29話 たんぽぽ亭の流血事件
宿に向かう道、俺はラヴィに肩を貸して必死に歩いた。見た目はあまり変わらないが、酒が入るとどうやら彼女はとんでもなく甘えん坊になるらしい。
「ふふ、うふふ。マヒル殿ぉ……ふふっ」
「おい、ラヴィ……その甘ったるい声は何だよ……頭痛くなってきたぞ」
それでも彼女の嬉しそうな顔を見ると、放っておけなかった。こんな顔見たら、絶対訳の分からん男共が寄ってくるって。
俺はなんとか宿にたどり着き、部屋へ連れていこうとしたその時だった。
階段から軽やかな足音が近づく。ベルだ。
「あら、マヒルさんにラ――」
ベルが言いかけて、俺の肩に掴まっているラヴィを見るや否や、顔色がみるみる変わった。
瞳から血の気が引き、血相を変えて階段を駆け降りてくる。
「ラヴィ!どうかなさいましたの!? 足?足でもケガしたんですの!?」
慌ててラヴィの体を調べるベル。
すると、ラヴィは満面の笑みで小さく呟いた。
「……ベル殿……ただいまー」
「おがっっ……!」
その瞬間、ベルの顔は真っ赤に染まり、鼻血を吹き出しながら後ろに倒れ込んだ。うわー、本当にこういうことで鼻血を出す人っているんだ……やばっ。
隣の甘えん坊ラヴィと倒れたベル。俺はたまらず叫んだ。
「ミレナさぁぁぁん、助けてぇぇ!」
* * *
「あんたたち……いつも賑やかだねぇ、本当に」
俺たちがお世話になっているたんぽぽ亭の店主、ミレナさんは優しく呆れたように呟いた。
ぐうの音も出ないぜ。
ラヴィを無事に部屋に閉じ込めた俺とベルは、たんぽぽ亭の一階にある食堂で一息ついていた。
鼻に布を詰めて情けない姿のお嬢様。
「ぶふっ」
思わず吹き出してしまい、ベルにギロリと睨まれた。
「……そもそも、あなたがちゃんとしていればこんなことにはなりませんでしたのよ?」
鼻に詰めた布のせいで、妙にこもった声が面白い。
俺はなんとか笑いをこらえつつ答えた。
「そんなこと言ってもよお、俺は店で貰ったものをそのまま渡しただけ、不可抗力だろ。それより、なんであそこでタイミングよくいたんだ?」
俺がベルに尋ねる。
「……それは、もう、あの本を読み終えたからですわ!」
「なっ、あんな分厚い本を!?」
少し感心した。だてにお嬢様やってただけあって、文学は優秀なのかもしれない。
「あの本、ほとんどわかりませんでしたわ」
前言撤回。
「……はぁ?どういうことだ?」
「魔導書には基本、魔法陣しか書いてないんですの。それに魔力を与えて読み解くものですが……今のワタクシには難しいみたいですわ!」
あっけらかんと言い放つお嬢様。
「おい、それ買った意味は――」
「ところがですわ!」
俺の言葉を遮り、ベルが身を乗り出した。
「この本で何か新しい力に目覚めた気がしますの!試したくて仕方がないのですわ!」
目を輝かせて熱弁するベル。
「そ、そうか。何か収穫があったなら、明日のクエストで試してみるか?」
「ん勿論ですわっ!!」
鼻息荒く、鼻に詰めた布をシュポンッ!と吹き飛ばした。……もう、どこがお嬢様だよどこが。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
感想、ブクマ等いただけると励みになります。
次回もよろしくお願いしますm(_ _)m




