36話 高貴なお嬢と反転ヘルム
屋根の上を、灰色の影が矢のように飛び移っていく。
ふわふわの長毛、黒い首輪――あれがミーちゃんだ。間違いない。
「待てーっ!」
俺たちは石畳を蹴り、街中を全力疾走。
ベルはドレスの裾を片手でつかみ、ラヴィはヘルムをガチャガチャ鳴らしながらも俺たちを先導する。
フルフェイスのヘルム、絶対に重いはずなのにラヴィはすごいな。
ミーちゃんは屋根から路地、路地から市場の屋根へ――まるで風そのものだ。
地面を蹴るたびに、俺の肺は焼けるように熱くなり、額から汗が垂れる。
「このベル様からは逃げられませんわよ!」
ベルが高らかに叫び、魔導書を構えた。
……おい、そんな余裕あるのか?
「いきますわよ、【高貴なる咆哮】!」
路地裏に響き渡る高笑い――だが、足元をまったく見ていなかったのが致命的だった。
「お~っほっほっ……ほっ!?きゃあっ!!」
石畳の突起に爪先を引っかけ、見事な前方回転。
ドサッ、ゴロゴロ……そして沈黙。
「ベル様、脱落っと……!」
振り返らずに、俺とラヴィは追走を続行する。
このまま、うまいこと追い詰められれば――
カン、カン、ガタガタガタ――
……前方から妙な音がする。ラヴィだ。
サイズの合っていないフルフェイスのヘルムがガタつき、走るたびに激しく揺れている。
そりゃそうだ、ぶかぶかのヘルメットを頭に乗せてるようなものだからな。
次の瞬間、ヘルムだけがクルッと反転。
ラヴィの顔は前を向いているのに、ヘルムの面は真後ろ――つまり俺と目が合っている。
「ラヴィ、前っ!」
警告は遅かった。ガコンッ!という鈍い音とともに、ラヴィは屋台の柱に直撃し、その場でくずおれた。
二人目脱落。残るは俺一人だ。
「……っしゃあ、俺のターン!」
息を切らしながら【パライズ】を詠唱、紫電の矢を放つ――ヒュッ!
猫はひらりとかわす。
もう一発、二発、三発……全部空振り。速すぎる。
それでも諦めず、俺は追い続けた。視界の先、袋小路。
ようやく追い詰めた。背後は俺、前は壁。逃げ道なし。
「へへっ、もう逃げられねぇぞ」
悪役めいた台詞とともに、俺は手を伸ばす――が。
ミーちゃんは腰を沈め、次の瞬間、俺の肩を飛び越えようとした。
「なっ!?」
ここで逃がしたら、あの二人の犠牲はどうなるんだ!
散っていった彼女らに顔向けできない――
その瞬間、振り返る耳に――あの高笑い。
「お~っほっほっほっほ!」
ベル様の【高貴なる咆哮】だ。
効果が発動したようで、怯えたようにミーちゃんが動きを止める。
そして袋小路の入口から――
「……捕まえた」
ヘルムを脱ぎ、汗を光らせたラヴィがミーちゃんを抱きしめていた。
「お前……さっき柱に……」
「……問題ない」
いや、額に赤い線がくっきり入ってますけど。
こうして、ミーちゃん捕獲成功。
* * *
依頼者は涙ぐみながらミーちゃんを抱きしめ、何度も礼を言った。
ギルドでクエスト完了報告。報酬を受け取る。
「……ラヴィ、そのヘルム」
「……何か?」
「いや、合ってないだろ。今後も使うなら自分用に作ったほうがいい」
「……検討する」
ベルは「もふもふ……」と未練たらたらだが、とりあえず一件落着だ。
俺は今回でよくわかった。【パライズ】は強力だが、当てられなきゃ無意味。
足とエイム力、両方鍛え直す必要がある。
……猫相手に何学んでるんだって話だが、まぁいい。
次はもう少し楽な依頼が来てくれることを祈ろう。
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