118話 峠の戦い①
荒れた山道、砂塵吹きすさぶ峠に二つの影が走る。
ラヴィを連れ去ったドレイクと、猛スピードで迫る俺たちとのカーチェイスだ……!
いや、こういう場合は何て言うんだ?
馬車チェイス?ドレイクチェイス?まあ、とにかく奴との追い駆けっこは苛烈を極めていた。
馬車を引く馬はゼェゼェと荒い息を立て、車体はギシギシと軋み、車輪なんか今にも外れそうだ……!
「ベル!もう少しスピード出ないのかっ!?」
「さ、さすがにこれ以上はムリですわっ!! それより、麻痺らせられないんですの!? そろそろお馬ちゃんがですわよ!?」
「馬鹿っ、あんな所で麻痺させたら、ラヴィだって怪我じゃすまないぞ!」
そう、ドレイクは数メートル程上空を飛び続けている。距離的には【パライズ】の射程範囲内だろうが、あのまま墜落してラヴィにのし掛かられでもしたら、大惨事だ。
「くそ……! ラヴィ、待ってろ!もう少しの辛抱だぞ!!」
俺たちの気の焦りとは裏腹に、ラヴィは我関せずという表情のまま、OKサインを出した。
ドレイクの足先でプラプラ揺れて、まるでキーホルダーのようだ。
え?これって結構非常事態じゃないの……?
肝が据わっているというか、なんというか……
「……! ベル、もう少し先に開けた場所があるはずだ! そこで勝負をかけるぞ!」
「了解ですわっ! さあ、お馬ちゃん!!もう一踏ん張りですわよ! ハイヤァッ!!」
馬は必死に悪路を掴み、ドドッ、ドドッ、と地響きのような激しい音を立てる。
峠のてっぺんが見えてくと、ドレイクの高度が徐々に下がってきた。チャンス到来……!!
「ラヴィ!! もう少し先で、ドレイクの翼に【麻痺銃】を撃ち込む!! 多少揺れるだろうが、まあ、頑張れ!!」
ラヴィはすかさず、OKサイン。
うん、大丈夫そうだな!
「いったれぇぇえ、【麻痺銃】!!」
俺の左手から放たれた麻痺の弾丸は、まっすぐにドレイクに向かい――
「クエェエッ!? クオッ!クオォッ!!」
ドレイクの翼に見事命中……!
奴は空中でぐらりと大きく体を揺らしながら、ヨタヨタと羽ばたき続ける。
そして、たまらず掴んでいたラヴィをパッと離した。
「ラヴィ!!」
「ラヴィさん!!」
「むぅっ……!」
俺たちの心配も束の間、空中に放り投げられそうになったラヴィは、すかさずドレイクの足を掴むとそのままスルスルと背中まで登り詰めた。
「ど、ドラゴンライダー!? かっこいいぞ!ラヴィ!!」
俺の声が聞こえたのか分からないが、ラヴィはドレイクの背中でOKサイン。
そのまま刀に手を伸ばした。
「おおわっ!? べ、ベル!ブレーキブレーキ!! あいつ、空中でドレイクを仕留める気だ……!」
「さっすがラヴィさんですわ! お馬ちゃん、ドォードォー! よく頑張りましたですわ!」
ベルが手綱を引くと、馬車はギギィッと音をたて急速に減速。はっと見上げると、俺たちの少し先ではラヴィが丁度刀を振り下ろし――
ザンッ――
「ググエェッ……!!」
その刹那、空気が震えた。
空中で鮮やかな血飛沫を撒き散らし、ドレイクはフラフラと撃沈。ラヴィを背に乗せたまま地に伏した。
やっべぇ。ドレイク自体はD+ランクとはいえ、たったの一撃で屠ってしまうとは、ラヴィちゃん恐るべし……
馬車を飛び降りた俺とベルは、急いでラヴィの元へ駆け寄った。
「ラヴィ! 無事だったか!?」
「うん」
「ラヴィさん! 大丈夫でしたか!?」
「うん」
いや、さっき聞いただろ。
それにしても、さっきまで散々空中散歩を楽しんでいたにも関わらず、ケロッとしているラヴィ。そしてその顔は、どこか満足気だ。
「……ラヴィ? なんか、ちょっと楽しんでなかった?」
「うっ……」
図星っぺぇな。
キョロキョロと目が泳ぎだしたもん。
「あのなぁ……俺たち、すっげぇ心配したんだぞ?」
「……うん、ごめん」
「まあ、無事だったならとりあえずいいよ」
「……うん。 えへへっ」
ラヴィはそう言って柔らかく微笑んだ。
「全っ然、よくありませんわ!!」
「うおっ、びっくりした。 何がだよ」
ベルは納得のいかない顔をしながら、既に動かなくなったドレイクを睨み付ける。
「ラヴィさんをさらったんですわよ!? もっとこう、翼をむしり散らかして、全身の鱗を全削りの刑に処してやろうと思ってましたのに!!」
ぷりぷりと頬を膨らませて、おっかないことを言うベルお嬢。こえぇって。
「まあ、ひとまずクエストクリ――」
「クエェェェッ!!」
「クオォォッ!」
「グオォォォォォッ!!」
俺が「クエストクリア」と言いかけた丁度その時。
先程よりやや小柄なドレイクが二体と、先程よりもかなり大柄なドレイクが一体、ものすごい勢いでこっちに向かって飛んできているではないか。
うん、そういえばそうだった。クエスト目標はドレイク三体の討伐。巣も作ってるんだったっけ?
本日何度目かのピンチ到来。
「ほれ、ベル。 鱗全削りのチャンスだ。 しかも、まとめて三つも」
「言ってる場合ですのぉっ!? こここ、こうなったら、とことんやってやりますわぁっ!?」
ベルは訳も分からずファイティングポーズを取った!違うだろ、魔法だ魔法!その拳を引っ込めろ!
「ふふっ……あと、三つも……」
ラヴィは愛おしそうに刀に手をやる。なんか、瞳孔が開いてないですか……?こっちはこっちでちょっと怖ぇ!
まあ、もういいや!かかってきやがれドレイク共っ……!
――あ、それからめちゃくちゃカッコいいな!ドレイク!
異世界に来て、初めてドラゴン系のモンスターとの遭遇だ!これぞ、ドラゴン!
え?フォレストドラゴン?知らん、そんなやつ。




