144話 寒空の夜営
アルクーンの街を出発してから数時間が経った。
本命の山道に入る前に日が傾いてきたので、今日のところはここらで野宿することに。
荷馬車に揺られ続けて俺のいたいけな尻に限界がきてたから助かったぜ。
「ベルぅ、運転お疲れさん! 夜営の準備は俺たちがやるから、少し休んどけよ」
「マヒルさん。 ふぅ……それでは、お言葉に甘えさせていただきますわ」
ベルはそう言ってググゥっと背伸びをすると御者席を降り、荷台の端っこで毛布にくるまった。
「さて、ラヴィよ。 俺は飯と寝床の準備をしとくから、薪になりそうなもんとか、うまそうな肉でも探してくれると助かる」
「肉……! 任せて、拙者が山盛りのお肉を持って、馳せ参じる……!」
「お……おう。 程々にな?」
そしてラヴィは目を輝かせながら近くの林の中に駆けて行った。相変わらずの元気っ娘だ。
「……にしても、やっぱ冷えるな」
ただでさえ冬も間近だというのに、標高の高い山間部だ。この前衝動買いした物を色々と着込んではいるが、薄っすらと冷気を感じる。
俺は適当に集めた石を囲い、簡易的な釜戸兼焚き火をちゃちゃっと作成。この世界にきてサバイバルスキルがめきめき上がってるぞ、俺。
それから乾いた枝と枯れた草を重ねて、後はもう一心不乱に火打石を擦る、擦る、擦る――!
指が吊りそうになりながらも、無事着火。
火の温もりは心に沁みるぜぇ。
「ベル、焚き火できたぞー。 って、起きてるか?」
「ん……起きてますわよ」
荷台から眠そうな返事が返ってきた。
「……今にも寝そうだけどな。 もし寝るんだったら、先に寝袋準備するぞ?」
「んん……いえ、大丈夫ですわ。 それより、少し火に当たろうかしら」
ベルはもぞもぞと毛布から這い出ると、火を起こしたばかりの焚き火に手を手をかざす。
「はあ……暖かい、ですわね」
どこか寂しそうにベルは呟いた。
「……そうだな。こんだけ寒くなってくると火の偉大さを肌身で感じるぜ」
「……そう、ですわね。 でも、火は怖いものですからね。しっかりと管理しないとですわ」
そう言うベルの顔は、どこか真剣だった。
まあ、こんなところで山火事でも起こした日には大変なことになるだろうしな。
「ところでベル、お前って水……というか泡を魔法で作れるよな?」
「……? ええ、ワタクシの最強魔法【暴波泡】ですわね」
「いや、最強かは知らんが……っとまあ、そんな感じで火をつけられたりしないのか? 魔法でパパッと――」
「……ッ!」
その瞬間、ベルの肩が小さく跳ねた。
両肩を抱き、その瞳にはどこか恐怖の色を浮かべている。
「お、おい、ベル――って震えてんのか? おい、大丈夫か?」
「――え? え、えぇ、大丈夫ですわ。 少し……少しだけ、疲れただけですわ」
俺が何度か呼び掛けると、ようやくベルは返事をした。背中をさする手に、小さな震えが伝わる。
焚き火はもう充分暖かいはずなのに、震えている。
これは……寒さで震えるだけじゃないってのは、さすがの俺でも分かる。
「ベル……ごめん、俺、なんか悪いこと言っちまったか?」
「え……い、いえいえ、大丈夫ですわ! 別にマヒルさんは何も悪いことなんて……」
ベルは必死に取り繕うとしているが、伏せたままの曇った顔が、今のベルの精神状況を表している。
俺の少ない経験からすると、さっきの茫然自失とした反応、怯える様子は――何か、過去のトラウマ的なものだろうか。
「ベル、俺に……俺に何かできることがあれば、言ってくれ。 何ができるかは、正直分からんけど……」
「マヒルさん……。 それでしたら、ワタクシお腹が空きましたわ! お腹いっぱいになったら、疲れもブッ飛んでいきますわよ」
そう言ってベルは、弱々しく笑った。
ベルのこういう顔は、これまでも何度か見たことがある。
――無理、してるんだろうな。
こういう時、何にもしてやれない自分が情けないったらない。
……いや、一つだけ、あるか。
「よぉし、ベル! 俺が腕によりをかけて晩飯作ってやる! あっ、勿論味の保証はできねぇんで、そこんとこよろしくっ」
「……フフッ、期待しないで待ってますわ」
「……おう!」
俺はそう言うと、急いで飯の支度を始めた。
日は陰り、一際冷たい風が吹く。
俺はまだ、ベルのことを――いや、二人のことを全く知らない。
それを……知るべきなのかどうかすら、分からない。
色んな心のモヤモヤをぶつけるように、俺は黙々と作業を続けた。
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