112話 掴め、カレーのお鍋と俺たちの未来!
満フェス当日の人でごった返した広場、その喧騒の中、まるで時が止まったかのような錯覚を覚えた。
今、目の前で――俺たちの努力の結晶、全員で作り上げた異世界カレーが、しょうもない嫌がらせによって地面にぶちまけられようとしていた。
作り直す?無理だ、圧倒的に時間が足りない。
鍋を受け止める?無理だ、既に中身が溢れようとしている――
駄目だ、間に合わないっ!!
こんちくしょうがあぁっ――!!
『ヴンッ――』
『スキル【退屈な昼下がり】を獲得』
【スキル:退屈な昼下がり】
効果:5秒間、自身の時間感覚を麻痺させる。
MP消費:150
「これはっ……!」
時が、動きを止める。
風が俺の肌を這うような不思議な感覚――だが、これは俺の意思で発動させたスキル。そう、俺だけが動ける世界だッ――!!
「鍋ぇぇ! ちょいと待ってろよぉ!!!」
駆ける、この止まったような時の中で!
そして――
「掴んだぞ! 鍋っ!!」
ガッシリと、そして確実に……釜戸に、戻したッ――!!
ついでに支部長の頬をはたくッ!!てめぇふざけんなよっ!?
――そして、時が動き出した。
「っ痛ぇっ!? あぇっ!?」
支部長はたかれた頬をさすり、こぼれたはずの大鍋が元の場所に収まっているのを見て、困惑の表情を浮かべている。
「……はぁっ、はぁっ……! どうし、ました?支部長さん……! そんな所でボケッと突っ立って」
「ん、あぁ、なんでもない……」
そしてバツが悪そうにしながら逃げるように去って行った。しっしっ!
「マヒル、さん……? なんでそんな所に……?」
「ん? ははっ、無我夢中で……」
セラ姐は困惑した表情で俺を見る。
やめて、そんなに見つめないで。
「……出ましたわね、マヒルさんの謎スキル」
「……うん。 また、見えなかった」
「えぇ、二人とも当たり前みたいな反応ですけど……?」
俺のびっくりどっきり瞬間移動ショーを見ても平然としているベルとラヴィを見て、益々困惑を深めるセラ姐。
まあ、そうだろうな。二人ともこのスキルを見るのは三回目かな?さすがに慣れたもんだろう。
それにしても、自分の時間感覚を麻痺させる……か。極限まで時間の流れを遅く感じることで、周りからすれば目にも止まらぬ超スピード……最早、瞬間移動しているよう見えるわけだ。うん、ぶっ壊れスキルだな。
「セラーナさん、その人は色々と規格外なんですわ。 気にしたら負け、ですわ」
「そうそう。 マヒル殿、色々とおかしい」
「えぇ……」
おぉいラヴィ。それは色々と失礼だ。
まあ、何はともあれ鍋は無事!冷や汗かいたぜ、全く……
「とにかく、セラ姐! 鍋も無事だし、支部長もどっか行ったし……ゆっくり待つとしますか! もう、めちゃ眠いし!」
「ふふっ……そうですね。 それから……ありがとうございます。 さっき、私の為に怒ってくれたんですよね? まさか、麻痺をかけられるとは思いませんでしたが――ってあれ? ……起きてます?」
ごめん、セラ姐。
何か言ってる気がするんだけど、一気にMP使ったし睡眠不足だし……ちょっと寝ます――
* * *
『優勝は、チーム冒険者ギルドッ!! 惜しみ無い拍手をお送りください!そしてご観客の皆様には、優勝チームの料理が後程配られますので、お楽しみにッ!!』
ワァッ――!
あれ?なに?何かすごい声が聞こえる。
そしてここはどこ?俺、何してるの?
――ははぁん、なるほど。
大歓声に目を覚ますと、いつの間にか優勝してた件。
ベルとラヴィに担がれて、だらりと表彰台に立っていた。起こせよっ!!
『それでは、受付嬢のセラーナさん。 今のお気持ちをどうぞ!』
「はい、我々冒険者ギルドは、冒険者の方々あっての仕事です。 その業務内容は多岐に渡り、日を跨いで家に帰ることがほとんどです」
げぇっ、どんどんブラックじゃん。
労基労基。
「忙しい毎日ですが、充実し、誇りに思える仕事です。 そして今回の優勝も、冒険者であり――私の友人でもある彼らの協力がなければ、なし得ませんでした」
ゆ、ゆ、ゆ、友人!?
いやだ、そんなこと言われたらにやけちゃう!
「そして、ハズレ食材と思われたものを使って、こちらにいる冒険者マヒルさんの考案した、異世――」
「ちょっと待ったぁ!」
「え、ちょ、マヒルさん!?」
俺はセラ姐にヒソヒソと耳打ちする。
セラ姐は驚きつつも、弾ける笑顔を見せた。
「……失礼しました。 マヒルさんたちと作り上げた……この"冒険者カレー"で優勝することができて、本当に嬉しいです……!! みなさま、これからも冒険者ギルドをどうぞよろしくお願いいたします……!」
セラ姐が深々と頭を下げ、またもや大喝采。
これで、あのいけすかない支部長だって文句は言えないはずだ。何たって、冒険者ギルドの受付嬢が作った、冒険者カレーだからな!
「マヒルさん、憎いことしますわね」
歓声さめやまぬ中、ベルがこそっと話しかけてきた。
その顔は、どこか幸せそうだ。
「ん?別にぃ。 ただ、こっちのほうがしっくりくると思っただけだよ」
「フフッ、そうですわね。 ――そういうところ、好きですわよ」
「――えぇ、なんて!?」
丁度、他のチームの挨拶が始まったようだ。
人々の歓声にかき消されて、ベルの言葉がよく聞き取れん。
ベルは俺の耳元まで顔を近付け、呟いた。
「なんでも、ありませんわ」
「うおっ!?」
思わぬ不意打ちに、体がビクッと跳ねた。
な、なんでもないことをわざわざ耳元で呟くなっつうの!なんか、恥ずかしいだろ……!
「フフッ」
なんだ、ベルのやつ。さっきからずっと嬉しそうな顔しやがって……どんだけ優勝が嬉しいんだよ。
……まあ、俺も当然嬉しいけどな。
それから俺たちは夜遅くまで満腹フェスティバルを堪能した。ベルとラヴィ、それからセラ姐も含めて食べて食べて、飲みまくった。最早どんな醜態を晒していたのかも覚えていない。
うん、そのほうがきっと幸せだ。
こうして、波乱の満フェスは賑やかに幕を降ろした。
フェスの中でも最大のイベントであるグルバトは、ハズレ食材を全て使いながら初優勝という、冒険者ギルドでも前例のない快挙を遂げた。
全く、痺れるようなイベントだった。
……でも、ただ一つだけ俺は思うことがあった。
それは――
【退屈な昼下がり】……ほとんど時間停止みたいな強すぎるスキルの発現が、まさか、カレーの入った大鍋を掴む為だったなんて――
そんなの……そんなの……どう考えたって、全然カッコよくないってことだ。
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