126話 ハロウィン・ホラー・ナイト③
ベルをおぶったまま夜の街道を歩くこと三十分。
真夜中っていうのもあるんだろうけど、なんだかちょっと寒いな~なんて呑気に思っていたその時。
俺たちの少し先のほうで、慌ただしく揺れるランタンや松明の灯りが見えた。うん、何やらハプニングの予感。
「キャアァァァッ!!」
「うわぁ、く、来るなぁっ!!」
男と女の叫び声が聞こえ、俺たちは急いで駆けつけた。見るからに冒険者風の、若い二人組だ。
二人は青冷めた表情でおろおろと辺りを見渡しながら、何かに怯えている様子。
「ど、どうしましたか?」
「うわっ! な、なんだ人間か……。 いや、なんかよく分からないモンスターがたくさんいて……! どうしよう、またすぐに現れるかもしれない……!」
男の冒険者は、早口でそう話した。
女のほうは両手で肩を覆うようにして、カタカタと震え相当怯えている様子だ。
でも……たくさんのモンスター?見たところ、辺りには何もいないようだが……
「とにかく、落ち着いてください。 それって、どんなモンスターでしたか?」
「どんなって、そりゃあ――」
そう言いかけて男はハッと目を見開き、顔をみるみるうちに青くしていった。
その視線は俺ではなく、少し後ろ……さらに上の方に向かっている。
おいおい、そんな古典的な手に引っ掛かるやついないだろ?そんな顔して見たって、俺は絶対に後ろを振り返らないからな!絶対にだ!
「で、でたぁーーーッ!!!」
「おい、ちょっ――行っちまったよ……」
俺が呼び止める間もなく、二人組はスタコラ走り去ってしまった。まったく、俺を怖がらせようったって、そうはいかないからな。
「まったく、何だったんだろうな、ラヴィ。 ――ラヴィ?」
ラヴィは尻尾をパタつかせながら、あっちをキョロキョロこっちをキョロリ。
なに?一体何を目で追ってるの?
もしかしなくても、本当に"何か"がいるの……?
さすがに気になった俺は意を決して……思い切り後ろを振り返った!!
「……? いや、なんだあれ? ……ゴミ?」
そこには拍子抜けする光景が。
俺たちの上空を、白いレジ袋みたいなものがフワフワ漂っている。
「なあ、ラヴィ。 あれなんだ?」
「……拙者も、分からない」
「あれは、《ホロウ》ですわね」
「うおっ!?」
突然背中から声がして、ビクリと肩が跳ねた。
「ベル!? お前、起きてたのか!?」
「え? そうですわね、さっきの人たちの悲鳴の辺りから起きてましたわ」
「おまっ、起きてんなら早く降りろよ。 地味に重いんだから」
「お、重くなんてないですわっ!?」
俺の頭をベシッと叩いた後、するすると降りるベル。
ちくしょう、許さんからな。
ベルはパッパッとドレスをはたくと、シャンと背筋を伸ばした。
「フンッ。 あんな、小さくて可愛いモンスター相手に逃げるなんて、考えられませんわ!」
さっきからビビり散らかしてたやつとは思えないセリフだ。
「ベル、お前大丈夫なのか? 一応、あれ、オバケなんじゃないのか?」
「えぇ? あんなにきゃわいい子たちを怖がる理由なんてありませんわよ」
そう言ってベルは、愛おしそうに《ホロウ》とやらを目で追う。いや、まじでなに?風に浮かされたゴミ袋にしか見ないんだが。
「うーん、分からん。 お前の感覚分からんて」
乙女心……というかベル心?は全く分からん。
まあ、分からんが、やることは一つ――
「【麻痺連鎖】」
夜の闇に、稲妻エフェクトがほとばしる。
どうやら《ホロウ》とやらはたくさん涌いていたようで、いくつもの白い塊がボトボトと地面に落ちてくる。
「ちょあっ!? マヒルさん、何をしているんですの!?」
「何って、モンスター退治だろ? 冒険者の努め」
そう言う俺の隣では、ラヴィが当然のようにブスリ、ブスリと《ホロウ》に刀を突き立てる。
シュウゥと《ホロウ》が消える度に、その顔はどこか薄っすらと笑みを浮かべていて、ちょっと怖い。
「キャアァッ! ラヴィさんまで!」
「いやいや、ベルよ。 これはハロウィンパーティーだろ? ハロウィンシーズンに出てくる、オバケ型モンスターを倒すっていう当然の行為じゃないか」
「で、でもぉ……でもぉ……」
オバケを怖がったり、可愛がったり……忙しいお嬢さんだぜ、まったく。
「ふぅ……全部、倒した……!」
ラヴィは満足気にそう呟いて、刀を納めた。
しっかりと小さい魔結晶も回収済みのようだ。ちゃっかりしてるぜ。
「さあ、そろそろ眠ぃし、とっとと帰ろうぜ」
「あぁ、さようならオバケちゃん……」
名残惜しそうに後ろをチラチラと見るベルの手を引き、街へ向かって歩き出す。
その時――
ピキィンと、空気が氷った。
吐く息は白く、まるで冷凍庫の中にいるような異様な寒さに襲われる。
「えっ、なに? 寒っ……!」
ガタガタと震えながら辺りを見渡すと、黒っぽいモヤのようなものが漂っている。
冷気……というよりは、霊気。
そう思わせる不気味な空気が、俺たちの周りにずっしりまとわりついてくる。
どうやらこのハロウィン、まだまだ無事に終わってくれないようだ――!




