134話 魂の宴
「ごひゃっ――!?」
クエスト報告を終え破格の報酬を受け取った俺は、ベルとラヴィを連れて高級な酒場へ。
店に着いてからも終始浮かれ気味のベルに、先の報酬金額を告げたところ、椅子から転げ落ちた。
「なっ……!おい、ベル! なぁにやってんだよ……」
周りの客の痛い程の視線を感じつつ、ベルを引き起こす。
「ごっ、えっ……? 本当に、そんな大金が……? 何……?」
なんとか椅子に座らせたベルだが、心ここにあらずといった様相だ。こいつ、本当に貴族だったんだよな?大金への反応が庶民よりずっと庶民的なんだが。
一方のラヴィはというと、そこらへんの金銭感覚に疎いのかキョトンとした表情を浮かべながらも、嬉々として報告した俺を見てどこか嬉しそうにしていた。
「まあ、とにかく……これは俺たちが必死になってハロウィンイベントを完遂した、正当な報酬だ。 思いがけない大金に戸惑う気持ちは、分かる。 だが、俺たちの使命を忘れるな」
「し、使命ですの……?」
ベルがゴクリと唾を飲む。
ラヴィはジッと目を細める。
「ああ……それは、今夜の宴を存分に楽しむということだ――!!」
ベルとラヴィの顔に、弾けんばかりの笑顔が溢れる。
さあ、宴の始まりだ――!!
それから俺たちは、食い入るようにメニュー表を見つめ、思い付く限りのオーダーをした。
どのページをめくっても、物価の安過ぎるこの世界基準でも高級品だと分かる品々。具体的には、馴染みの酒場の十倍の価格帯だ。
だが、今回はそれを甘んじて受け入れる。
ハーロウという強敵との戦いの果て、我らがパーティーの懐はホットホットだから。
テーブルには続々と料理が並び、いち早くベルの手が伸びる。量は食べられないくせに、食欲だけならラヴィ以上とも言えるベルに続いて、生粋の掃除人であるラヴィの目が光る。
薄くスライスされた肉で新鮮な野菜を巻いたもの、三段仕込みの分厚いパイ、カリッと香ばしく揚がった黄金色のエビ――贅を尽くした品々を、魔法の如く消していくラヴィ。
その胃袋は、底知れず――
「俺の分はっ!?!?」
呑気に酒を飲んでいた俺が気付いた頃には、ほとんど空となった皿が並んでいた。
……確かこいつら、今日の夜明け前、ハーロウの魔法でぶっ倒れてたハズだよな?
「……なあ、なんかいつもより元気じゃないか? 二人共」
満足気にため息をつくベルとラヴィをジッと見つめる。二人はお互いを見合って、フフッと笑う。
「それは多分、ハーロウさんの魔法のおかげですかね?」
「ね!」
ね!じゃないのよ。二人して何を言ってるんだろうか。
「あの、【悪夢の風】という魔法は、恐らく精神系に作用する魔法なんですわ」
「精神系……? でも、ぶっ倒れてたじゃんか」
「ええ、そうですわ。 恐らくあれは、意識を奪う類いの魔法で、それに付随して恐怖心をものすごく煽るような効果があるんですわ。 ……あの時の記憶は、思い出しても身震いするほどですわ……」
そう言ってベルとラヴィはブルッと肩を揺らした。
つまり……めちゃくちゃ怖い思いをさせられた上、気絶させられて、さらに悪夢にうなされる魔法ってこと?なにそれ、すっげー嫌な効果じゃん。
「……でも、それがなんで今の二人の元気に結び付くんだ? 直接ダメージがなかったとはいえ、聞く限りでは最悪な効果しかないんだが」
「……それは、朝日が昇ったから」
「朝日?」
「うん。 すっごく怖い気持ちが、溶けてなくなった。 朝日が昇った瞬間に」
えぇ……?ますます分からん。
散々怖い思いをさせておきながら、最終的には寝覚め最高ってこと?何を思ってハーロウはそんな魔法を――
「――多分、ワタクシたちを倒そうという気は、そもそもなかったんだと思いますわ」
ベルが難しい顔をしながら呟いた。
「彼の魔法には、とても深い哀しみのようなものと……それに負けない位、暖かい優しさを感じましたの。 モンスターとなってしまっても、生前の彼の――心優しい魔法使いハーロウの魂だけは残っていたんですわ……」
「優しい、魔法使い……」
「……と言っても、ワタクシの妄想ですけれどね」
ベルは少し恥ずかしそうにうつむいたが、今のことを聞いてどこか府に落ちた自分がいた。
ハーロウという男は俺たちよりも明らかに格上で、俺たちを殺そうと思えばいつでもやれたはずだ。その上で、俺たちは辛くも勝利した。
思えば、直接危害を与える攻撃はしてこなかったし、チャンスはいくらでもあったはずだ。ハーロウはもともと誰かに危害を加えるつもりはなくて、ただ遊び感覚だったってことか?
それでいて、自分の存在を終わらせてくれる人も探していた……ということか。彼の最後の表情を見れば、俺の妄想もあながち間違ってはいないように思えてしまう。
「……とにかく、ハーロウとの戦いで得るものはたくさんあった。 今日のこの場も、ハーロウあってのものだしな。 モンスターというものにこういう感情を抱くのが良いか悪いか、分からん。 でも――少なくとも俺は敬意を払いたいと思う」
俺はそう言ってグラスを手に持った。
ベルとラヴィも、無言でグラスを持つ。
「……心優しき魔法使い――恐怖の帝王ハーロウに、献杯」
生涯で二度目の死は、どんな気分だ?
最後に会えたのが、俺たちでよかったか?
……せめて、あんたの魂が安らかに眠れることを祈らせてもらうよ。
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