43話 採石場へ――未知との遭遇前夜
翌日、俺たちはいつも通りギルドへ向かった。
だが、ギルドの雰囲気はどこかピリついていて、不穏な空気に包まれていた。受付の周りには冒険者が集まり、何やらひそひそ話をしている。
「おいおい、今日は一体なんなんだよ……」
「なんだか、異様な雰囲気ですわね」
俺のぼやきにベルが小声で返す。ラヴィは相変わらず、いつも通り平然としている。
俺は一歩踏み入れてから、受付のクールなお姉さんに呼ばれた。
「あぁ、マヒルさんちょうど良かった。ちょっと来てくれないかしら」
うわ、嫌な予感がする。
カウンターまで行くと、お姉さんは一枚の紙を出してきた。
「なになに、未確認モンスター出現。危険度不明。Dランク以上の冒険者に調査を依頼……と」
なにやら物騒な響きではあるが、Eランクの俺のたちはそもそも受けられるものじゃない。
「これが、どうしたんですか?まさか、参加しろっていうんじゃないですよね?」
「いや、さすがにそこまでの無理は言えません。ただ、実力のある冒険者はこれにほとんど出払っていて、別のクエストに行ける人がいないんです」
ははーん、この前のゴキ騒動よろしく、厄介事の匂いがぷんぷんする。
「……まあ、話だけならとりあえず聞きますけど」
「ありがとうございます。実は、街から離れた採石場跡地で、商業ギルドの行商人が荷物を奪われてしまったんです」
「商業ギルド……ですか」
「はい。昨夜、この街への移動中、何者かに襲われたとのことで。危険値はまだ未知数ですが、できるだけ早く調査してほしいんです」
「……見るだけでいいんですか?」
俺は念を押した。
「はい、危険と感じたらすぐに撤退してください。ただ、正体を突き止め、再編成して正式なクエストとして出す予定ですので、何か情報を持ち帰っていただければ、と」
「……どうだ、みんな。もしかしたら、危険を伴うクエストになるかもしれないが」
「まあ、危なくなったら逃げればいいだけですしね。ワタクシ、行きますわよ」
「……拙者も」
ベルは文句を言うかと思ったから意外だな。ともかく、パーティーの総意は決まった。
「よし、俺たちパーティー初の遠征だ。気を引き締めていこう」
ーーー
【特別クエスト】
依頼内容:採石場跡地の調査
目的地:クラックル採石場跡地
報酬:一万ゴルド(調査報告により報酬に加算あり)
備考:危険性が不明な為、注意が必要。即事撤退も視野に入れた調査を推奨。
ーーー
* * *
採石場跡地は街からかなり離れていて、馬車でも半日かかるらしい。となると、まず大事なのは馬車の手配だ。馬車で半日かかるところをさすがに徒歩では行けない。俺は大通りを探しまわったのだが……高い。
御者、つまり操縦者つきの馬車で四千ゴルド。馬車だけで報酬の半分近くが削られる。とはいえ、なるべくすぐに調査に行ったほうがいいよなぁ。ここは痛手だが、雇うしかないか。
――という俺の葛藤を吹き飛ばすベルの一言が放たれる。
「馬車なら、ワタクシ操縦できますわよ?」
「え?」
「昔、馬車によく乗っていたら、いつの間にか操縦できるよになっていたんですの」
早く言えよ!それで済むなら最初からそうしたわ!
でも、すごいぞベル!
「へ、へえ。お嬢様は馬車の操縦もできるんで……多芸ですな」
「ふふん、乗馬も馬車を引くのもできる貴族は少くってよ?」
いや、そりゃあ貴族様は普通、馬車に乗る側だからな……ともかく、馬車問題はこれで解決だ。
「さて、それじゃあ御者無しの安い馬車を借りるとして、後は――」
俺の言葉を遮るようにベルが言う。
「ところでマヒルさん。あなたまさか、それで行くんじゃありませんわよね?」
「へっ?」
「あなた、いつまでそんなだぼだぼの服を着ているのですか?見ていて心配になりますわ」
ああ、"それ"って俺の服のことか。確かに、色々と冒険するには動きにくいよな。
「……着心地が良すぎて忘れてたわ」
俺は苦笑いするしかなかった。
うん、そりゃあ俺のファッショナブルな服装は異世界じゃ浮きまくりだしな。
俺はベルに言われるがまま、近くの商業通りの露店に行くことにした。
麻布のシャツとズボン、革のジャケット、大きめのリュックを購入。着心地はともかく、冒険者っぽくはなったかな?
「ふう、全部で二千ゴルドか……結構かかったな。ベルはどうする?」
「どうするって、何がですの?」
「服だよ、服。かなり使いこんでるだろ?俺とお揃いにでもするか?」
「ふ、ふん!ワタクシはこの気品溢れるドレスが一番似合うからいいんですわ!」
俺が冗談ぽく言うと、ベルは強がるようにスカートを翻す。まあ、本人がいいならそれでいいけど。さて、服も買ったことだし、次の準備にとりかかるとしますか!
* * *
昼過ぎ頃、俺たちは街を出た。準備は万端、レンタル馬車はベルの操縦で街道を進む。正直、思っていたより随分とスムーズに馬車は進んだ。ひょっとしら、本当に多才なのかもしれんな。
何度か旅人風の人たちとすれ違い、そのまま何事もなく進んだ。夕方になり、目的地近くで野営を決行。これ以上は視界も悪く夜間の調査は危険だからな。
焚き火の周りに集まりながら、ベルが不安そうに言う。
「こんなところで寝るなんて……虫に噛まれたらどうするんですの?」
「薬草でも塗っとけ」と俺は雑に返す。
「そんなもの効くわけないですわ!」
ベルは顔をしかめる。
「効くよ。探しに、行く?」
すかさずラヴィがそう言うと、スッと立ち上がりベルに手を差しのべる。
「え?い、いえ、大丈夫ですわ!虫ごときに屈するワタクシではないわ!」
ベルは必死に強がった。純に夜の森に入るのが嫌なだけだろうな。俺は呆れて苦笑い。今日もお嬢様はうるさいな。
* * *
夜、焚き火を囲みながら乾燥パンとフルーツ、干し肉を食べる。味は薄いが、旅の空気もあってか妙に美味く感じる。ベルは文句を言いながらもしっかり食べていた。
見上げれば、空には満天の星。
遮るものはなく、それだけ街から離れてしまったんだと実感する。
明日、採石場で何が待っているか分からない。
けれど、俺たちの遠征はもう既に始まっているんだ。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
感想、ブクマ等いただけると励みになります。
次回もよろしくお願いしますm(_ _)m




