39話 丸太が最後に見たものは……
鍛冶屋を出た俺とラヴィは、職人街の石畳の道をのんびり歩いていた。ラヴィの腰には、先ほど手に入れたばかりの“運命の刀”が静かに揺れている。
ヘルムの手直しはまだ時間がかかるらしい。腹が減ってきたし、何か軽く腹ごしらえでもしようかと思っていたその時――
「マヒル、あそこ……」
ラヴィが人差し指を伸ばした。
その先には、煙をあげて香ばしい匂いを放つ串焼きの屋台が見えた。あれくらいなら、ちょっとつまむのにちょうどいいな。
「あれで軽く済ませよう」そう言いかけた俺の横から、突然声が割り込んできた。
「おいおい、そこの嬢ちゃんよ」
振り返ると、革エプロンを着たごつい男が立っていた。腰には巨大なハンマーをぶら下げていて、鍛冶屋の職人と見た。男の視線は、迷わずラヴィの腰の刀を見据える。
「それ、ここの外れにある鍛冶屋のもんだろう?……そんな玩具買うだなんて、見る目が無ぇなぁ」
男の言葉にラヴィの目がスッと細まる。間違いない――あれは“ムッ”の顔だ。俺の胸の中で赤い危険信号が点滅を始めた。
「……そっちこそ、見る目ない。きっと、鍛冶のしすぎで、目が潰れた」
ラヴィの声は低く、まるで刃物のように刺さる。いやそんな悪態どこで思い付くんだよ。
男の顔がみるみる赤く染まり、口元が引きつっていく。
「なんだとォ?」
男の声には、隠す気のない怒気が濃く滲んでいた。
「おいお嬢ちゃん、なめた口聞いてくれるじゃねえか!」
俺の心は呆れと困惑でいっぱいだ。お手本レベルの逆ギレ具合。その大きな声に呼応して、周囲にいた鍛冶職人や冒険者たちが次々と集まり始めた。
あっという間に野次馬の輪ができて、空気がざわつき始める。
「おい!こいつらオレにイチャモンつけてきやがるぜ!どうしてやろうか?」
男が叫ぶと、輪の中からごつい冒険者がにやつきながら一歩前に出た。背には分厚い大剣。それはまさに、この世界の“強さ”の象徴そのものだ。
「そいつぁ許せねえなぁ……一つ分からせてやろうか」
嫌な予感しかしねぇ……
俺はラヴィの前に立ち、庇うように声をかけた。
「いやいや、俺たちは別に――」
「そうだ、俺の作った新作の剣で“試し斬り”勝負したらどうだ!?玩具の剣と違って傑作だぞぅ!?」
鍛冶屋の男が言葉を遮り、挑発的な笑みを浮かべる。
周囲からは「いいぞー!」「やれー!」などと野次が飛ぶ。
「試し斬り?なんだそれは」
初めて聞く言葉に俺は首をかしげた。
すると男はニヤリと笑った。
「武器の切れ味を試す丸太斬りさ。そのお嬢ちゃんの玩具と、オレの傑作で勝負ってわけだ」
「ただ勝負に勝つだけじゃあ、いまいち気が乗らねぇよな……報酬がないと、報酬が!」
冒険者風の男はニタニタとした表情を浮かべながらそう言った。鍛冶屋のほうも、「ほほう?」と乗り気の様子。
「それじゃあ、勝ったほうには、このオレが昼食をご馳走しようじゃねえか!」
さっきの冒険者がガッツポーズを決め、
「やりぃ!今日は何も食ってないんだ!オヤジぃ、最高の炉焼きを頼むぜ!」と声を張り上げた。
――これは絶対に負けられない。
俺はラヴィの顔を見て訊いた。
「ラヴィ、どうする?」
「……受けて、立つ」
俺の予想通り、ラヴィは即答した。その眼差しは鋭く、真剣そのものだった。
こうして俺たちは広場へ移動した。
そこには、斬られた跡だらけの丸太人形がズラリと並んでいる。地面には無造作に武器が散らばり、危険な雰囲気を放っていた。
野次馬はさらに増え、まるでお祭りのような熱気に包まれている。
「ルールは簡単だ!一分以内に先に丸太人形を倒したほうの勝ちだ!」
男の声が響き、会場の熱狂は最高潮に達した。
「さあ、用意はいいか!?」
「いつでもどうぞぅ!」
冒険者は、鍛冶屋が打ったという剣を構え、ラヴィは静かに腰の刀に手を添えた。氷のように冷たい視線で丸太人形を一瞥し、空気が一気に張り詰める。
「――はじめぇっ!」
掛け声と同時に、ラヴィの姿が一瞬で前へと消えた。
ゴトッ。
次の瞬間――丸太人形が真っ二つに割れ落ちる。
まるで時間が止まったかのような速さだった。
「へっ……?」
鍛冶屋は間抜けな声を漏らし、冒険者はまだ一太刀も振るっていない。完全決着だ。
観衆は目を丸くし、何事かとざわついた。そんな様子を意にも介さずラヴィは刀を鞘に収め、口角をわずかに上げる。
「……ほら。見る目、ない」
ワァッと歓声が沸き起こった。「いやーやっぱり、ただ者じゃねえとは思ってたんだ!」「だよなぁ!すげえよ!」などと好き勝手言ってやがる。
俺は一直線に鍛冶屋のもとに手のひらをスイッと差し出した。
「昼飯、ご馳走さん」
「えっ?」
「約束だろ?」
「おおーーっ!」観客の声がさらに大きくなり、
「炉焼き奢りだー!」と叫ぶ声も飛ぶ。
鍛冶屋は顔を真っ赤にして、観念したようにうなだれた。こうして俺たちは勝利と昼飯代を手に入れたのだった。
……やっぱり、ラヴィが本気を出すと怖ぇな。
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