50話 森の悲鳴とマンドラお嬢
今日のクエストは――薬草採取。
なんかこう、もっとこう、ド派手な戦闘とか、麻痺スキルの新境地とか、そんな展開を期待していた俺の胸に突き刺さる地味ワード。だが、冒険者ランクD以上の依頼しか掲示板には残っておらず、俺たちが選べそうなやつはこれしかなかった。
まあ、こういう地味な仕事も積み重ねが大事ってことだろう。
俺とラヴィは、ベルが操縦する馬車に揺られて、一時間ほどで目的の森に到着した。
木々は高くそびえ、昼間でも木漏れ日が斑に差し込む程度。葉は濃い緑で、湿った土と苔の匂いが鼻を突く。小鳥の鳴き声がちらほら聞こえ、森特有の静けさがある。
いやぁ~冒険者らしい仕事だ。俺の厨二心が「森の奥で何かが潜んでいるぞ!」って騒いでる。 ふふ、今日はどんな麻痺が炸裂するかな……?
「さて、今日は薬草採取なんだが……ベル、なんでも食べるなよ?」
「なっ!?ワタクシ、そこらの野草をむしゃむしゃする野ウサギじゃありませんわ!」
ベルは頬を膨らませて、ぷりぷりと怒る。その姿は野ウサギというより、野ハムスター。
「ラヴィ、なんでも触るなよ?」
「了解」
「ちょ、ちょっと待ちなさいませ!明らかにワタクシだけ扱いが雑ですわよ!?」
よし、今日も平常運転。
森を少し進むと、俺は地面に生えた草を指差した。
「お、これじゃないか?」
「うん、それ」ラヴィが即答。
「群生してるみたいだし、ここだけで終わりそうだな」
「よし、やってやりますわぁ~!」
ベルはドレスの裾をまくり、がさがさと草を掘り始めた。うん、なんか嫌な予感しかしない。
「大丈夫か、あいつ……」とつぶやきつつ、俺もしゃがみ込んで草を抜く。
そのとき――。
「ニイィィィィィィィィィン!!!」
おっさんとカエルをかけあわせてできた生物が、断末魔の悲鳴をあげるような、耳を裂く甲高い音が森に響き渡った。思わず俺は両耳を塞ぐ。
「な、なんだ!?大丈夫か!?」
周囲を見渡すと、ラヴィが耳を押さえて苦しげにうめいている。
そして――ベル。
「べ、ベル!?……おいっ!どうしたっ!?」
ふらふらと立ち上がったベルは、魔導書を開いていた。ページがバラバラとめくれ、強烈な魔力が渦巻いていく。目は虚ろで、口からは奇妙な笑い声。
「おほ、おほほほほほ……!」
うわぁぁぁぁ!?なにこれ怖い!!
魔方陣が展開され、俺とラヴィを焦点のあっていない目で睨みながら、ベルはにじり寄る。ラヴィは咄嗟に腰の刀に手をかける。
「ラヴィ、ま、待て!あいつはモンスターじゃない!……多分!」
「……でも、なんか変」
「確かに、いつも以上に変だが……って、おいおいおい!」
魔方陣の中から、白い手袋がにゅるりと現れ始めた。
「おい、あいつセバスチャンを召喚しようとしてないか!?」
「倒す?」
ラヴィは刀身をチラリと見せる。
「待て待て、早まるな!こういうときはこれだろ!」
俺は右手を突き出し、叫んだ。
「【パライズ】!!!」
直撃。ベルは「あばばばばばば!」と痙攣し、その場にがくんと倒れる。
――と同時に、ラヴィが滑らかに動いてベルを抱きとめた。
「ナイスキャッチ! これにて、一件落着だな」
胸をなでおろしながらベルに近付くと……彼女の手にはしなびた大根みたいな物体が握られていた。よく見ると――手足と、干からびたおっさんのような顔?がある。
「これは……」
「これ……マンドラゴラ」とラヴィが冷静に言う。
「鳴き声聞いた人、おかしくする」
「なるほど。薬草と間違えてマンドラゴラを採ったってわけか……」
俺は天を仰ぎ、絶叫した。
「あほかぁぁぁぁぁ!!!」
薬草とマンドラゴラ。どう見ても違うだろ!?葉っぱの形もギザギザとまん丸だ!どんだけ目ぇ腐ってんだあのお嬢さん!
ベルはふらりと意識を取り戻し、ぱちぱちと瞬きをした。
「あれ……ワタクシ……?」
「変になってた」ラヴィが淡々と告げる。
「へ、変っ!?なんですの!?ワタクシ、なんだか記憶が……」
「変なのはもともとだろ?ほら、薬草は全部集めたから帰るぞ」
俺が歩き出すと、ベルは慌てて叫んだ。
「え!?え!?ちょっと待ってくださいまし!ワタクシ、なんなんですの!?記憶が曖昧で……!」
ラヴィと二人で馬車へ向かう俺。
「ちょっとぉ!?馬車の操縦士を置いていかないでくださいましーーーっ!!」
森にベルの叫び声が響き渡った。




