2話 まー君見てるか?俺は今棒を振っている
スライムは、ぶるぶる震えて、逃げた。
俺は、ひとり残された。
「……ちくしょう、震え逃げかよ……」
広がる草原。揺れる草。吹き抜ける風。どこからか聞こえる鳥の声。
でも、俺の心には、風より冷たい現実が吹き抜けていた。
「ま、まぁいい……まだ始まったばっかりだしな。こっから、こっからよ……」
俺は前を向く。ぐっと拳を握る。
──そして、五分後。
「……いない。敵、いない。スライム一匹以外、なんもいない……!」
誰かが言っていた。「異世界転生したら、だいたい最初は草原か森」って! その通りじゃねぇか!! リアルすぎて泣ける!
あてもなく、てくてく歩いていたら──視界の端に、ちょっとした木立が見えた。
「ん?」
その根元。何かが、光っていた――ように見えた。
「……おお? 棒?」
そこには、まさしく“いい感じ”の木の枝が落ちていた。重すぎず、軽すぎず、手に持ちやすいフォルム。これよこれ。
反射的に拾い上げたそのとき──
目の前に、ぼんやりと文字が浮かび上がった。
〔丁度良い棒〕
子どもが見つけたら、ついつい拾いたくなる丁度良さ。すぐ壊れる。
「……子どもで悪かったな!!」
即ツッコミ。
いや、こちとら二十だぞ!? ハ・タ・チ! だって仕方ないじゃん!? なんにも持ってないんだし!? いちいち嫌味なコメントつけんなよっ!
むくれながらも、俺は棒を振ってみた。ふん、意外と悪くないぞ。剣道の素振りっぽく振れば、それなりにサマになる。
剣道のことはよく知らんけど。
「よし。これでちょっとはマシだな……さぁ、次の敵はどこだぁ!」
その直後だった。
──ガサッ。
草むらの奥で、何かが動いた。
そして、姿を現す。茶色の毛並み、尖った歯、小さな目。
「……ネズミ、でかっ!」
子犬サイズの巨大ネズミだ。リアルなら絶対に目を合わせたくないタイプ。だが、俺は今、異世界転生者!
「こっそり近づいて……」
小声で叫ぶ。
「【パライズ】ッ!」
スキルが発動し、空気がビィィンと鳴る。さあ、ぶるぶる震えるがいい!
──だが。
「……あ、ああああれれれ!れ?」
……ぶるぶる震えてるの、俺じゃね?
指先がピリピリ。膝がガクガク。目が勝手に瞬きを始めて、舌が口の中でぐねぐね踊ってる。
握りしめたままの木の棒が、みっともなくふにゃふにゃと揺れる。
――ああ、昔、鉛筆を揺らして「ほら、見てみ!ほら、曲がってるよ!」とかやってたのを思い出すなぁ。あ、それ以来疎遠になったまー君のこと思い出しちゃった。
「おわわぁっ!? な、なななになににに!? なにこれ、にににっ……!」
ガクガク震えながら、スキル説明の隅っこに小さく書かれていた注意文を思い出す。
【スキル:パライズ Lv1】
効果:対象を最大3秒間行動不能にします。MP消費:10
※使用しすぎると自分も痺れます。
「使用"しすぎて"ねえよ! まだ三回目だっつの!!」
叫びながら転げまわる俺を横目に、巨大ネズミは鼻をひくつかせて、じっと見つめる。
「あ、お前いま"こいつアホだな"みたいな顔しただろ!分かるぞ、まー君も最後そんな顔をして、おい待て――」
ネズミは、あっさりと立ち去っていった。
異世界転生ライフ、早くもガタガタである。
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