160話 子育ては前途多難
「よーちよち、良い子でちゅねー」
俺はアルクーンの壁外で、生まれたばかりの《バジリスク》の赤ちゃんと戯れていた。
赤ちゃんとは言え、モンスターはモンスターだ。このまま街へ入れても良いか、ベルとラヴィが確認をしに行ってくれている。
「ごめんねー、一応やることはやらないといけないから、もう少し待っててくだちゃいねー?」
「キュイ……?」
「はぁん……!」
俺が話しかけると、不思議そうに見つめ返して小さく鳴いた。
いやだもう、愛らしい……!
それから赤ちゃんバジリスクは、ちっちゃい爪で俺の体を駆け登っては俺の顔をジッと見つめ、パッチリとウィンク。
もう本当、かかわいい……!
「……マヒル殿、でれでれ」
「本当ですわ。 ずっと気持ち悪い顔してますわね」
いつの間にか、確認に行っていたベルたちが帰ってきていた。
……っておい、なんか今聞き捨てならねえこと言われた気がするんだが?
「おいおい、ベル……そんなこと言っていいのか? くらえ、つぶらな瞳攻撃だっ!!」
俺はそう言うと、手の平に乗せた赤ちゃんバジリスクをベルに向ける。
パチクリとした愛しいお目々がベルを打ち抜く――!
「はぁっ……! ひ、卑怯ですわ!! そんなくりくりのお目々でワタクシを見ないでくださいまし……!」
「ふははは! どうした、ベル? 顔がニヤけているぞぉ……!?」
「二人共、何やってるの?」
茶番を繰り広げる俺たちに、ラヴィが冷静にツッコミ。
ベルは「おほん」と咳払い一つ、報告を始めた。
「……とりあえず、冒険者ギルドに確認したところ街への持ち込みは大丈夫でしたわ。 でも、まずは一番最初にギルドへ来るようにとのことでしたわ」
「よっしゃ、ありがとう! そうと分かれば、早いとこ行こうぜ! こんな寒空の下で待たされてうちの子、きっと寒がってるわ!」
「……すっかり親気分ですわね。 それから、モンスターはなるべく人目につかないように、とのことでしたわ」
「おっ? おぉ、まあそれはそうか。 了解」
呆れ気味のベルのことは気にしないことにして、俺は赤ちゃんバジリスクをジャケットの内ポケットに納めた。
これなら暖かいし、人目にもつかんだろう。
早く連れて行ってあげるからな……!
「ちょっと狭いかもしれないけど、もう少しの辛抱だからな?」
「キュ!」
「はぁん……!」
元気よく応える姿に、またもや胸を打たれる。
後ろで聞こえるため息を聞き流して、俺は急いでギルドへと向かった。
* * *
「はぁ……マヒルさん、またあなたって人は……」
ギルドに到着した俺を待っていたのは、セラ姐の深いため息と冷たい視線だった。
なんか今日はため息ばっかり聞く日だな。
幸せが逃げていくんだぞ?全く……
「またってなんですか、またって」
「本当にトラブルメーカーですね、あなたという人は。 ほら、例の赤ちゃんとやらを見せてください」
「はいはい、待ってましたっと!」
俺はジャケットから赤ちゃんバジリスクを取り出すと、どうだと言わんばかりに掲げて見せた。
すると、セラ姐は目を細めて眉間に大きくシワをよせた。
「うわっ、ちょっと……あんまり近付けないでください! 私、そういう系のモンスター苦手なので……」
「えぇー、こんなに可愛いのに……まあ、ともかくこの子、どうしたらいいんですか?」
「そうですね……適正な手続きを行っていただければ、モンスターを街中で飼育、または使役することは可能です」
むぅ……飼育はともかく、使役という言葉には少々引っ掛かるが……
俺とこの子は深い絆で繋がっている、対等なファミリーだというのに。
「……なるほど。 それで、その手続きと言うのは?」
「必要な手続きは三つ。 書類と、名付け、それから首輪の準備ですね。 書類についてはこちらで準備できますが、名付けに必要なアイテムと首輪についてはご自身で準備していただかないといけません」
「ふんふん、なるほど……って、名前を付けるのにアイテムがいるんですか?」
「そりゃあそうですよ。 モンスターとの適正な主従契約を結ぶために、専用の魔道具で名付けをしないといけませんからね。 まあ、なかなか出回っていないレアアイテムですから、一番ハードルが高いとは思いますが」
「げえ、まじですか……」
「ええ。 モンスター愛好家の方がほとんど買い占めているので、価格も数十万単位で高騰してますしね。 でも、首輪の方は恐らく露店を回れば手に入ると思いますよ」
「そ、そうですか……思ったよりもハードルが高そうなんですが……」
「そりゃあ、そうですよ。 誰も彼もがモンスターを連れ歩いたら街は大惨事になるじゃないですか」
「……それは確かに」
そんなん、想像するだけで世紀末だ。
にしても、現実ってこんなに厳しいもんなのか。当然っちゃ当然なんだけど。
なんかお手軽に、モンスターを入れるボールみたいなのがあれば楽なのになぁ……
「いいですか、マヒルさん。 くれぐれも、手続きをしていないモンスターは街に出すことのないように。 ……まあ、難しいとは思いますが、道具が無事手に入ることを祈っています」
「あ、ありがとうございます……」
俺は赤ちゃんバジリスクをソッと内ポケットに入れ、ギルドを後にした。
とりあえず商業通りに向かうが、その足取りは限りなく重い。
少なくとも数十万はする激レア魔道具と、専用の首輪……?そんなもん、すぐに揃えられるの?
下手したら、この子と一緒に街の外で野宿をして過ごすしかないのか……?これから寒くなるのに……?
いやいや、無理ゲーが過ぎるって。
「……どーすっかなぁ、本当」
俺は思わず、ボリボリと頭を掻いた。
ノリと勢いだけでどうにかならんっていうことも、そりゃあ当然あるよなぁ……
「……ねぇ、マヒルさん?」
「……なんだ、ベル。 今の俺は、いつもみたいに小洒落た返しはできんぞ?」
「いえ、いつだってそんなことしてませんでしたわ? ……じゃなくて、ワタクシ、さっき言ってた名付けのアイテムに心当たりがあるのですが」
俺、思わず、目をがん開く。
「なっ、まじかよ!! それをさきに言ってくださいよぉ、ベル先輩!」
「だれが先輩ですか! ……というか、あなたが持ってるんじゃないですか?アレは」
「……アレ、とは?」
頭の中にはいくつもの疑問符が浮かぶ。
俺、そんな高価な品物なんて持ってたっけ……?
「ほら、確か……あぁ、あれですわ! "名付けの羽ペン"! 以前、行商人のポッピンさんにいただいた――」
「……ああぁぁぁぁ――!! それだぁっ!!!」
俺の絶叫に、通りを行き交う人々が一斉に振り返る。
だが、そんなこと一つも気にならん……!
「それだ、それだよベル!! あの羽ペンなら確か、部屋の棚に飾ってたはずだ!」
俺は思わず駆け出した。
行く先はもちろん、俺の部屋!
待ってろ俺のベイビーちゃん、お父ちゃん、手続き頑張るからね!!




