16話 騎士様、試着室はあちらです
謎の騎士は剣を片手に、悠然と大地を蹴って駆け出した。か、カッケェ……!さすがフルプレート、強キャラ感がすごい!
……そう思っていた時期が、俺にもありました。
──ギィ。
──ギリリ。
──ガッポ、ガッポ。
動くたび、妙なリズムで軋む鎧の音。
なんというか、でき損ないのロボットが無理やり動かされているような――
「……ん?」
俺とベルは揃って訝しげな視線を送った。すると騎士は剣を振りかぶり、羊に突撃!
ぶおん!
ぶおんぶおん!
はー、風切り音が心地良い。
「いや、振りでかすぎっ!!」
当たらない。当てる気がないのかってくらい、ただ重さに任せたブン回し。あんなにでかい羊でさえ、ヒョイヒョイ避ける。
「んん……?」
俺の中に、不安が芽生える。
――この人大丈夫か?いろんな意味で。
ベルという前例があるだけに、ヤバいやつである可能性は否めない。いや、むしろ濃厚。
その予感が確信に変わるのに、そう時間はかからなかった。
くるくると回るようにして剣を振る、いや剣に振られる騎士。その無防備な脇腹に羊の角がガツンと直撃し、騎士が華麗に宙を舞う!
「えぇっ!?」
「きゃあっ!! ちょっ、ちょっとぉ!」
騎士は俺たちの目の前で、一人空中ブランコのような大技を披露し――ベルが目を見開いた直後──ドシャアアッ!っと地面に突き刺さった。
重たい音を立てて地面に叩きつけられるフルプレート。ふふ、大事故じゃねえか。
「……やばっ、大丈夫ですかっ!?」
慌てて駆け寄ろうとすると、騎士が片手をピンと掲げてストップの合図。
いや、今さらカッコつけても!
とツッコむ間もなく、騎士はぐっと起き上がり、再び──
ガッポガッポと走り出す。
「いや絶対サイズ合ってないよね!?壊れたおもちゃみたいになってるよ!?」
巨大羊が頭をぶるんと振る。――来る!
あの動きは、突進だ!いくらフルプレートを着ているとはいえ、何度もくらうのはまずいだろう。
「【パライズ】!」
俺の叫びとともに、羊の動きが止まった。つぶらな瞳でこっちを見つめる。
「……めぇぇぇ……」
うわ、ちょっとだけ、罪悪感。
だが、騎士は硬直した羊の前で一瞬立ち止まり──迷った……?
いや、すぐに剣を持ち直す。
ズブッ――。
羊が崩れ落ちた。あれほど暴れまわっていたのに、案外、あっけなく事切れてしまった。
「助かりました!本当にありがとうございます!」
「お見事でしたわ……!」
俺とベルが駆け寄り、ぺこりと頭を下げる。
が、騎士は無言。動かない。
「あの……?」
おそるおそる声をかけると、ヘルムの奥からかすれた声。その声は重く、男とも女とも取れない。
「……鎧……」
「え?」
ベルが少し眉をひそめる。
「鎧が……どうかしましたの?」
「……鎧……取れない……」
しばしの沈黙。
「え?」
「……取れない……ずっと……」
えらくボソボソとした声には、どこか深い哀しみがあった。
「え、それ……その鎧、脱げないってことですの?」
「……入ったはいいが、出られない……」
「うっそぉ……」
また、頭痛くなるパターンだこれ。
ガッポガッポと歩くその姿に、今や英雄の影はなかった。これはもう、ただの──鎧に着られている人だ。
「あのう、なにかお手伝いできることはありますか……?」
俺が探るように聞くと、騎士は小さく答えた。
「…………とっ……て……」
「えっ?」
「取って……この鎧……」
それは錆び付いた歯車のように、絞り出すような声だった。もはや、悲痛な叫びだった。
ーーー
【特殊クエスト】
依頼内容:謎の騎士の鎧を外せ(Fランク推奨)
目的地:アルクーン市外・南街道沿いのはずれ
報酬:???
備考:『はぁ、思ってたのと違う』
ーーー
こうして、無事に「ヤバいやつ認定」が終わったところで、俺たちは謎の騎士の鎧外しへと移行した。
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