127話 恐怖の帝王、現る
肌を刺す程の寒気が走り、霊気と瘴気の入り交じったような、重い空気が渦を巻く。
あとは街に帰るだけだって言うのに、これ絶対ヤバいやつだろ……!
「……! 何か、来ますわ!」
ベルが叫ぶと同時に、俺たちの目の前に不気味な青い光がぼんやりと現れる。
おぞましい力が一挙に収縮していくような感覚――俺はただ、その様子を固唾を呑んで見守ることしかできなかった。
ゴゴゴゴ……と地響きのような音があたりに轟く。
青白い光と黒いモヤは交差し、竜巻のような渦を形成。それは次第に動きを早め弾けんばかりに膨れ上がり、そして――
「フッフッフッフ……」
暗闇に響く低い笑い声と共に、えらく迫力のあるジジイが――いや、人型をした"何か"が姿を表した。
フードを目深に被り、闇夜を思わせる深い紺色に橙色の縁取が施されたローブには、所々に金色の刺繍が見える。
人間の様ではあるが、フードやローブから覗く肌は骨と皮だけのように痩せ細り、血の気は全くない程青白い。まさに、"死人"のように。
「どうやら……我が子たちが世話になったようだな」
ソイツは俺たちを一瞥するとニヤリと笑った。
いや、"笑った"というより口の端の皮膚が吊り上がった――そう思う程に、ぎこちなく気味の悪い動きだった。
この姿からして、魔法職だろうか?腰には杖のようなものも携えている。ちょっと叩けば折れそうな体だっていうのに、威圧感がバシバシ伝わる。
こんなん、街のすぐ近くで出会っていいやつじゃない。絶対に。
「な、なんだお前ぇ! こっちは疲れてるし眠いんだ! "我が子"とか言われても、知らん!」
「フッフッフッ……威勢がいいな、冒険者よ。 では聞こう。 そこの獣人の女が持っているものはなんだ? 《ホロウ》の魔結晶ではないのか?」
「……!」
ラヴィは咄嗟に手元を隠す。
「それに、男。 お前の腰のポーチには、《ジャックオーランタン》と《ナイトメアリー》の魔結晶。 あぁ、かわいそうな我が子たちよ」
そう言うとソイツは「フッフッフ」と小さく笑い、不気味な笑みを浮かべる。
なんだ、この野郎。オバケ型モンスターのことを我が子とか言ってたし……まさかとは思うが、ハロウィンのボスモンスターとかじゃないだろうな……
「フッフッフ……お察しの通りだよ。 アレは我輩が生み出したモンスターだ。 さて……なんだお前、と言ったかな? では、名乗らせていただこう――」
ソイツは仰々しく天を仰ぎ、両手を広げた。
「我輩は《リッチ》の中でも最上位種である、《ロイヤル・リッチ》だ。 夜の主にして恐怖の帝王だ。 以後、お見知りおきを……そして、さようなら」
そう言うと《ロイヤル・リッチ》はいくつもの魔法陣を展開させ、おびただしい数の《ホロウ》を呼び出した――!!
「キャアァッ! きゃわいい子たちがいっぱいですわ……! でも、それどころじゃないですわね!」
「おぉい、あったり前だろ!! こうなりゃやってやる!【麻痺連鎖麻痺連鎖】ッ!!」
バチィ、バチィッと稲妻が交差する――!
蚊取り線香のように、ボトボトと小気味良く落ちてくる《ホロウ》たち。
数が多いだけのやつらなんざ、俺の麻痺の前にゃ手も足も出まいてぇ……!!
「ラヴィ! やったれ!!」
「了解ッ……!」
ラヴィが意気揚々と刀を振りかざした瞬間、地面に落ちた《ホロウ》たちがシュンッ――と一斉に消えた。
「あっ……」
獲物が霧のように消え去ってしまい、呆然と立ち尽くすラヴィ。
「やりました……の?」
「……分からん。 勝手に消えた、としか」
俺とベルも、状況を理解できないでいると、パチパチと手を叩く音が聞こえる。
見れば《ロイヤル・リッチ》のやろう、感心したように拍手してやがるじゃねえか。
「ほぉ……幽体のモンスターを行動不能にするだと……? なかなか、面白い男だな」
「……へっ、あの程度で驚いてもらっちゃ困るぜ! お、俺には、まだまだお前が驚く程の力が残っているんだぜ!?」
「フッフッフ……! それは面白い。 是非ともその『驚く程の力』とやらを存分に見せてもらいたいものだな」
《ロイヤル・リッチ》はそう言うと、再びいくつもの魔法陣を展開――その中から、ギチ、ギチッと《ジャックオーランタン》の群れが現れた。
「ヒ、ヒイィィッ!!」
ベルは細っこい悲鳴を上げ、フラフラリ。
ラヴィに支えられながら、なんとか意識を保っているようだ。
――にしても、この数。
あんな一瞬で大量のモンスターを呼び出すなんて、ヤバすぎるって……!
「……おいおい、"我が子"なんだろ? 夜も遅いんだし、寝かせてやっといたらどうなんだ?」
「フッフッ……あいにく我が子たちは悪い子でねぇ。 今みたいに、夜遅くに人を驚かせるのが大好きなんだよ」
《ロイヤル・リッチ》はニヤリと笑う。
あの野郎、あくまでも余裕綽々って感じだな。力の差は歴然……ってことか。
「改めて、お前たちには名乗っておこう。 我が名は《ハーロウ》。 《ロイヤル・リッチ》にして、夜の闇と共に恐怖をもたらす者だ」
「は、ハーロウですって……!?」
その名を聞いて、フラフラしていたベルの目がカッと開いた。まさに、恐怖の色を宿して。
「な、何か知ってるのか、ベル!」
「……し、知ってるも何も……数百年も昔、邪悪な魔術師としてその名を轟かせた極悪人ですわ」
ベルはそう言いながら、ガタガタと震え出した。
さらに続けて――
「……そして今日まで続く、"ハロウィン"という存在を作った、張本人ですわ……!」
ベルの言葉に、頭の奥に鉛をズンと落とされたかのような衝撃を受けた。
ハロウィンモンスターと総称される、オバケ型モンスターを自ら生み出し、数百年もの間それを定期的に大発生させる存在。
そんなもの……そんなもの、災害だとか天災だとか、そういうレベルを超えてる気がするんだが。
例えるなら、そう――まるで"神様"みたいな存在じゃねえか。
「……さて、どうするっかなぁ……!」
俺は震える足に無理矢理力を入れ、ハーロウを睨み付けた。さあ、シビれるような戦いの始まりだ――
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