21話 痺れるような収穫祭
「だからっ!何度も言ってますけどっ! こんな危険な依頼なら、普通はもっと準備を──」
「はいはーい、じゃあ通りますねー」
不用意にキノコを触って麻痺ったベルは、ぷりぷりと文句を垂れ、怒りの矛先を俺に向ける。
準備も何も、完っ全にベルの不注意だもんな。
そんなベルの声を背に、俺はのそのそと“それ”に近づいた。
丸々と太ったカサ、オレンジ斑点に、ぞわりとした質感の茎。大きさは俺の拳ほどだ。明らかに毒々しい存在感。地面にぽつんと生えたそれは、紛れもないシビレキノコだった。
「ま、待ってくださましっ! 素手で触ったら──」
ベルが何か言いかけたが、俺はためらうことなく、むんずと掴んだ。
──ぼふっ。
黄色い粉が舞う。
「……あ」
ラヴィが短く声を漏らした。
けれど俺には、妙な確信があった。
これは大丈夫だ。体が拒絶しない。むしろちょっと懐かしい。昔、部屋で使ってた虫除けスプレーの匂いに似ている。たぶん、無害。
「ほれ、キノコげっと〜〜!」
俺の予想通り、粉を吸っても麻痺ることはなかった。
これは恐らく、麻痺耐性スキルのおかげだろうが、まさかこんな形で役に立つとは。
ぴっぴっと手を払って痺れ粉を落とし、二人にニカッと笑いかけた。
「く、悔しいですのっ……!」
「すごい……」
ベルが地団駄を踏み、ラヴィは感心したように言った。
「ふ、ふん! あなたがみっともなく痺れるところ、見たかったですわ! それはもう、きっと見ものでしたのに!」
と、ベルが口元を隠して笑った。
「お前みたいにか?」
ニヤッと返すと、ベルの顔が真っ赤に染まった。
「だ、誰がそんな──っ!」
そのやり取りの最中、ラヴィがすっと一歩前に出た。
「……拙者も」
「へ?」
俺が何を言う間もなく、ラヴィが手を伸ばす。
──ぼふっ。
再び黄色い粉が舞い、直後、がくんとラヴィの身体が崩れる。
──ドサッ。
無言で倒れた彼女は、ピクリとも動かない。その代わり、無駄にでかいヘルムだけがガタガタと震えていた。
「ら、ラヴィ!? なにやってんだよ!」
俺は慌てて駆け寄り、腕を引いて起こすとラヴィはぽつりと呟いた。
「拙者も……採ってみたかった……」
「無理すんなって。俺は麻痺耐性あるから効かないだけで、普通はアウトなんだって。 さっきもぶるぶる震えてるおかしな人がいただろ?」
「……ちょっと、誰のことを言ってるんですの?」
ベルは目を細めて俺を見る。あなたしかいないじゃないの。
全く、この二人は俺がいないとダメだな──なんて思いながら、キノコをむんずむんずと採っていく。
粉が舞う。黄色い霧のようだ。
粉まみれの俺を、ラヴィが感嘆の眼差しで見つめる。
邪魔だったのか、あのヘルムはいつの間にか脱いでいた。
「すごい……」
その隣で、ベルが呆れたように言う。
「あれはね、ただの麻痺オタクなんですの」
うるせぇ、シビレダケ投げんぞ。
心の中でツッコミながら、大量のキノコを確保し、無事採取完了。
「よし! クエスト、コンプリート!」
両手を広げて満面の笑み。全身粉まみれのまま、二人に近付いていく。
「うわっ、来ないでくださいまし!」
「……っ」
ベルが手を振ってしっしと追い払い、ラヴィが無言で後ずさる。
「えっ、ちょっと冷たくね?」
キノコの袋をぶら下げたまま困惑していると──
──ドスンッ!!
地面が揺れた。
「っ……!」
二人の表情が一変し、俺たちは即座に身構える。
木々の隙間から影が覗く。茂みがガサガサと揺れ──
──ズドンッ!!
現れたのは、キノコ。
赤や紫、黄や橙などのドギツイ色の巨大な傘。それに手足のような茎を持つ──異様に大きな、歩くキノコだった。その大きさは俺たちを軽く超え、そそり立っている。
「……立派!!」
思わず叫ぶ。
「きゃ、キャァァーッ!」
ベルが腰を抜かし、後ずさる。
「こいつは……! 《ジャイアント・マッシュ》!!」
ラヴィの額に、一筋の汗が流れ落ちる。
ふふっ、近場の森で簡単なクエスト中に、予想外の小ボス登場って感じか?
いいじゃん。これは、シビれる戦いになりそうだぜ……!
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