へ足を踏み入れた。
その先に、更なる困難と絶望が待っているとも知らずに――。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
感想、ブクマ等いただけると励みになります。
次回もよろしくお願いしますm(_ _)m




