1話 スライムぶるぶる
まるで白昼夢を見ているかのような、ふわふわとした不思議な感覚。それに溺れていると──
ぱあっと、目の前が明るくなった。
──草の匂いがする。風がやけに心地いい。
目を開けると、空が広がっていた。やたらとのどかで、いかにも異世界らしい平原。
「……マジで転生しちゃったのか」
いやいや、まだだ。冗談とか夢オチとか、そういう可能性も──
……うん、これ、ガチのやつだ。
「いよっしゃあぁぁぁっ!!!!!」
ついに始まったんだ! 俺のセカンドライフ!
麻痺スキルで始まる、異世界生活だああああああ!!
「えーと、スキルは……どうやって使うんだ?」
とりあえず、なんとなく空間を手で掻き分けてみる。すると──
ヴンッ、と音がして、タブレットっぽい画面が空中に出現した。
【マヒル・パライザー level 1】
HP:150/150 MP:160/160
「きた! ステータス画面!」
……だけど、のってる情報は最低限。しかも──
「思ってたより、だいぶ貧相だな……」
いや、いいんだ。ゲームとかでも、世界を救う勇者だって最初はこんなもんだろ。
それより大事なのは──スキル!
「スキル、スキル……あった!」
【スキル:パライズ Lv1】
効果:対象を3秒間行動不能にします。MP消費:10
※使用しすぎると自分も痺れます。
【スキル:???】【スキル:???】【スキル:???】
「“自分も痺れる”ってなんだよォ……あとなんでこんなに"はてな"ばっかりなんだよォ……"はてな"なのは俺のほうだよォ……」
この世界、マジで俺にやさしくない。
ていうかさ、チュートリアルとか初期装備とかは?
俺、完っ全に寝間着なんですけど。二千円のだぼだぼスウェット上下。
──なんか、妙に冷たい世界観だな、おい。
いや、でも……分かってるよ。これが俺の“スタート”ってやつなんだ。
想像以上にしょっぼいスキル、だーれもいない草原、チートもなし。
でも──だからこそ、"痺れる"ってもんだ。
「よし。やってやろうじゃねえか」
この麻痺で、この世界を制してやる。
“麻痺の可能性”ってやつを、俺が証明してやる!
……と、鼻息荒くした数秒後。
「あ、MP10ってけっこう重くない?」
そんな感じで、俺の異世界生活は始まった。
* * *
草の上を、てくてく、てくてく。
「いや~、のどかだなぁ……暇だけど」
青い空。どこまでも続く緑のじゅうたん。時折、鳥のような鳴き声が空から聞こえてくるが、基本的に何もいない。
レベル上げもできなきゃ、街も見当たらない。道もない。どうしろっつーんだ。
──と、そんなとき。
「ん?」
草むらの先に、ぬるりとした影がにじんだ。
青く、ぷるぷると揺れる、いかにもな初心者モンスター。
「スライム……! いた! ついに出たぞ! 異世界モンスター第一号だ!」
マヒル、テンション爆上がりである。
なぜなら、試したいスキルがあったからだ。
「いっくぜぇ! くらえ、俺の第一撃ッ──!」
右手をスッと前に突き出し、叫ぶ。
「【パライズ】!!」
ビィィィンという妙な効果音とともに、しょんぼりした電気のようなエフェクトがスライムに突っ込む。
直後、スライムが──
ぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるっ!!
「……おおおおおお!? めっちゃ震えてるっ!!」
なんか電気風呂に入ったみたいに震えてる! それだけ! でもそれがたまらん!!
──と、感動していたら、3秒後にはぷるんと動きを取り戻し、スライムはスタコラ逃げ始めた。
「あっ、ちょっ、待──もう一発!」
「【パライズ】!!」
ぶるぶるぶるぶるっ!!
「……くっくっく……ふははははっ……!」
異様な姿勢で震えるスライムを見て、思わず吹き出す。
「どこぞの世界で、スライムを麻痺らせて悦に入る転生者がいただろうか……! いや、いないだろうよ!」
だが、ここで重大な問題が発覚する。
「……って、俺、どうやって倒すんだコレ?」
マヒル、ポケットを探る。
──が、ない。武器も道具も、当然、攻撃スキルもない。
あるのは、【パライズ】、"麻痺"だけ!!
「うん……攻撃手段が、無ぇっ!!」
叫んだ。そこそこ広い草原に、自分の声だけが虚しくこだました。