10話 冒険者、はじめてのおしごと
晴れて“冒険者”となった我らがコンビ、マヒル&ベル。
さながら新世界の住人になったような錯覚を覚えたが、現実はそんなにドラマチックでもない。 ありふれた木製の掲示板の前で、俺たちはごく普通のクエストを選ぶことになる。
「それでは、このスライム討伐とか、どうですの?」
ベルが指差したのは、一枚の地味な紙切れだった。
ーーー
【討伐クエスト】
依頼内容:スライム討伐(Fランク推奨)
目的地:アルクーン市外・北西外壁沿いの農道
報酬:百ゴルド(1体につき)+追加報酬あり
備考:最近個体数が増えており、付近の作物被害が発生中。至急対応求む。
ーーー
俺の中で、何かがカチッと音を立てて噛み合った。
(さあ、初遭遇のリベンジマッチといこうか……!)
スライム――それは、異世界転生者の踏み台にして、最弱モンスターの代表格。 だが俺にとっては、異世界人生で最初にぶつかった壁であり、プライドのすべてをズタズタにしてくれた忌々しいゼリー野郎なのだ!
あのときの俺は非力だった。でも今は違う。この“相棒”でもって貴様を成敗してやる……!
「うむ、異議なし! ベル、出陣じゃ!」
「え、ちょ、もう!? 準備とか心構えとかは!? ワタクシ、こんな格好ですし!」
ベルが慌てるが、無視無視。金もなけりゃ、準備のしようもないだろ。前の服も乾いてないから、二人とも宿屋で借りた麻布のボロ服だ。
「ベル、『貧乏暇なし』って言葉、知ってるか?」
「……えっと、存じませんわ」
「貧乏人は、とにかく働くしかねえってことさ!!」
そんなわけで、我らがチーム「とりあえず登録組」は、初陣にして因縁のクエストに挑む!
* * *
街を出て、石畳から土の道へと切り替わる。依頼書で知ったんだが、この街は〔アルクーン〕というらしい。もう、いかにも最初の街って感じだな!
俺とベルは並んで歩いていた。不思議なもので、誰かと一緒なだけで少し心強く感じる。それがたとえ、没落貴族の激イタ女だとしても、だ。
「……それにしても、スライムですか」
ベルがぽつりと呟く。
「ん? なんか不安か?」
「いえ、ワタクシ、実戦は初めてですから少し緊張して」
「え、お嬢さん、モンスターと戦ったことないの?」
「だ、だって、ワタクシ貴族でしてよ!? 武芸より礼儀作法のほうが得意で――って、笑わないでくださいまし!」
まあ、そうだろうとは思っていたさ。これは、戦闘経験豊富(ゲーム内)の俺が引っ張ってやらないとな!
「で、ちなみにさ。ベルの得意分野って何?」
「……ふん、知りたいのなら教えてあげてもよろしくってよ。ワタクシは泣く子も黙る魔法職。回復魔法の【ヤヤヒール】と、召喚魔法の【サモン・セバスチャン】ですわ!」
なんだかあまり聞きたくない言葉の羅列。意味も分からないし、あまり分かりたくないな……
「うわー……情報量多いな」
「なんですの、その顔は!」
「ヤヤヒールって、“やや”ヒールってこと……? 地味ぃ。それで、サモンセバスチャンってのは?」
「それが……召喚できませんの。昔はできていたと思うのですが……家がゴタついてから、出てきてくれなくなりましたの」
「雇用契約かよ!」
「そんな! セバスチャンは真面目な執事ですわよ!多分!」
ああ、ダメだ。なんか頭痛くなってきた。もう、俺一人の力で何とかするしかないってことだな。
話しながら歩き続けていると、道の向こうにぽつぽつと林が見えてくる。そろそろスライムの出現地帯が近い。
「……で、マヒル。あなたは? どんなスキルがあるんですの?」
ついに来た。このときを待っていた。
俺は、真顔で胸を張った。
「聞いて驚け。俺のスキルは……【麻痺】だ!」
「……はい?」
「まあ、正確には【パライズ】。相手を三秒間麻痺させる……!」
ベルの顔に、「それだけ?」と書かれていた。
「え、他には?」
「無い!!」
「ええええええっ!? スキルひとつ!? 麻痺だけ!? それでよくぞまあ冒険者なんて名乗れましたわね!」
「お前だって変わんねぇだろっ!! 実質ゼロ個みたいなもんじゃねぇか! ゼロ魔導師が!」
「ゼロ魔……!? よく分かりませんが、侮辱されたことは分かりますわ! あなたこそ、なんですかそのパライズって! そんな状態異常、無能にも程が――がががががががっ」
俺の目の前で、ベルが無様に震え始めた。そう、俺は自分でも気づかないほど自然に――"あまりにも早すぎるパライズ"を発動していたのだ。
ふふ……ガタガタ揺れる顔、おもろっ。
「な、何をするんですのっ!?」
あ、戻っちゃった。
「今のが、俺のパライズ。麻痺の力だ。お分かりいただけただろうか」
「んなっ、言葉で説明しなさいよ、言葉で!」
「だって聞く気なかったじゃん。とにかく、麻痺は最強なんだ。任せとけって」
俺は目的地の林に目を向け、高らかに宣誓する。
「ふふふ……さあ、スライムよ。今こそ再戦の時! ――“麻痺”の可能性を、その身で知れっ!」
相棒片手に、俺は力強く一歩を踏み出した――!
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