33話 倉庫に潜む忌まわしき"黒"
今日も変わらず、俺たちは新しいクエストを受けにギルドへ向かった。
しかし、ギルドの前には人だかりができていて、職員も慌ただしく動き回っていた。
「何かあったんですか?」
俺が近付くと、いつものクールな受付のお姉さんが慌ててかけよってきた。
「ま、マヒルさん!いいところに!」
冷静で落ち着いた顔はなく、なんだかこう、恐怖と焦燥感にかられているようだ。
「実は、近くの倉庫にて大量の小型モンスターが発生しまして……あいにく、誰も受けたがらな――ウウンッ、他の冒険者は出払っていて」
……いま、誰も受けたがらないとか言いかけなかったか?彼女の表情には、いつになく緊張が滲んでいた。
いつも気丈な彼女がこれほど取り乱すモンスターって、相当ヤバいやつじゃないのか……?
「……ところで、どんなモンスターなんですか?」
俺が訊くと、少し困ったように頭をかしげる。
「実は、正式にモンスターに分類されている訳ではないのですが、その数と被害状況からEランク級との声も出ているほどで……」
「えぇ……なんか、まったく全容が見えないんですけど……それに、依頼ってわけじゃないなら――」
「一万」
俺の言葉を遮るように、お姉さんが詰め寄る。
「へ?」
「一万ゴルドで、どうでしょう?ギルドのほうではすでに話がついております」
「俺に任せてください」
綺麗な二つ返事を決める。
ベルが眉をひそめ、魔導書をめくりながらつぶやいた。
「よいのですか?相手が何かも分からないのに……」
「ベル。困ってる人の為に動くのは当然だろ?」
「……お金の話が出てから動いてましたわよね?」
ラヴィは何も言わず、装備の確認をしている。
「まあ、あんまり強くないみたいだし、ちゃちゃっと終わらせようぜ」
* * *
「ここか……」
街の外れ、古びた倉庫に到着すると、野次馬たちやギルド職員もいた。
「この中に……いるんですの?」
ベルが恐る恐る覗き込み、背筋を伸ばす。
「まあ、行ってみないと分からないな」
俺たちはその古びた倉庫――魔窟へと足を踏み入れた。
ガチャンッ。
直後、倉庫の扉に鍵をかけられる音が。
「はっ?」
「す、すみません、民間人に危険が及ぶといけないので、安全が確保できるまで施錠させてもらいます」
いやいや、俺たちの安全の確保は?もう、嫌な予感しかしない。倉庫の中は、朝だというのにどこか暗く、じめっとした空気が漂っている。
足を踏み出す度に、みし、みし、と音が響く。
すると、ラヴィが倉庫奥の暗がりを指差した。
「いた」
壁際の隅で、何か小さな黒い影がうごめいているのが見える。俺はうなじから背中にかけてゾワゾワと悪寒が走る。あいつは、まさか――いや、そんな――
目を凝らすと、長い触覚に不気味な光沢のある体、わしゃわしゃと動く六本の足……
「ご、ゴキローチですわぁぁぁぁぁ!!!」
ベルの絶叫が倉庫に響く。
"ゴキ"に、"ローチ"。これはもう間違うことなく、黒い悪魔ことゴキブリだ。
俺はゴキブリ自体、特段苦手というわけではないが、普通に気持ちの悪いビジュアルだとは思う。それが、異世界産の手の平サイズともなると嫌悪感爆上げだ。
「……数はどれくらいだ?」
「……正確には、分からない。でも、百体以上」
うげぇ、まじかよ。駆除業者さん呼ぼうぜ……あぁ、俺たちがそうなのか。
「とりあえず、やるっきゃねえ!」
俺はスタンブレイカーを展開し、ラヴィと共に蠢く影にゆっくりと近付く。
ベル?あいつは、扉の近くでひいひい言ってる。
その時、倉庫内の荷物に俺の肩がぶつかり、ゴトッという音を立てた。
瞬間――黒い影たちはまるで波のように俺たちに押し寄せる……!
ガサガサガサガサッ……!
「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
耳をつんざくようなベルの絶叫が響き、ゴキちゃんたちは声のしたほう――ベルに向かってガサガサガサガサ――!
「来ないでですの来ないでですの来ないで!!」
半狂乱になって訳の分からないことをわめくベル。俺は懸命に相棒を振り回し【パライズ】をかけるも、数が多すぎる。
ラヴィは剣を振るうのを諦め、無表情のまま足で踏み潰しまくっている。
このままじゃ、埒があかない――!
「ベルぅ!お前のあれ、今こそ"高笑い"の出番だぞ!」
ベルは俺の声にハッとし、魔導書を取り出す。バラバラとページがめくれ、魔力が集まりだす。
「い、いきます!【高貴なる咆哮】!お~~っほっほ……いやあぁぁぁぁこないでくださいまし!?!?」
だめだ、不発か!?
このままだと、俺たちは……気が狂っちまう……!何か策は……!?
その時、俺の切なる願いに応えるように、ヴンッとメッセージが浮かび上がる。
『スキル【磁力痺鎖】を獲得』
【スキル:磁力痺鎖】
効果:10秒間、自身の半径五メートルにいる対象を引き寄せ、麻痺させる。
MP消費50
「……これだ!」
蠢く影の中、勝利への光がうっすら見えた気がした。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
感想、評価等いただければ励みになります。
次回もよろしくお願いしますm(_ _)m




