47話 麻痺が導く八万ゴルド
――ハルヴァンと名乗ったその男は、ぐぐっと背伸びをした。ぽきぽきと骨が鳴るような音がして、肩を回す仕草がやけに悠長だ。
ゴブリンの群れとホブゴブリン二体をぶっ飛ばした直後とは思えない、のんきさ全開。
「んで、お前らは何者だ? 敵?」
声も表情も、ひょうひょうとしている。命のやりとりを終えた人間の態度じゃない。いや、そもそも人間なのか……?
「いやいやいや! 敵じゃないですって!」
俺は慌てて両手をブンブン振る。
「ただの冒険者! クエストで調査に来てただけですから!」
「そうですわ!」とベルが割り込む。
「誰かが倒れていると思って助けに行ったら、その人が起き上がって、ゴブリンたちを蹴散らしたんですのよ!」
「へえ、すげぇなそいつ」
「あなたのことですわ!」
ベルがぴしゃりと指摘すると、ハルヴァンは一瞬きょとんとして――ふっと笑った。
「ああ、そうか。すまんすまん。そいじゃ、俺は自分の仕事に戻るから」
そう言って、あっさりと背を向ける。
あの戦闘直後の重苦しい空気なんて、この人の周りには存在しないのか?
歩き出した先は、ゴブリンどもに荒らされたであろう荷車の方だ。
途中で振り返り、
「あ、俺が倒したやつらの魔結晶も回収しといてくれや。報酬は、お前たちが貰えばいい」
さらっと爆弾みたいなことを言う。
「え、いや、そんな――」
「俺は報酬は別で貰ってるからな。それは助けてくれた礼ってことで」
礼? いやいやいや、助けたって……
俺たちがいなくても、この人ひとりでゴブリンの群れくらい余裕で片付けられたろ。
なんなら俺たちの方が邪魔だった可能性すらある。 あの白いゴブリンの奇襲だって、気付いてただろう。
「……よし、とりあえず素材の回収をしよう」
考えてもしょうがないので、俺は作業モードに切り替えた。
ベルとラヴィも無言で頷く。
改めて、ハルヴァンが「ゴブリンロード」と呼んでいた白いゴブリンの死骸を見る。
皮膚は薄い灰色に近い白。片目は濁り、もう片方は異様なまでに光っている。
俺は思わず背筋を震わせた。
普通のゴブリンとは違う、いや、生物としての枠が歪んでいる感じだ。 こんなやつらがうじゃうじゃといる世界なんだと、改めて身震いを覚えた。
俺たちは黙々と素材を剥ぎ、ゴブリンたちが溜め込んでいた宝飾品や小金も袋に詰める。
出発前に買った剥ぎ取り用のナイフが、実に良い働きをしてくれた。
ゴブリンの角の採取も、思ったより時間がかからずに済んだのはありがたい。
ふと振り返ると、さっきまであの場所にいたはずのハルヴァンは、いつの間にか姿を消していた。
本当に風みたいな人だ。
「なあ、ラヴィ。あの人って、お前みたいな獣人なのか?」
「違う」
ラヴィは短く否定し、少し間を置いてから言葉を継ぐ。
「あの人は、〔亜獣人〕。拙者より、獣の血、強い」
その声色が、少しだけ寂しそうに聞こえた。気にはなったけど、なぜかそれ以上聞く気にはなれなかった。
* * *
帰り支度を済ませてから、街へ戻ったのは夕方近くだった。
ギルドの扉を押し開けると、いつもの喧騒が耳に飛び込む。
しかし俺たちの姿を見るなり、受付嬢の目が丸くなった。
「おかえりなさい。……って、その荷物は?」
俺が手短に報告を済ませると、周囲の冒険者たちがざわつき始める。
さらに納品台に素材を並べた瞬間、ざわめきは一段階ボリュームアップした。
「ゴブリンの魔結晶がこんなに……ホブゴブリンまで?」
「えぇ。半分以上は、その時たまたま居合わせた人が倒したんですけどね」
「そうだったんですか……よく戻られましたね」
そう言って受付嬢は優しく微笑んだ。 はぁークエスト後のこの笑顔は反則だろぉ……
受付嬢はさらに素材を確認していたが、眉をひそめて手を止めた。「ちょっと失礼しますね」と言って奥に下がったかと思うと、いつものクールなお姉さんが慌てた表情でやってきた。
「ま、マヒルさん!これはゴブリンロードの魔結晶じゃないですか!?」
周囲がざわつく。
「あ、やっぱりそういう名前なんですね。あの白いやつ」
「な……!確認ですが、あなたたちが倒したんですか?」
「まあ、そりゃあ。ホブゴブリンとかは違いますけどね」
俺があっけらかんと言うと、お姉さんは「はぁー」と深いため息をついた。
「……あの、何かあれば逃げてくださいって言いましたよね?」
「ああ、いや、そうする予定だったんですけどね……成り行きで……ははっ」
俺の乾いた笑いを聞いて、ズイッとお姉さんが顔を近付ける。 ち、ち、近いっ……!
「あ、の、で、すねぇ!? ゴブリンロードはCランクのモンスターなんです!何、倒してるんですか!!危ないじゃないですか!!!」
徐々に語尾を強めるお姉さんに、俺は肩をすくめて小さく答えた。
「いや、えぇ、すませ……たまたま、運よく連携が決まって」
うん、間違ってない。まさにピタゴラスイッチ的な連携だったもんな、あれ。
「…………はぁーーー。もう、じゃあさっさと鑑定まわすから、もう、あっち行っときなさい」
「はい……」
なんか、めちゃくちゃ怒られた。しかも最後なんて、呆れきった小学校の先生みたいな物言い……!あぁ、ちょっと傷心……
結局、素材と宝飾品を合わせた報酬は金貨八枚。つまり八万ゴルドだ。
この八枚の重みが、戦いの余韻よりも現実的に感じられる瞬間だった。
* * *
夜、俺は自室でふと考えていた。ゴブリンの襲撃の際に起きた不思議な出来事を。
――まるで時が止まったかのような、あの感覚。あれは、間違いなく俺が発動させたものだ。
「……俺、麻痺だけって言ったよな……?」
転生する直前、確かに俺は神に頼んだ……"麻痺の力"をください、と。
だとするなら、あの力は何かの間違いか……はたまた、"麻痺のその先"の力……?
「ふぅ……っぱ、麻痺って至高だわ」
まだ、できる。 俺は麻痺の新たなる可能性に期待を膨らませつつ、静かに目を閉じた。
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