35話 もふもふを探せ!ミーちゃん大捜索
ゴキだらけの倉庫から一夜。
あの修羅場をくぐり抜けたベルは、まだ若干の虚ろさを残しつつも、ギルドへ現れた。
……少なくとも、昨日の白目むき絶叫モードに比べれば、人間らしい顔になっている。
「……早くクエスト行きますわよ。とにかく簡単そうなやつ」
「お、おぉ。調子はどうだ?」
「いいわけありませんですわ!早くクエスト受けて忘れたいのですわ!」
机にバン!と手を置くベル。
うん、元気なのはいいけど、その元気が完全にふてくされパワーだ。
「はいはい、分かりましたよお嬢様」
俺は苦笑いしつつ、掲示板を眺める。
『ゴブリン退治』『薬草採取』『街道の清掃』……無難そうな依頼はいくつかあるが、どれもベルが喜びそうなものではない。
……と、そこに一枚の紙が目に入った。
ーーー
【特殊クエスト】
依頼内容:迷い猫ミーちゃんの捜索
目的地:アルクーン市街地・南東部
報酬:二千ゴルド
ーーー
「これこれ!これがいいですわ!」
ベルが、勢いよく横から紙をつかみ取った。
「理由を聞いてもいいかな」
「決まってますわ! ミーちゃんをもふりたいのですわ!」
「……もふ」
隣でラヴィの目がキラリと光った。あ、完全に同類だったか。
「あのなぁ、ミーちゃんとやらが何なのかも――ああもう、聞いてねえやちくしょう」
二人が掲示板の前で妙に盛り上がってる間に、俺はクエストを受付に持って行った。
* * *
受付嬢から依頼者の家を教えてもらい、俺たちは街の南端にある小さな家に到着した。
ベルが勢いよくドアをノックすると、中から三十代くらいの女性が顔を出した。
「……はい」
「あの、クエストを受けて来たんですけど」
女性の目の色が変わった。
「……!ミーちゃんを探しに来てくださったんですか?」
「はい」
俺が答えると、女性は心底ほっとしたように笑みを浮かべた。
「ミーちゃんは、私が飼っている猫なんです」
猫か……よかった、二足歩行の魔物とかじゃなくて。
胸を撫で下ろす俺を不思議そうに見つめ、女性は続けた。
「手足と尻尾が長く、灰色の長毛種。それから黒い首輪を――」
「ふわふわ……!」隣からベルの小声が漏れた。
無視だ無視。
「……それから黒い首輪をつけていますから、見れば分かると思います」
「最後に見たのはいつですか?」
「二週間ほど前に、家の窓から外に出てしまって……。近所も探したんですが、見つからなくて……」
ラヴィは静かに頷き、ベルは「任せてくださいまし!」と胸を張った。
俺は「猫探しか……まぁゴキブリよりは百倍マシだな」と心の中で呟いた。
* * *
依頼者宅を後にした俺たちは、三人で街を歩きながら捜索を始めた。
路地の隅や物陰、屋根の上まで視線を走らせる。猫のことは猫好きに任せるのが一番なので、俺は主に「猫を見かけてないかの聞き込み」担当だ。
「灰色の長毛猫? 昨日あたり北の市場で見た気がするぞ」
「三日前に、井戸の近くで毛づくろいしてたかも」
情報はあるようでいて、全部バラバラ。
ミーちゃん、案外広範囲を徘徊しているのかもしれない。
昼頃になると、俺たちは腹が減ったので、街の中央広場にあるレストランに入った。
テラス席からは、向かいの通りと屋根並みがよく見える。
「……やっぱ猫探しは根気だな」
パンをかじりながらそう呟くと、ベルは「でも猫って、突然ひょっこり現れるものですわよ」と言い、ラヴィは「……もふりたい」とだけ言った。
その時だった。
「――あれ?」
俺の視界の端に、屋根の上をひょいひょい渡っていく灰色の影が映った。
手足が長く、尻尾もすらっと伸びている。
毛はふわふわで、首には黒い首輪。
「ミーちゃんだ!」
俺が叫ぶと、ベルとラヴィが同時に立ち上がった。
三人は慌てて皿の料理を口にかき込み、ほぼ丸呑み状態で飲み下す。
「追いますわよ!」
「……もふ」
ラヴィは目を輝かせ、両手をそわそわさせる。
俺たちは代金をテーブルに置き、店を飛び出した。
灰色の影は、屋根から屋根へ軽やかに飛び移りながら、どんどん先へ行ってしまう。
「待ってミーちゃん! もふらせてくださいまし!」
……ベル、その叫びは確実に逃げられるやつだぞ。
灰色の影は、振り返った瞬間さらに加速して、屋根の向こうへ消えていった。
どうやら、こっちの執念……いや、ベルの熱意が伝わったらしい。
俺たちの、猫との追走劇が始まった。
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