28話 ラヴィとブドウ酒の騒乱
ベルは魔導書を買った瞬間からテンションMAXだった。いや、あれはもう、MAXの向こう側――リミットブレイクだ。
「お二人はごゆっくり。わたくしは先に宿で集中読書をしてまいりますわ!」
俺とラヴィを置き去りに、古びた本屋の袋をぎゅっと抱きしめながら颯爽と立ち去る。
まるで獲物を巣に持ち帰るリス。お嬢様なのに動きは完全に小さな野生。
残された俺たちは、商業通りをぶらつき、露店街の屋台メシで暇つぶし。
焼き串や揚げパイの香りが胃袋を痛烈にノックしてくる。
そういや、こういう買い食いとか長いことしてなかったな……暗い部屋に籠って勉強に明け暮れ、カップ麺で過ごした日々が懐かしいぜ。
料理を買って飲食スペースに腰を下ろし、軽食をつまみながら俺は、ふと気になったことを口にした。
「そういやさ、ラヴィのその戦闘スキルって誰かに習ったのか?」
「……うん。拙者の村、みんなを教える先生、いる。そこでは、体全部使って戦う技術、学ぶ」
「へえ。村に武術を教える師匠がいるのか。そりゃすごいな」
「……うん。拙者の、父」
……え?
「え!? ラヴィの親父さんが教えてるの!?」
「……うん。すごく、強い」
ラヴィは普段あまり感情を出さないけど、その時はちょっとだけ嬉しそうに笑った。
……うん。ラヴィを怒らせたら命がないやつだ。俺はいつでも土下座する準備をしておかねば。
「じゃあ、その剣技も親父さんが教えたのか?」
「……ううん。これは、本で覚えた」
「……本って、まさか、『頑張れ、武士道君!』ってやつか?」
「そう。……必殺技は、まだ出せないけど……」
いやいやいやいや。マンガで覚えたにしては精度が化け物すぎるんだよ。さてはこのラヴィさん――天才ってやつだな?その内、必殺技も出せたりするんじゃないか……?
改めてラヴィの能力の潜在能力の高さに驚いていたその時、近くを通ったワゴンからふわりと鼻をくすぐる甘い香りが漂ってきた。思わず目で追うと、金色の樽から鮮やかな紫色の液体を注ぎ込む店員。既に人だかりもできている。
何事かと見ると、ワゴンには『バンサブドウ農園』と書かれているではないか。そしてこの匂い……酒だ!ブドウ酒だ!!
……ヤバい。脳が「買え」と命じてくる。
「ラヴィ、ちょっとお酒買ってくる! ラヴィはブドウジュースでいい?」
「……うん」
俺は急いで人だかりに駆け込み、しばらく待った。聞き耳を立てていると、この店、何やらめちゃくちゃな人気のようで、一時間もすれば全部売り切れてしまうらしい。超ラッキーじゃん!
皆笑顔で酒を受け取り、上機嫌で去っていく。いいじゃない、いいじゃない!そしていよいよ俺の番がきた!
「すいませーん。ブドウ酒と、ブドウジュースを一つずつお願いします!」
「はいよ!六十ゴルドね!」
「はーい」
「まいどあり!こっちがブドウ酒で、こっちがジュースのほうね!」
「あざまっす!」
俺はウッキウキ気分で急いで戻ると、興奮した変なテンションのまま勢いよく語る。
「すごいぜラヴィ!なんか、めちゃくちゃ有名な所みたいで、すぐ売り切れちゃうんだって!」
「そう、なんだ」
「それにほら、このジュース、朝採れたばかりのブドウをそのまま絞ったやつなんだってさ!薫りが違うね、薫りが!」
ラヴィにジュースを手渡し、俺は早速ブドウ酒を一口。フルーティーで芳醇、まるでジュースのような甘さが口いっぱいに広がる。
……あれ?なんか……本当にジュースみたいに甘くて……アルコール感がゼロじゃない?でも、俺は確かに店員さんから、左手に酒、右手にジュースを受け取った。ラヴィにちゃんと渡したぞ?
「ラヴィ、ごめん、そっちの味見させてくれる?」
「……うん」
ほんのり顔を赤らめたラヴィが、両手でジョッキを差し出す。
渡す瞬間、スッと俺の指に触れた。……お、おう。なんかドキッとするやつ。
一口飲む――
さっきのより渋く、深い旨味。そして優しく鼻を抜けるアルコール臭――あ、これ完全にブドウ酒だ。
つまり……店員さんの入れ間違い!?いやいや、日本でそんなことした日には、大問題の炎上確定だぞ!?そもそも、酒もジュースも容器を同じにしてるのがおかしいんだよ……!
「……ラヴィ、これ飲んじゃった?」
「……んー。うん。飲んだー」
……オウフ。
これはまずいことになりましたぞ。
「ら、ラヴィ?気分とか、悪くない……?」
俺は生唾をごくりと飲み込み、恐る恐る尋ねた。
「……んー?なんか、あったかいかも、えへへ」
はい、アウツ!!!
ラヴィは艶やかに頬を染めて、見たこともない表情をしている。まるで母親に甘える仔犬のように……
俺はブドウ酒のジョッキを握りしめながら、心の中で祈った。
これ、宿に帰るまでに正気に戻るよな?な?
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